準決勝戦
翌日。
工房戦の準決勝で、俺は探索者ランキング三位のチームリーダー、クロと戦った。
火属性の固有魔法を扱い、更にガタイも良い男である。
しかし魔力操作能力は低く、身体強化魔法を使いこなせていなかった。その為、せっかくのガタイを活かしきれずに、パワーで俺に敵わず。
最後に放った火魔法も俺の氷を撃ち破る事は出来ず。
そのままアッサリ終わった。
「いやぁ……本当に強いんだな、君は」
試合後、右手を差し出すクロに応じる。
「貴方も魔力に慣れれば、もっと肉体の性能を引き出せる筈です。魔力は魔法を放つ為だけのものじゃありません。それを忘れないで下さい」
そう言うと、相手は僅かに瞠目した。
「昨日、君が対戦相手にアドバイスを送ってるという話を耳にしたが、本当だったんだな」
確かに昨日もやってた。
皆んな揃って「強いな」と褒めてくれる為、お礼に何か役に立つ事を言わなきゃと思って助言していたのだが……
「探索者全体が強くなれば死傷者が減ると思っての発言でしたが……よく考えてみれば偉そうでしたね。すみません」
「いや、素直に感心した。君の考え方はアスカさんに似ていて好感が持てるよ」
その言葉からは、アスカが高尚な人間であるという絶対的な信頼を感じられた。
きっと探索者達は皆、彼女の在り方を尊敬している。だから彼女を引き合いに出したのだろう。
そんな彼女を、名実共に一位にしたい。
アスカがこの国の探索者のトップであり続ければ、彼女に憧れて真っ当な探索者を目指す人が増えるだろうから。
……だけど今回だけは優勝を譲れない。リュドミラとの契約もある為、全力で勝たなくてはならない。
まぁ、それが終われば俺はひっそりと生きる日陰の人間に戻るだろう。表に出るのは今回だけだ。
「あ、リュートさんお疲れ様ですー! いやぁ、決勝戦進出だなんて、ホンット凄いですねぇ」
試合を終えてリカが用意してくれた特別席に戻ると、ミドリは俺の隣に移動して来た。そこは、今は不在のリカの席だ。
「お前も頑張れ」
適当に返事をしつつ、整備を終えた闘技場に入場して来る二人を見た。
「リュートさん的にはどっちに勝って欲しいですか?」
多くの人が予想した通り、ここまで勝ち進んで来たのはアスカとリカ。
その二人が今、対峙している。
「前に協会でも言ったけど、アスカさんかな。俺は剣ではあの人に勝てない。だからアスカさんとの戦いは学びになる」
「それって、リカ様からは学ぶ事がないって事です? 中々厳しい事言いますね……」
「そうは言ってない」
とは言え、アスカの方が優れてるのは間違いない。
やはり探索者ランキング一位というのは伊達じゃない様で、アスカにしろレイジにしろ、それぞれの強みがある。
実際、工房戦で戦った中で一番強かったのはレイジだ。アスカもそれに匹敵する、或いは越えてくると予想している。
『さぁ! 誰もが知るライバル同士の戦い! ついに今日、決着がつく――』
「お、始まりますよ」
『試合開始です!』
その瞬間、リカは一足でアスカの懐に飛び込み、怒涛の攻撃を放った。
右、左と、籠手に覆われた拳を交互に繰り出す。
対するアスカは刀を抜かず、無手でリカの拳を逸らし、或いは躱す。
その動きは洗練されており、無駄な動きが一つもない。どのように力を込めれば敵の攻撃を効率よく逸らせるか熟知している様だった。
「アスカさんって格闘技も習ってたのか……?」
「あれ、ご存知無かったんですか? アスカさんのお爺様が凄い人らしく、剣道、柔道、空手、合気道。幅広くやってたみたいですよ」
アスカは戦闘民族の家系なのだろうか?
