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手合わせ

 

 神蔵協会に戻って来た俺とアスカは二人で一階層へ降り、草原の上で対峙する。

 何が起きるのかと、好奇心でついて来た探索者達に、アスカが声を掛ける。


「すまないが皆んな、離れていてくれ。彼と手合わせをするんだ」


 それを聞いた探索者達は目を輝かせ、どんどん集まって来る。

 集まっては来るが、俺達が動き回れる様に大きく距離を取っている辺り、戦いの邪魔をするつもりはないらしい。早く始めてくれとワクワクしている。


「さて、ルールはどうする?」


「なんでもありの真剣勝負。多少の怪我は覚悟して貰います」


「なるほど、では私も君に本気で斬りかかって良いというわけだ」


「もちろん」


 そう言ってお互いに距離を取り、アスカは腰に差した刀の柄に触れ、俺は両手に氷の剣を作り出す。


 気付けば周りには沢山の観戦者が集まり、円形に俺達を囲んでいる。

 ランキング一位のチームリーダーと戦う以上、仕方のない事か。


「では、参る!」


 言うと同時に地面を蹴り、一足で距離を埋めるアスカ。

 抜刀し、そのままの勢いで振られた刀を、右手の氷剣で受け止める――つもりだった。

 刀身にぶつける為に差し出した氷剣には、何も触れなかった。

 アスカが振った刀は、最初から決まっていたかの様な滑らかな動きで、引くように俺から離れていく。

 その反面、刀と位置を入れ替えるようにアスカの身体は俺に接近する。

 無防備に間合いに入って来た相手に、左の氷剣を突き出す――が、踊るようなステップで躱されて、そのまま背後を取られる。

 上段に構えたアスカはそのまま刀を振り下ろす。

 しかし遅い。

 そんな攻撃は当然の様に横に避け、無防備になった彼女に斬りかかろうとするが、予想以上に早く立て直したアスカは、刀を使って俺の剣を受け流した。


 誘われたのか。


 隙を見せたフリをして攻撃を誘い、それを受け流す事によって相手の隙を作る。

 魔物とばかり戦っている俺には中々出来ない駆け引きだ。

 感心しつつも、このままでは胴体が真っ二つなので、剣を捨てて身軽に行く。


 中段で振られた刀を、地を這うようにしてやり過ごす。四つん這いの姿勢のまま体を半回転させ、足を引っ掛けて転ばそうとするが、アスカはバックステップで俺から距離を取る。



