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ドライブ

 

 アスカとリカと三人でダンジョンに潜ってから一週間。

 アスカから「今度こそ二人で話そう」と言われつつ、一週間その機会は訪れなかった。

 引越しの荷解きを終えたアスカの仲間達が彼女を連れてダンジョンに潜ってしまったり、俺の方は太一に誘われて食事に行ったりと。

 まぁ、平穏な日常を過ごしていただけとも言えるか。

 そんな中、諸々の予定を終えたアスカから日時の指定があり、ようやく落ち着いて話し合う場を設けられた。



「お兄ちゃん、ハンカチ持った? 水筒は? 防犯ブザーもね。あと、知らない人について行っちゃダメだよ?」

「お前は俺のオカンか」

「私はそんな事言わないよ」


 出発前、玄関でふざける妹と呆れる母。


「いやぁ、それにしてもお兄ちゃんがアスカさんとお近付きになるとはねぇ。あたしゃ複雑だよ」


 協会の依頼の事や、俺とアスカが事件について嗅ぎ回っている事も、家族に話していない。なので、二人は俺がアスカと遊びに行くとでも思っているのだろう。


「じゃ、夜までに帰るから」

「いってらっしゃい」




 そうしてマンションを出ると、近所のスーパーの駐車場に立つアスカの姿が見えた。

 待たせてしまった事を詫びつつ、彼女の車に乗り込む。

 今日はダンジョンではなく、ドライブに行くのだ。秘密の話をするには車内が適しているとはアスカの言だ。


「…………?」


 助手席に乗り込む時、ふと視線を感じた様な気がして周囲を見回す。

 けど、朝早い事もあって、誰もいない。

 気のせいか、と結論付けてそのまま乗車した。



「目的地の無いドライブも悪くないが、せっかくならケヤキモールに行かないか? リカから聞いたが、私達が会った日は工房にしか行かなかったそうじゃないか」


 都内の工房で作った製品を売るショップエリアを、ケヤキモールと呼んでいるらしい。ずっと行きたいとは思っていたが、色々やってる内にタイミングを逃していたので、「是非に」と食い気味に返事をする。

 アスカは苦笑しながら頷いた。


「では、そこまで行こうじゃないか」


 こうして目的地は決まった。




 直ぐに本題に入るかと思ったのだが、「そういえばお互い身の上を話していなかったな」と言ったアスカは、自身が大学二年生で中退し、そこから探索者になった事や、ケイとは幼馴染の縁でチームを組んだ、などと話した。

 その後で俺の事も聞いてきた為、正直に、話せる事だけ話した。


 そうしている内に目的地に到着し、車を降りて二人でショップを見る事になる。

 屋外にいくつものショップが集まり、それらがまとまって巨大なショッピングセンターになっている。昔はこういう場所に興味は無かったが、今は少しワクワクしている。ここにある店の殆どが、ダンジョン探索に役立つ魔道具専門店だからだろう。


 平日だがそれなりに人がいて、アスカは人々の視線を集めた。そして、必然的に隣に立つ俺にも好奇の眼差しが向く。

 だが彼女はそんな事お構いなしに口を開く。



「君はダンジョン探索で、魔道具を使うのか?」


「いえ、空間拡張のポーチしか使いませんね……まぁ、探索に限らず常に持ち歩いてますが」


 そう言って赤いポーチを見せると、思わぬ所から返事が来た。


『言い忘れてましたが、そのポーチは空間拡張じゃないみたいですよ。言うなれば……異空間ポーチでしょうか。中が別の空間と繋がっている為、容量は無限ですし、幾ら物を入れても重くなりません。フィオナが作ったそうですが、まぁ、やはりとんでもない代物でしたね』