なんて失礼な事を考えてる内に攻守交代し、アスカの放った掌底を籠手でガードしたリカは二歩、三歩と後退する。
そして二人の間に僅かな距離が生まれた所で、アスカは刀を抜いた。
そこからは一方的だった。
リカはもう、刀を持つアスカの懐に入る事は出来ず。
拳を振るっても届かず、魔道具の熱光線は刀で射線を逸らされる。
捨て身のタックルによって距離を詰めようとしたリカは、すれ違う様に移動したアスカに背後を取られ、峰打ちによって気絶させられた。
『今回も美しい戦いを見せてくれました! 勝者はアスカ選手! 決勝進出確定です!』
ワッと観客席が盛り上がり、周囲に流されて思わず俺も拍手してしまう。
「リカ様も凄いのに、アスカさんは強すぎますよ。リュートさん優勝を狙ってるそうですが、本当に勝つつもりなんですか?」
心配そうにこちらを見るミドリ。
「もちろん勝つけど……そんな事より、あのアスカがレイジに負けっぱなしってのが、未だに信じられないな」
昨日もちょくちょくアスカの戦いを見ていたが、やはり彼女は強い。もちろんレイジの強さも今更疑ってないが、アスカに敵うとは思えない。
「そんな事って……。まぁ、レイジさんはアスカさんに対しては、結構卑怯な事してましたからね」
「卑怯?」
「えぇ。試合中に傷が痛むフリをしたり、ちょっと待ってくれ、と両手を挙げて動きを阻害したり。因みにこれは降参宣言とみなされないので、待つ必要はないですよ」
なるほど確かに卑怯だ。特に、アスカに対してやっている、という点が。
「アスカさんなら試合中でも相手の心配をしてしまうだろうし……そうして躊躇ったところに攻撃を仕掛けるのか」
まぁ、正々堂々とは言えなくても、ルール違反はしていないのだ、あまり文句も言えない。
それに、卑怯な手を使わなくても他の出場者に勝てる実力はちゃんとある。あくまでアスカに対してだけ、手段を選ばないのだ。
「何はともあれ、今回の決勝戦は今までと違う組み合わせだから……相当盛り上がると思いますよ」
そういえば毎年レイジが一位でアスカが二位なんだっけ。
三位はちょくちょく変わるらしいが――
「小休憩の後、三位決定戦が始まるらしいぞ。その後昼休憩を挟んだら、いよいよ私達の試合だ。楽しみにしてるよ」
いつの間にか戻って来たアスカが背後に立って微笑んだ。
「あ、アスカさん! お疲れ様でしたー! いやぁ、本当に素晴らしい戦いで……」
ミドリがハイテンションでアスカを迎える横で、俺は彼女の腕の火傷に気付いた。
「それ、大丈夫なんですか?」
「ん? あぁ、医療チームに薬を塗って貰ったから問題無い。さっきの戦い、何度か肝を冷やしたが……フッ、リカも日々強くなっているのだな」
戦いを思い出し、どこか満足げなアスカ。
「やっぱりライバルなんですね……羨ましいです、お互い切磋琢磨するような関係って」
ミドリの発言に何も考えず頷いていると、意外な言葉が飛んで来た。
「それはリュートとレイジも同じじゃないか?」
「え?」
「あ、確かに! なんか、リュートさんってレイジさんには素で接してるみたいで、ちょっと羨ましいです」
「素って……お前にも同じ態度だろ」
「そ、そうですか? えへへ」
何故か照れたように笑うミドリを放置して、改めて考えてみる。
レイジが他人を見下す性悪クソ野郎なのは間違いないが、それ以外の部分ではあまり嫌っていない。
昨日戦ってみてわかったが、レイジはただの自惚れ屋じゃなくて、実際に努力して強くなったのだ。その点だけは好ましいとさえ思っている。
「……まぁ、それでもやっぱりクソ野郎だけどな」
「え!? 私クソ野郎ですか!?」
「お前の事じゃないわ」
俺達のやり取りを見て微笑んでいたアスカだったが、席には座らず背を見せた。
「もうすぐリカさんの試合が始まりますけど、観ないんですか?」
「応援したい気持ちはあるが、リカなら大丈夫だろう。それより、決勝戦に備えたい。君はレイジを打ち負かす程の強敵だからな」
好戦的な目で俺を見た後、アスカは去って行った。
「やっぱり戦闘民族なのかな……」
呟く俺に、
「ナチュラルに失礼ですね……」
呆れるミドリ。
そんな微妙な空気の中、三位決定戦が始まった。
結果を言えば、まぁ、予想通りリカの勝利だった。
リカは細身だが身体強化魔法がクロさんより優れており、更に魔道具の使い所も上手い。アスカの様な圧倒的な相手には通用しないが、それはリカにとって唯一の例外だったのだろう。
対するクロはリカの格闘技に翻弄されつつも必死に喰らい付き、最後の一手まで闘志を失わずに戦い続けた。
会場には彼の健闘を讃える声が響き、俺も彼の今後に期待したいと思った。