「なるほど。君の剣は力強いが精細さを欠いている。魔物と戦う為だけに磨かれたものなんだな。対人には向いていない」


「そう言うアスカさんは随分と刀使いがお上手で。戦国時代からタイムスリップでもして来たんですか?」


「ふっ。幼い頃から剣道をやっていただけさ」


 そうは言っても、剣道だけでこんなに強くはならないだろう。きっと、技術を実戦で生かせる様にアスカ自身が工夫した筈だ。

 羨ましいな。

 俺も何か習っていたら、もっと強くなれたのだろうか。誰も失わずに済んだのだろうか。


「さぁ、君の本気を見せてもらおうか!」


 今更考えても仕方がないと、思考を片付ける。

 今集中すべき事は、目の前にある。


 再び距離を詰めて来たアスカに、こちらからも迫る。

 ゼロ距離まで接近すれば、まともに刀を振る事が出来ない。

 俺の企みを察したのか、速度を落として間合いを調整しようとするが――俺の拳の方が早い。


「がはっ!」


 ボディブローが決まり、アスカは苦悶の表情を浮かべたまま後方へ大きく飛ぶ。

 なんとか両足で着地するアスカに向けて、俺はさっき捨てた氷剣を拾って投げ付けた。


 狙いは身体の右半身。

 今のアスカはダメージを受けた直後で、攻撃に対して敏感になっている。

 まともな思考をする余裕が無く、俺が投げた剣は無意識で左に避けるだろう。

 そうなるのが普通だ。

 だけど俺はそうなるかどうかを確かめたくて、その場で立ち尽くす。


 氷剣は縦回転しながらアスカに迫る。

 彼女は案の定左に避けた――が。

 氷剣の軌道から外れたにも関わらず、右手の刀で絡め取る様にして氷剣を地面に叩き付けた。


 自分の事だけを考えている奴ならそんな行動はしない。

 なら何故アスカは剣を叩き落としたのか。

 それは、俺たちの周囲を探索者が囲んでいるからに他ならない。

 アスカが避ければ氷剣は、後方の探索者に向かって飛び続けた。

 探索者ならばそれくらい対処出来るだろうが、それでもアスカは迷惑かけまいと、態々氷剣を自ら受け止めたのだ。


 魔素濃度を操作して、多くの探索者を犠牲にする様な人間であれば、彼女の様な行動は取らないだろう。


 アスカは間違いなく善人の類だ。

 疑っていた事が失礼に思えるくらい。


 いや、そもそもこんな汚い手段で試す必要も無かったのかもしれない。

 幼い頃から武術を極め、努力を続けられる人間が浅はかな悪事に手を染めるとは思えない。


 結論が出れば、もう戦う必要はない。

 けど、アスカにとってはまだ戦いが続いていて。


 立ち尽くす俺に一瞬で迫り、首に刀を突き付けた所で静止する。


「……?」


 動かない俺に一瞬疑問を浮かべたアスカだが、俺が両手を上げて降参のポーズを取る事で戦いの終わりを悟った様だ。

 それは観戦者達も同じで、アスカの勝利を讃えるようにドッと歓声が湧き上がる。


「まだ動けたんじゃないのか……?」


 刀を仕舞いながら怪訝そうしているアスカだが、それには答えず質問を返す。


「アスカさん、何故カマをかける様な発言をしたんですか?」


 周囲に人は多いが、騒がしくて周りの声が聞き取りにくい今がチャンスと、内緒話を再開した。


「あぁ、君が協会の依頼を受けてるか確認した時の話か。実は私は二度、魔素濃度異常の件で役に立ちたいと協会に申し出た事があるんだ。だが二回とも上手く流されてしまってな」


 流された?

 アスカほどの実力者が協力を申し出たのに、協会はそれを受け入れなかったのか?


「協会は私に疑いを掛けているのか、或いは隠したい事があるのか……。どちらにせよ、君が協会の依頼を受けているなら素直には教えてくれないと思ったんだ。すまなかった、不快にさせたか?」


「いえ、色々納得出来ました。因みに俺が協会の依頼を受けていたらどうしてたんですか?」


「もしそうだったら、私はこの件から手を引いただろうな。と言うのも、ダンジョン内の異変ならば探索者の協力が不可欠だと思ったから、私はこの件に首を突っ込んでいるのだ。私以外に事件解決に向けて動いている探索者がいるのなら、私の出る幕はない」


