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変わって行く日常

 

 ミドリを救出した日から、俺の存在は探索者達に認知され始めた。

 特に神蔵市で活動する探索者達は、俺がダンジョン深層で遭難していた者だと知っているし、ミドリ救出者という事も知っている。実際に見ていた人も多い。


 認知される事による不都合は、今の所無い。思えば異世界でも俺達の存在はそれなりに知られていたし、少しは慣れたものだ。


「おっ、リュートじゃねぇか! 工房戦のトーナメント表見たぜ。絶対に勝ってくれよ、俺ぁアイツが大嫌いだからな!」


 こうして話しかけられる事も多くなった。

 彼はブラック企業を辞めて探索者になった、気のいいおじさんだ。

 彼の言う「大嫌いなアイツ」とは――


「レイジの事ですね。あの綺麗な顔をグチャグチャにしてやるつもりなので、期待に添えると思いますよ」


 現在は十一月中旬。来月末に開催される工房戦のトーナメント表が、遂に発表されたのだ。

 それによると工房戦最初の試合は、俺とレイジの戦いだ。


「ふっふっふ。工房戦四連続優勝者が初戦敗退になるのが、楽しみですねぇ」


 神蔵探索者協会のロビーで話してた俺とおじさんの間に割り込んで来たのは、ミドリだ。


「おっ、意外だな。女は皆んな青髪の野郎を応援すると思ってたが、嬢ちゃんもリュート派か?」


 変な派閥を作らないで欲しいが、一応俺も認知している。

 トーナメントの発表があってから、リカ推薦の俺と、四連続優勝者レイジの試合はかなり期待されている。

 そんな中、「どちらを応援するか」と至る所で論争が繰り広げられているのだ。

 尚、レイジの性格の悪さは誰もが知る事らしく、男性は殆ど俺を応援してくれている。逆に女性はレイジの顔や「俺様キャラ」が好きらしく、殆どがレイジ派だ――と思ったのだが。


「何を言いますか、リカ様のファンは元からリュートさん派ですし、私のチャンネルでもリュートさんを応援する流れが出来てますよ!」


 との事らしい。

 アイツと人気争いをするつもりはないが、応援されるのは悪い気はしない。


「ま、なんにせよ人を見下す様な一位様はそろそろ痛い目見るべきだよな!」


「ですね!」


 二人の盛り上がりを見るに、レイジの嫌われようは相当なものだ。

 ただし彼の熱狂的なファンもちゃんと存在して、何人かの女性探索者はこちらを睨んでいる。

 気まずいから早く帰りたいのだが――


「そういえば、リュートさんがロビーで座ってるの初めて見ましたよ。常にダンジョン内にいるじゃないですか」


「あぁ、人を待ってるんだ……」


 って、常にダンジョンにいるわけないだろ。そうツッコミを入れる前に、漸く待ち人が現れた。

 別に待っていて欲しいと言われたわけではないが、来る日時を伝えられてしまった以上、ここに来るのが礼儀だと思ったのだ。


 彼女ら四人が協会に入って来た途端に空気が変わる。

 入口付近にいた探索者は目を輝かせて硬直し、やがて驚きと喜びの声を上げる。


「うそ、え、アスカさんじゃない!?」

「レイジ様ぁ!」


 目立つ二人の名前ばかり聞こえるが、勿論ケイとガンスケもいる。

 つまり、探索者ランキング一位のチームが揃ってやって来たわけだ。

 当然、協会内の賑やかさは増す。しかしそのままではよくないと思ったのか、一歩前に出たアスカが声を張る。


「突然現れた私達のせいで騒がしくしてしまった様で申し訳ない。私達はこれから、原初のダンジョンで活動するつもりだ。今後も出会う機会は多いだろう、どうかよろしく頼む」


 彼女がそう言うと、神蔵で活動していた探索者達は歓声を上げ、市外から来てる探索者は「活動拠点移そうかな」などと呟いている。


 挨拶を終えたアスカは俺を見つけると、友好的な笑みを浮かべながら近付いて来る。座ったままでは悪いので、立ち上がり俺からも歩み寄る。


「久しぶりだな、リュート。君の活躍は耳にしている。流石だな」


「アスカさん達こそ、最近また都内のダンジョンを攻略したとか。三人が来てくれて、とても心強いです」


 周囲の探索者達は、俺がアスカ達と知り合いだった事に驚いているらしいが、それよりも今の言葉に食い付いたらしい。


「三人……?」


 そんな疑問に答える様に、レイジが笑った。


「おいおい、いくらなんでも酷すぎないか? 俺の事はガン無視かよ」


「あぁ、いたのか」


 俺達のやり取りを見ていた人達は、悟ったように呟いた。


「もしかして仲悪い……?」


 仲が悪いわけではない。俺がレイジを嫌ってるだけだ。俺の友人を悪く言った事を心から謝罪しない限り、コイツを許すつもりはない。


「まぁまぁ。工房戦で戦う事が決まったんだし、仲良くしよーぜ! な!」


 男勝りなケイが間に立つが、ガンスケは隣に来て、大きな手を俺の肩に置いた。


「俺はリュートを応援している。レイジの他人を見下す様な言動は前々から気になっていた。そろそろ痛い目を見るべきだ」


 その言葉を皮切りに、周囲で聞いていた探索者達がどっと騒がしくなる。「どちらを応援するか論争」が始まったのだ。


「やれやれ……せっかく落ち着いたと思ったのに、君達のせいでまたこれだ。まぁ、私も工房戦の出場が決まっているのだ、君達のどちらかと戦える事を楽しみにしている」


 アスカは俺達とは別のブロックで、勝ち進めば決勝戦で戦う事になる。当然の如く、彼女も優勝を狙ってるらしいが――


「――バカね。決勝戦はもう決まってるのよ! アタシとコイツの戦いってね!」


 そう言って、どこからともなく現れたのはリカだ――いや、こいつはずっと認識阻害のローブを着て、それを脱ぐタイミングを窺っていたんだ。さっき急いでローブを仕舞う様子を見たから知っている。


