だったら
工房戦一回戦、レイジとの戦いで無事勝利を収めた。
最後の地雷は久々に危機感知が発動して焦ったが、怪我もなかったので無事と言っていいだろう。
それ以降の試合も何事もなく終えた。
試合の待ち時間には、順調に勝ち進んで行く俺の元へ義手を作ってくれた諏訪部さんがやって来て挨拶をしてくれた。
なんでも、いま大注目の俺が愛用してる義手という事で、凄い宣伝になってるらしい。広告塔というやつだ。
そんなこんなでトーナメントは進んで行き、準決勝を控えた状態で本日は終了となった。
予定通り工房戦は二日間で終えるらしく、大会出場者は近くの旅館に案内された。
流石に観客の宿までは面倒を見てくれないらしく、応援に来てくれていた太一やミドリとは会場で別れた。
「ふぅん、今回は中々悪くないじゃないか」
バスで旅館まで行き、入口の前でレイジが呟く。過去に工房戦運営が手配した宿は悪かったのだろうか。
「あ、見ろよ。初戦敗退した優勝候補だぜ」
「プークスクス」
バスには当然他の工房戦出場者も乗ってるわけで、後から降りてきた人達はレイジを見て笑う。
その様子をなんとなく眺めてると、レイジからバツの悪そうな目を向けられる。
「んだよ、お前も笑いたきゃ笑えよ。構わないさ、俺もお前が負ければ笑ってやるつもりだったからな」
「……」
別にレイジを扱き下ろしたかったわけじゃない。コイツの他者を見下す癖を直して欲しかっただけだ。
「おっ、今日一番アツかった二人が揃ってるじゃーん! キミらと話したかったんだよねぇ」
レイジと微妙な空気になってる所に入って来たのは、今日実況をしてた探索者、ムックだ。
「俺はアンタと話したい事なんてない。それに、そういう時間は明日の夜会で、だろ」
冷めたく言い放ち、一人離れるレイジ。
確かに彼の言う通り、出場者達の交流は明日、全てが終わった後に用意されている。
「んま、今夜は明日の出場者が休む為の時間だしな……邪魔したな、ダークホースくん! 明日の試合を楽しみにしてるよ」
そう言って去って行くムック。
いつまでも立ち止まってても仕方がないので、俺も旅館に入った。
部屋はそれぞれ一人部屋が用意されており、食事も部屋に運び込まれる為、明日まで誰とも会わずに済む。
一人きりでゆっくりするのは久しぶりだ。
家に帰ればいつも家族がいて、こういう時間は滅多に取れない。
「……なぁ、リュドミラ。お前の話を聞いてもいいか?」
だからこそ、今話しておくべきだと思った。
『……話? 私の世界の、ですか?』
リュドミラは俺に異世界の事を話したがらない。
キッチリ決別させる為に、俺に異世界を思い出させない様にしているんだろう。
けどその反面、自分の事を話すのは嫌がらない。
「違う、お前の話だ。お前が邪神になってからの話って聞いてなかったからさ」
俺が知ってるのは“大いなる意思”から守る為、グラモスがリュドミラを夢境に避難させた所までだ。
その夢境の中で二百年眠った後にヴェリタスと再会したそうだが。
『ふむ、確かに……とは言っても、面白い話はありませんよ? 百年間、力を磨きながら情報を仕入れ、アルフレッドとリーンの子孫を見つけ次第片っ端から殺していた。そんな日々を過ごしていただけですから』
さらっととんでもない罪を暴露するリュドミラだが、今更だろう。それは異世界の歴史書にも記されていた事だ。
「ガイムって奴はどうしたんだ? なんて言うか、お前の過去を見る限りだと影の薄い奴だったけど……」
『あぁ、彼は生涯独身で、自分の技を後世に残す為に生きてました。勇者パーティの役目を終えた後は道場を開き、沢山の弟子をとっていましたから……まぁその門下生も全員殺しましたがね』
「…………」
そこまでする必要はあったのか?
アルフレッドやリーンを憎む気持ちはわかる。ガイムもリュドミラに対して冷たく当たっていたし、恨んで当然だろう。
でも、ただ武術を学びたいだけの人々を殺す必要は……そうする必要が、本当にあったのか?
