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疑心暗鬼

 

 リカが魔素濃度異常を起こした犯人かもしれないと聞いて、暫くは何も言えなかった。

 だけど少しずつ思考力が戻って来て、どうにか言葉を発する。


「……動機が、ありませんよ。何故リカさんがこんな事を? 魔素濃度異常を起こして彼女になんのメリットがあると言うのですか?」


 庇う姿勢になってしまうのは、少なからず彼女と関わってしまったからだろう。

 その関わりの中で、恩ができた。良い面を知った。楽しい時間を過ごした。

 そのせいで、リカを疑う状況を嫌っている。


「……良くないよ、君の偏見で容疑者を庇う事は。君は今、探索者協会の協力者として中立でいなければならない」


 そう言って俺を咎めた長谷部さんに、驚愕した。

 娘を疑われているのに、協会側につくのか?


「……個人の感情で言えば、娘を庇ってくれた君に感謝したい。けど今は、仕事中だ」


 ……馬鹿か俺は。

 一番辛いのは長谷部さんだ。娘を疑われて苦しんでいるのは、表情を見ればわかる。

 それでも彼は、協会の職員として公正であろうと努めているんだ。


「……すみません、取り乱しました」


 感情はひとまず置いておく。冷静に話し合わなくては真実に辿り着けない。


「ただ、先程申し上げた疑問に対する答えは聞いておきたい。犯人が誰であるにせよ、何を目的として動いているかを知れば、先んじて対策を考えられます」


「えぇ、リュート様の仰る通りです。ですが……残念ながら、その辺りのことは何もわかっておりません」


 疑わしい人は特定出来たが、その他の事は何一つわからないらしい。


「動機が何にしろ、これは決して軽視できない問題です。犯人には厳しい処罰が下るでしょう」


「処罰といえば、魔素濃度を操作する事はどういった罪になるんでしょうか」


「魔物を誘導し、他者を害してはならない。この規則に抵触しています。一階層だけならまだしも、複数階層の魔素を濃くしているのですから、深層の魔物を浅層に誘導しようとしているのは明らかです。実際にミドリ様が被害を受けていますから、言い逃れは出来ません」


 探索者講習で教わった規則だ。「知らなかった」では済まないだろう。



「さて、一通りの説明が終わりましたが、他に不明な点などありますか?」


「ここに俺を呼んだ理由が聞きたいです」


 やって欲しい事があるから呼んだのだろう。

 それを聞こうと思った所で、話し手が変わる。


「これは、私から頼もう。リュート君。君にはリカが犯人か否か、探って欲しいんだ」


「……ただの探索者に頼む事では無い気がしますけど」


 俺は探偵じゃないし、特別頭が良いわけでもない。この件で役に立てる自信が無い。


「悪いけど、他に頼める人がいないんだ。探索者協会は現在リカに疑いを掛けているけど、それは殆ど共有されていない。当然だ、万が一間違いであった場合、協会の信用とリカの名声に傷が付く。だからこの話は広めてはいけない」


 言われてみれば納得だ。リカは怪しい行動をしているだけで、明確な規則違反を行ったわけではないのだ。大々的な捜査は不信感を募らせる。


「秘密裏に探りを入れる必要があって、それには既に関わりのある俺が適しているという事ですね」


「あぁ、そうだとも。引き受けてくれるかい?」


 長谷部さんは期待する様な目を向けて来る。

 口では公正でいなければならないと言いつつも、リカの味方であろうとする俺に調査をして欲しいのだろう。


「わかりました……とは言え、俺に探偵の才能はありません。出来れば助言など頂きたいのですが」


「それは勿論。また、この調査を行う上で、君には一部の権限を与えよう」


 そう言って長谷部さんは、先程の瓶を俺に渡した。


「これは協会の審査を受けていない魔道具だ。審査を通っていない魔道具は、本来なら売買してはならない。だが、捜査に使うのなら話は別だ。君はこれを研究してもいいし、浮浪者の格好をして売ってみてもいい。そうすれば犯人が釣れるかもしれない。もしも犯人が釣れる前に協会の職員に捕まったら、私に連絡してくれ」