 なるほど、全ての疑念が晴れた。

 アスカは協会だけでは事件解決出来ないだろうと思って、協会の動向を探っていたのだ。決して、彼女にやましい事があるわけではない。



「答えてくれてありがと――」



「――ちょっとアンタ! 何負けてんのよ!」



 アスカへの疑いが晴れた所で割り込んで来たのは、今一番会いたくない――だけど会わなくてはいけない人、リカだ。

 協会が一番疑っているのは彼女で、俺は真相を探らなければならない。

 だけどまだ、心の準備が出来ていない。


「アンタが負けたらアタシの見る目がなかったって言われるのよ! それわかってるワケ!?」


「あ、あぁ……えっと、ごめんなさいリカさん。工房戦で取り返すので、勘弁して下さい」


 相手の目を直視出来ず、視線を泳がせながら返した言葉は、相手にどんな印象を与えてしまっただろうか。


「……? 何よ、そんな本気で謝らなくてもいいのに。アンタの事は信じてるんだから、言葉通り工房戦で優勝してくれれば別にいいのよ」



 信じてる。

 その言葉が今、一番辛い。

 俺だって信じたい。

 けど、疑わなくちゃいけないんだ。


「そうだ、余分な三人組がいない内に、私達で食事でもどうかしら?」


「リカ……私の仲間を余分などと言ってくれるな。まぁ、折角だからご一緒させて貰うが」


「口が滑ったのよ、悪かったわね。リュート、アンタも来るでしょ?」


 真実を確かめる為にも、リカと共にいる時間は長い方がいい。

 だけど――今日は、色々考えたい事もあるし、井田さんに確認したい事もある。

 そうやって自分に言い訳をしながら口を開く。


「すみません、家族が待っているので今日は帰ります」


 そう言って、逃げるようにその場を後にした。








 帰宅した時には既に夕飯が出来ており、母と妹を待たせていた。

 悪いけどもう少しだけ待ってもらって、自室に向かい井田さんに電話を掛ける。


『珍しいですね、どうなさいました?』


 初めて電話を掛けた為か、意外そうな声が聞こえて来る。


「依頼に関する事でいくつか聞きたい事がありまして。今大丈夫ですか?」


 そう切り出すと話す様に促された為、早速本題に入る。


「まず、本日話があった魔道具についてですが、これは探索者のレイジが見つけた物なんですか?」


『えぇ、話しそびれていましたが、そうです。十日程前に彼らが活動する都内の協会へ提出されました』


「その際に、アスカさんから協力の申し出がありませんでしたか? 本人から聞きましたが、それを有耶無耶にしたとか」


『それも事実です。彼女からは二度、協力の申し出がありましたが、私から断るように指示を出していました』


「……それは、アスカさんが疑わしいからですか?」


『いいえ、アスカ様に疑わしい点は一切ありません。ただ……彼女と共に行動していたレイジ様は、そうではありませんでした』


 レイジに疑いが掛かっている?

 という事は――


「まさか、伊織ダンジョンの事件の直前に、レイジの入場記録があったんですか?」


『はい、魔素異常が起きる五日前、彼も認識阻害のローブを着てソロで伊織ダンジョンに潜っていました……ただ、レイジ様はソロで活動する事も多く、そういった場合はいつも認識阻害のローブを着用しています。なので、特別怪しいわけではありません。また、彼は灰原ダンジョンへの入場記録はありませんし、魔道具を見つけてくれた功績もあります。今では疑いは殆ど晴れています』


「なるほど、そういう事だったんですね……。なら、もうアスカさんの協力を受け入れてもいいんじゃないですか? 実は今日、彼女から犯人探しを手伝って欲しいと誘われまして」


『……アスカ様はそこまで真剣に、問題解決の為に動いてくださっているのですね』


 感心したような声で言った後、井田さんは「しかし」と続けた。


『確かにレイジ様に対する疑いは殆ど晴れましたが、絶対に犯人じゃないとは言い切れません。仮にレイジ様が犯人だった場合、同じチームで行動するアスカ様が協会の協力者と知れば、彼女を利用して協会の情報を得ようとするでしょう。そこで自分が疑われていると知れば、どんな手段に出るかわかったものではありません』


 協会の情報を漏らさない為にも、アスカの安全を考えても、協会とは無関係でいて貰った方がいいのか。


「なるほど……では、引き続き協会の依頼の事は秘密にしておきます」


『えぇ、よろしくお願いします。ただ、リュート様個人の立場としてアスカ様を手伝うのは良いかもしれません。違った視点で物事を見てくれる協力者というのは貴重なものです』



 井田さんの助言に感謝し、そこで通話を終える。



「嫌な仕事だな……色んな人を疑わなくちゃいけないなんて」


 誰もいない自室で一人呟く。

 こういう時、いつもならリュドミラが返事をしてくれるのだが――近頃、彼女の声を聞く事が減った。


「……リュドミラ?」


『はい? どうかしました?』


 呼び掛ければ応えてくれる。

 変わらず俺の中にいるのだが、どこか距離感がある。


 ……でも、これが普通なんだよな。


 自分の中に他人がいて、そいつと会話してるなんておかしい事だ。

 こんなおかしな生活は、リュドミラが帰れば終わりを迎える。

 その時は間もなく訪れる。

 だから俺は、一人でいる事に慣れるべきかもしれない。







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