 多分俺の身体を乗っ取っていた時に確認したんだろう。このポーチ、そんなに凄い物だったのか。



「そういえばいつも持っているな。大事な物なのか?」


「えぇ、とても」


 このポーチの話になると、ゴブ太の事を思い出す。彼は、俺が異世界に落ちて初めて出来た友人だ。


 俺の顔を見て何か言いたげなアスカだったが、横から声が掛かる。


「おんやぁ? これはこれは、トップ探索者のアスカ様と、奇跡の生還者リュート様じゃないですか! いやぁこれは幸運だ、お二人に出会えるとはねぇ」


 声の方を見れば、眠そうな目をしたエプロン姿の女性が調子良く喋っている。エプロンのロゴを見ると、目の前のショップと同じ。つまりそこの店の店員だ。


「さぁさ、この出会いを記念してサービスしちゃいますから、是非とも色々買っていって下さいな」


 そう言って連れ込まれた店内には、雑多な魔道具が置かれていた。

 わかりやすいものは、入店して右側の壁にまとまっている。剣や刀といった武具に、籠手や胸当てといった防具もある。

 反面、左側には用途不明の球体や、何かの計測器などがおいてある。


「基本的に、どこのショップも工房の強みを売りにして商品を並べているが……ここはまとまりが無いな」


 確かに、他の店は外から見た感じでもある程度わかり易かった。

 武器を扱う店、空間拡張バッグの店、或いは遠距離攻撃手段を持つ魔道具の店など。


「ふふ、ウチの工房はそれだけ色んな分野を得意としてるって事ですよー」

「物は言いようですね……」


 とは言え、色んな魔道具が気になっているのも事実。

 試しに、無骨なデザインの黒い片刃の剣を持ってみる。刃は厚くてゴツゴツしており、斬るより殴る方が適していそうだ。


「おっ。お目が高いですねぇ。それは電磁ブレード。軽く魔力を流してみて下さい……あ、こっちに向けないで下さいね」


 言われた通りにしてみると、軽く魔力を流しただけで、黒い刀身にはバチバチと青い雷が迸る。


「なんだこれ……! カッケェ……!」


 雷と言えば、勇者だけが使える固有魔法だ。その特別感といい、このエフェクトといい、胸の疼きが収まらないぜ。


「そうか……? こう言ってはなんだが、君がよく使ってる氷剣の方が戦いに適しているんじゃないか?」


 む。確かに、この電磁ブレードは斬れ味がなく、殴ってビリビリするだけの魔道具になっている。だが――


「性能の低さは買わない理由になりませんよっ!」

「店員の前で性能が低いとか言わないでもらえますぅ?」


 というわけで、俺は電磁ブレードを購入した。リュドミラの為に金を貯める必要がなくなったから、自由に出来る金は多い。


「ま、まぁ……君が楽しそうで何よりだよ」






 そんなこんなで俺達は買い物を続けた。

 便利魔道具として、クッキーやせんべいが湿気らずに保存出来る、乾燥袋という物も買った。これに入れておけばダンジョン内でも美味しいお菓子が食べられる。


 また、魔道具以外にも良品が沢山あって、中でも簡易栄養補給食は素晴らしいものだった。味も良くて、人体に必要な栄養素が豊富に摂取出来る非常食だ。

 初めて迷宮に落とされた時、俺は空腹で死にかけたので、こういう商品は大量買いしてポーチの中に入れておきたい。不測の事態でダンジョンから出れなくなっても大丈夫と、安心感を得たいのだ。


 まぁ、色々買って満足してるが、最も気に入ってるのは――


蒼雷の籠手(ライトニングアーム)……!」


 右手に装着した白銀の籠手に魔力を流してみれば、青い雷がバチバチと迸る。


「最初に買った電磁ブレードと性能が被ってる気がするのだが……」


 やれやれ、アスカにはこのセンスがわからないらしいな。


「君はあれだな。なんと言ったか……そう、厨二――」

「それ以上はいけません」

「あ、あぁ……すまなかった」


 とにかく、満足度の高い買い物が出来て良かった。

 アスカはあまり買ってないけど……


「ふふ、大人っぽいと思っていたが、意外と無邪気な所もあるのだな」


 まぁ楽しそうだから良いだろう。






 帰りの車内は、行きよりも静かだった。

 恐らく本題に入ろうとしているのだろう。

 中々切り出せないアスカに、俺の方から話を持ち出す。


「何故俺がリカさんを疑っているのか……その話ですよね」


 俺の言葉に、アスカは渋い顔で頷いた。

 俺は予め用意しておいた嘘を吐く。


「実は、以前他の探索者から聞いたんです。伊織ダンジョンでの事件が起きる二日前、認識阻害のローブを来たリカさんがコソコソ入場していた、と」


 そう言って、運転中のアスカの表情を窺う――と、運転中のアスカと目が合った。

 前を見て運転しろと注意すべきかとも思ったが、あまりにも真剣なその瞳に気圧され、何も言えず。

 よって、先に口を開いたアスカは――


「嘘だな」


 と、ハッキリ口にした。


「…………その根拠は?」

 否定も肯定もせずに問い掛ける。


「君はその程度の理由でリカを疑う様な人間じゃない。そもそも、君は本当にリカを疑っているのか? 疑わなくてはならない状況にある、と言われた方がしっくりくる」


 驚いた。アスカは俺が思ってるよりもずっと、観察力に優れた人物らしい。


「……ふむ。私の推測が正しいなら、やはり君は探索者協会から依頼を受けて、リカを疑っているんじゃないか?」


 運転の為に再び前を向いたアスカだが、チラリとこちらに視線を寄越した。


「…………秘密を、守ってくれますか?」


 もう言い逃れは出来ないだろう。ならばせめて、口封じを……と思ったが、念を押すまでもなく、アスカは頷いた。





 ⭐︎






 それから、俺は正直に話した。

 ミドリ救出の後から魔素濃度異常の件に関わる様になった事。

 今回は正式な依頼として、協会が怪しんでるリカを探る様言われてる事。

 彼女が疑われてるのは、伊織ダンジョンと灰原ダンジョンの両方に、事件数日前の入場記録があったから、という事まで。



「なるほどな。何故協会が探索者に協力を要請しないのか疑問に思っていたが、君という優秀な人物が既に関わっていたというのか。ならば納得だよ」


「その評価は過分だと思いますが、協会は犯人を刺激しない為に、大々的な捜査を行っていないそうです。だから現状では俺だけが動き回ってるんです。隠しててすみませんでした」


「いや、逆だよ。話してくれてありがとう、君は最後まで誤魔化す事だって出来ただろうに、それでも私に打ち明けてくれたんだ。そして、君が打ち明けてくれたからこそ……リカの潔白を証明出来る」


「……え?」


 アスカは何か知っているだろうか。

 困惑する俺に、「君に依頼を出した人と会いたい」とアスカは言う。


「まぁ、秘密を漏らしてしまった事の説明もしないといけませんし……わかりました」


 そう言って俺は、井田さんに電話を掛けた。





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