「折角の手掛かりを使ってしまっていいんですか?」


「安心したまえ、既に解析は終わっている。それは複製品だ」


 驚いた。

 未知の道具をそんなに直ぐに複製してしまえるんだな。


「では、ありがたく使わせて貰います。いくつか頂いても?」


「もちろん。なくなったら言ってくれ」


 追加で五個取り出す長谷部さん。あまりにも気軽に渡してくれた辺り、信用されているのだろう。間違った使い方はしないと。


「ありがとうございます、慣れない仕事ですが、精一杯やってみます」





 話を終えた俺は帰路に着こうと、駅に向かう。

 灰原ダンジョンは駅から近い。だからだろうか、探索者とすれ違う事もある。

 その中の、ローブを着た長身の女性が俺を見て足を止めた。

 態々足を止めなければ彼女の存在に気付かなかっただろう。認識阻害のローブを着ているから。

 だけど気付いて、意識を集中させればわかる。


「アスカさん……?」


 彼女の魔力は独特だから、わかりやすい。魔力の質も流れ方も、アランに似ているんだ。それが、俺がアスカに対して親近感を抱く要因にもなっているんだろうな。


「……驚いたな、認識阻害を見破るとは。まぁ、私も君に声を掛けようとしたし、それが原因か」


 アスカは苦笑しながらフードを持ち上げ、俺にだけ顔を見せる。


「怪しい格好で悪いが、さっきは騒がれてしまったからな。都内で活動してる時はここまでじゃなかったのだが……」


「有名人は辛いですね」


「茶化さないでくれ……それより、君も灰原ダンジョンの様子を見に?」


「まぁ、気になったので。そう言うアスカさんは? 原初のダンジョンに潜るんじゃなかったんですか?」


「そのつもりだったが、ダンジョンに起きている異変の方が重要だ。そもそも、私が探索者になった理由は人々を危機から守る為。魔素異常は未熟な探索者を殺す程危険な災害だ、放ってはおけない」


 そう言った後、アスカは顎に手を当てて思案した。


「とは言え、一人で悩んでも仕方がないか。リュート、よかったら少し時間を貰えないか? そこのカフェで話そう」


「協会には行かなくていいんですか?」


「今行っていた君から話を聞ければそれでいい」



 という事で俺達は近くのカフェに入り、隅の席に座った。

 俺から話す事は多くない。

 俺が協会の依頼を受けている事は話せない。秘密裏に調査を進めるよう言われている為、「灰原協会の探索者はロビーで困惑していた」などと、見てわかる情報を伝えるしか出来なかった。


「協会の行動は迅速だな。僅かでも異常があれば、速やかに脱出を促し、入場を制限する。これなら以前の様な被害者が出る事はないだろう」


 ミドリの事か。彼女はこの件の最大の被害者として人々に記憶されている。


「しかし問題は、犯人の動機だ。今はダンジョン内の災害で済んでいるが、今後どこに向かって行くのかが不明だ」


 そこは俺も気になる所だ――



――――――――


――――――



――え?


 この件が人の手で齎された事だと知っているのは、協会の一部の人間だけだ。何故アスカが知っている?


「え? 犯人? 魔素濃度の異常って、自然に起きた事じゃないんですか?」


 無知を装い、驚いた表情を作る。

 その表情のまま、アスカの目を見る。感情の機微を見逃さないように。


「あぁ……まぁ、君になら話しても平気か」


 そう言ったアスカの表情は、自らの失言を重要視していない様子。言葉通りに「話しても平気」だと考えているみたいだ。


「実は先日、レイジがある魔道具を入手して来たんだ。ホームレスから二つ購入したらしいが、それをダンジョンで使用してみた所、魔素濃度が急激に高まった。それを感じた私達は、伊織ダンジョンの魔素濃度異常を起こしたのはこの魔道具じゃないかと考え、未使用の魔道具を協会に提出したのだ」


 それってつまり……さっき協会で聞いた魔道具を見つけた探索者って、レイジの事なのか?