『一応言っておきますが、彼は人族以外を弟子にする事はしませんでした。多種族を見下していたのです。また、それは後世に残った道場でも同じでした。だから全て潰したんです。調和の意思に反しますからね』
なるほど……と、それで納得してしまうのも良くないのだろうが、リュドミラの行動は一貫している。単なる快楽殺人じゃないだけマシと言える……のだろうか。
「まぁ、百年はそうやって好き放題生きてた様だが……最後には勇者フィンに殺された、だよな?」
『はい……あ、そう言えばリュート君は勇者フィンがフィオナという事は知らないんでしたっけ?』
「え、まじで? グラモス王の娘なのはなんとなく察したけど、勇者とは知らなかったな……いや、でもなんで? なんでフィオナはリュドミラと敵対したんだ? グラモス王が殺された事、フィオナなら知ってるんだろ? だったらリュドミラの味方をするのが自然じゃないか?」
困惑する俺に、嬉しそうに笑うリュドミラ。
『ふふ、やはり君は私と同じ思考をする。そうですよね、私もリュート君と同じ疑問を抱きました。実際、三百年前の決戦の時に聞きました。帝国を滅ぼそうとする私の前に現れたフィオナに、共に国を滅ぼしませんか、と』
でもそれを断ったからリュドミラは死んだのだ。
何故フィオナは断ったのか。リュドミラの過去を見る限り、グラモスは娘を、フィオナを気に掛ける優しい父に見えた。
そんな父を殺されたというのに、恨みはないのか?
いや、恨みや憎しみを抱きつつも、それを抑え込んだのだろうか。だとしたら……強い人だ。
『しかしフィオナは私に説教を垂れましたよ。君は身勝手が過ぎる。世の中には君よりも不幸な者がいる。苦痛に苛まれる者がいる。それなのに、君だけが癇癪を起こし他者を傷付ける。もう許される範疇を超えている、と』
フィオナの言いたい事はわかる。彼女自身も父が殺されて辛いのに、それを飲み込んで復讐に手を出さなかった。
それは立派だと思う。
「……でも、それじゃあ、不幸になるのは自分だけじゃん。それって納得いかないだろ。暴虐を尽くした奴はなんのお咎めも無しで、被害者だけが泣き寝入りすればいいって事か?」
『えぇ。私も同じ事をフィオナに言いました。そしたら突然攻撃して来ましたよ。私達がわかり合えないと悟り、私を殺す事を決めたのでしょう。恐ろしく冷たく、判断の早い人です……まぁ、最近は少し変わった様子でしたがね』
「フィオナはやっぱり強かったのか?」
『はい、あの時の私は誰にも負けないと自信に満ち溢れていたのですが……僅か半日程で決着がつきましたよ。私が彼女に与えられたのは幾つかの傷だけ。対して私は、身体のあちこちを焼き焦がされ、最後には心臓を貫かれて終わりました』
きっと壮絶な戦いだったんだろうな。
『しかし、ヴェリタスが用意した巫術が発動し、死んだ私の魂は、輪廻に還らず。そこから三百年間虚無の中を漂い、それから魂のまま現世に戻って数日後……君を見つけたのです。あの迷宮の中で』
そこで俺は、ずっと聞きたかった事を口にした。
「俺があの迷宮に落ちたのは……お前が仕組んだ事なのか?」
『……もしそうだとしたら、私を恨みますか?』
どうなんだろう。
何度か考えた事がある。
俺の固有魔法を……巫術を求めてリュドミラが俺を召喚したんじゃないか、と。
異世界に行かなければ、俺は腕を失う事もなかったし、傷だらけになる事もなかった。仲間を失って辛くなる事も、弱い自分を惨めに思う事もなかっただろう。
でも――
「異世界に行かずに平穏に暮らしてたら、俺はあのまま腐ってたと思う」
クラスメイトに疎まれながらもダラダラ学校に通い、家族に心配を掛けながら無為に過ごしていただろう。
「だから……異世界に行けたのは結果的に良かったんじゃないかって思う」