「魔道具を見つけた私達は魔素濃度異常は人の手で起こされた事件だと結論付けたのだが……協会は答えをはぐらかし、この件について他言しないよう頼んで来た。皆を混乱させない為だろうな」


「協会の頼みを無視して俺に話すなんて、随分と口が軽いんですね」


「誰にでも話すわけではない。協会の依頼を受けている君にだから話したんだ」


「――――」


 アスカは俺が依頼を受けている事を知っているのか?

 いや、そんなわけない。

 俺が依頼を受けて行動してる事は、犯人の警戒心を刺激しない為に秘密になっているんだ。


「えっと、何か勘違いされてます?」


 思考のせいで返事が遅れてしまったが、それを逆に利用した。

 僅かな間を、「何を言ってるんだ?」という困惑のせいにした。



「……む? どうやら私の勘違いだったらしいな。神蔵協会で携帯を見た後、君はレイジのせいで気分を害した事にして、その場を去った。それは秘密の呼び出しを誤魔化す為の方便で、協会からの呼び出しがあったからこそ、ここにいるのではないか。そう考えたのだ」


 危なかった、ただの勘か――


 ――いや、違う。


 カマをかけられたんだ。

 じゃなきゃ「協会の依頼を受けている君にだから話した」なんて言い方はしない。その前に「協会の依頼を受けているのか?」という確認があって然るべきだ。


 何故カマをかける?

 俺が犯人を探してる様に、犯人も協会の協力者を見つけて潰そうとしているのか?

 待て、この考え方だとアスカを犯人と疑ってるようじゃないか。

 違うのか?

 わからない。

 段々と疑心暗鬼に陥っていく。



「なるほど、想像力が豊かですね。でも残念ながら、単純にレイジと一緒にいたくなくて出て来たんですよ」


 大丈夫、俺はまだ冷静だ。


「ふふ、それはそれで複雑だな。確かにレイジの言動には問題があるが、根っからの悪人ではないと私は思っている」


「アスカさんの言葉なら信用出来ますね……と思う反面、アスカさんは人の良い面しか見てないのでは? と疑う気持ちもあります」


「むっ……確かに私の主観が偏見に満ちている可能性は否定出来ないな。これでは仲間の潔白を証明する事は出来ないか」


 苦笑するアスカは自然体に見える。


「でも、私は本当に仲間達の事を信頼している。仲間だけじゃない。リカの事も、君の事も」


「リカさんはともかく、俺とはまともに話した事なんてないじゃないですか」


「そうだな……だが、君のこれまでの活躍を見ていればわかる。君と私は志を同じくしている……いわゆる同志だ」


「……同志?」


「あぁ。私はダンジョンの被害者を減らしたい。その為に今も一人で魔素濃度異常の件について調べているんだ。それは君も同じだろう?」


 さっき灰原ダンジョンに行ったと知られている為、否定は出来ない。


「まぁ、そうですね」


「ならば同志だ。リュート、協力しないか? 私と君で、この不穏な事件を解決しよう。もう二度と被害者を出さない為に」


 真っ直ぐこちらを見つめるアスカに、なんて答えるべきかわからない。

 この人は本当に人を救う為に行動しようとしているのか?

 言葉通りの真っ直ぐな人なのか?

 俺はこの人を信じていいのか?

 思い返せば、俺は秘密ばかり作って一人で悩んで、誰かを信じた事なんて殆どなかった。

 でも、俺を信じてくれた人達の事はよく覚えている。

 彼らはどうして俺を信じてくれたんだ?




「――戦いだ」

「え?」



 そうだ、ガイストは戦いを通して俺を認めてくれた。特級冒険者に任命してくれた。

 また、レイラとの戦いで俺達はお互いの事を分かり合えた。戦いというコミュニケーションを通して、俺はレイラの苦難と努力を知れた。



「戦いましょう、アスカさん。協力関係を築くかどうかは、それから決めます」


「……なるほど、私が弱者であったら協力する価値も無い、という事か。君は確かに強いが、私も弱くはないつもりだ。それをわかってもらう為にも……その戦い、受けようじゃないか」


 少し勘違いをされたらしいが、構わない。

 変な勘繰りをされずに真っ直ぐぶつかり合えるなら、きっと意義ある戦いになるだろう。




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