俺は、あの世界で変われた。沢山の良い人に巡り会えて、かけがえの無い時間を過ごせた。確かに辛い事は多かったけど、それを超えるくらい幸せな時間を過ごせた。
「まぁ、家族にはこんな事言えないけどな」
こんな事を言えば、人を心配させておいて、と怒るかもしれない。特に妹が。
『まぁ、君が……いえ、異世界から人が現れるなんて、私も予想外だったんですがね』
「そうなのか?」
『えぇ。私の魂は強大故に、復活と同時に災禍の迷宮が生まれました。飽和した魔素が迷宮を生み出すのは知っていたので、これは事前の予想通りです』
さらっと知らない情報が出てきたが、話の腰を折るのはよそう。
『そして、ヴェリタスは直ぐに私の復活を悟り、災禍の迷宮に転移魔法を仕掛けました。それは召喚魔法。付近を通った強大な固有魔法使いを、強制的に迷宮内に転移させる魔法』
「まさか、それが発動して俺やミーシャが……」
『その通りです。ただ、確かにミーシャは災禍の迷宮に近付いたから召喚されたのですが、異世界にいた君が召喚されたのは、本当に予想外でした。そもそも私は、君の記憶を見るまで異世界の存在すら知りませんでしたよ』
「なるほどな……じゃあ、一概にリュドミラのせいってわけでもないんだな」
確かにリュドミラとヴェリタスがやった事によって俺は迷宮に落ちたわけだが、想定外の何かが起きた故に俺は落ちたのだ。
「ま、どうにせよ俺は恨まないよ。ただ気になってただけというか、まぁもうすぐお前も帰ってしまうわけだし……今の内に色々聞いておきたかったんだ」
『……そうですね、別れの日は近い。寂しくなります』
タイミング的に今しかないと思った。
こんな事言うべきじゃないのかもしれない。リュドミラは怒るかもしれない。
けど、俺は言った。
「じゃあさ、リュドミラもこっちの世界で暮らさないか?」
『え……?』
その言葉は予想外とでも言うように、驚いた様な声が聞こえる。
「お前が沢山の人を憎んでいるのはわかる。復讐なんかやめろ、なんて言いたいわけじゃないんだ。でも、この世界で平穏に暮らすって選択も、悪くないんじゃないか?」
『……向こうの世界では平穏に暮らせない、と?』
「そりゃ、そうだろ。お前の敵は、多過ぎるよ。それに強大だ」
帝国にも屈強な騎士はいるだろうし、何よりフィオナが敵になるのだ。
リュドミラの記憶で見た事しかないが、それでもわかる。フィオナとグラモス、あの親子の強さは尋常じゃない。そもそもリュドミラは過去にフィオナ一人に負けてるわけだし。
『安心して下さい、君の仲間は敵に回しませんから』
見当違いな返事に困惑する。
「いや、仲間の事も勿論大事だけど、今はリュドミラの心配を――」
『――私の心配?』
震えた声の後、
『だったら! だったら君が助けてくれればいいじゃないですか!』
リュドミラは声を荒げた。
『私と一緒に帝国を滅ぼし、フィオナと戦ってくれればいいじゃないですか!』
「…………」
『出来ないでしょう? 何故なら君が本当に大切にしてるのは仲間達だけだから。君が私につく事で、君の仲間までもがフィオナや帝国の敵になるかもしれない。だから君は私を助ける事が出来ない』
何も言い返せなかった。リュドミラの言う通りだったから。
『私はもうこの道を歩く事を決めたんです。君の心配は、不要です』
リュドミラの決意は硬い。
ただ、助けを求められたのは意外だった。
いや、それは彼女の本心ではないのかもしれない。俺を黙らせる為に言っただけの言葉かもしれない。
でも――もしも俺がリュドミラの味方をすると言ったら彼女は喜ぶのだろうか。
何故だか、俺にはそうは思えない。
リュドミラはこの世界で俺と別れる事を望んでる。
それが何故かはわからない。
俺に平穏に生きて欲しいと以前言っていたが、どうにもそれだけじゃない気がする。
けど――
「……悪かったな、無神経な発言だった」
俺達の別れは既に確定した未来なのだと感じた。