「リカ、いたのか!」


 それを知ってから知らずか、アスカは驚いた様子で声を上げる。

 リカとアスカが勝ち進んだ場合、準決勝で二人はぶつかり、勝った方と俺は戦う事になる。


「お嬢様、準決勝で負けて下さい。俺はアスカさんと戦いたいので」


「んなっ! アンタ、アタシが推薦してやったってのに、その恩とかないわけ!?」


「ふふ、二人は相変わらず面白いな」


「てか俺様には当たり前のように勝つつもりでいるんだな?」


 リカが現れた事で余計に賑やかになるロビーだが、直後、協会内のあちこちで、スマホの緊急通知の音が鳴る。

 その音に驚き、会話をやめてスマホを確認する人々。

 勿論俺も通知を確認して――思わず息を呑んだ。


「魔素濃度、異常?」


 誰の呟きだったろうか。

 困惑する者が多数だが、協会が発信する情報をキチンと追い続けている探索者は直ぐに理解した様子。


「一ヶ月程前、伊織ダンジョンで起きた魔素濃度の異常が、今度は灰原ダンジョンで起きたみたいだ」


 灰原ダンジョンがある灰原市は、ここ神蔵市の隣市――伊織市とは逆側に位置する町だ。

 つまり神蔵市を中心に、付近のダンジョンに立て続けに魔素濃度異常が起きたという事になる。


「次はここだったりしてな」


 不謹慎な事を言うレイジを、ミドリが睨む。伊織ダンジョンで死にかけた彼女は、この件の一番の被害者と言える。そんなミドリの前で、よくもふざけた事を言えたな。


「不謹慎野郎のせいで気分が悪いので、俺はそろそろ帰ります。皆さん、また後で」


「あぁ、またなリュート。レイジ、君は余計な事を言い過ぎだ、彼の言う通り不謹慎だぞ――」


 アスカの、レイジを咎める声を背に協会を出て――緊急通知と同時に届いたメッセージに、返信した。

『直ぐに向かいます』と。











 それから三十分後、俺は灰原探索者協会に来ていた。

 初めて来たが、探索者協会はどこも似た様な外観で、遠目からでもすぐにわかった。

 中に入って見ると、協会のロビーでは困惑する探索者が多い。その理由は、灰原ダンジョンが突然入場禁止になったせいだろう。

 受付は事情の説明を求める人で混雑しているが、俺に気付いてくれた職員の一人が、奥の部屋に案内してくれた。


 そこでは、二人の大人が待っていた。


「お忙しい中ご足労頂き、ありがとうございます」


 そう言って頭を下げる伊織協会の支部長、井田さんに「気にしないで下さい」と言ってから、この部屋にいるもう一人の人物に向き直る。


「お久しぶりです、長谷部さん。義手の件については、本当にありがとうございました」


「どうやら君の役に立っている様で良かったよ」


 そう言って微笑む長谷部さんだが、その表情は少し暗い。

 都内に住んでいる彼がここにいるのは何故だろうか。リカと一緒に観光にでも来たのか? ……こんな田舎に観光地なんて無いけど。



「さて、早速ですが本題に入りましょう。リュート様、探索者緊急通知は確認されましたね?」


「灰原ダンジョンの魔素濃度異常に伴い、灰原ダンジョンの入口を一時閉鎖するって話ですよね」


「はい。先月の一件から、ダンジョン内の魔素濃度を定期的に計測をする事になったのはご存知ですよね?」


 全てのダンジョンは二週間に一度、五階層までの魔素濃度を計測しなくてはならない。

 これは伊織ダンジョンでの事件があった三日後に決まり、全ての探索者に共有されたルールだ。

 ルールとは言っても計測は協会の仕事である為、あまり重要視していない探索者も多い。


「本日その定期計測の際に、灰原ダンジョンの三階から六階に異常を検知しました。その値は前回の伊織ダンジョンと同じです」


「七階層以降は?」


「七階層から十階層の区間は異常ありません。それ以降は未確認です」


「それなら、深層の魔物は上がって来ないのでは?」


 前回は、五階層からずっと下まで魔素濃度異常が起きていた。故にコラプトゴートという強敵が上がって来た。

 しかし今回は七階層までしか異常が起きてない。

 八階層以降の魔素濃度が低いままなら、それより深い場所に生息している魔物は上がって来ない。


「はい、我々もそう考えましたが、念の為という事でダンジョン内の探索者には脱出して頂き、入場も禁止としております。現在、灰原協会支部長がこの件に対応中です」


 ロビーが賑わっていたのは、探索中に脱出する様命じられて、困惑する者が集まった結果なんだろうな。


「さて、今回の件についての説明はここまでにして――ここからは、探索者協会が出した結論についてお話ししたく思います」


 井田さんがそう言うと同時に、室内の空気が変わった。

 重苦しそうに顔を顰める長谷部さんと対照的に、井田さんは無表情に淡々と話し出した。


「探索者協会は、魔素濃度異常が人為的に起こされたものだと結論付けました」


 可能性としてはあり得る、と前回自分で言った事だが……実際にそうだと言われると複雑だ。


「現状、魔素濃度を操作出来る魔物は発見されていませんし、ダンジョンの環境が突然変化する事例もありません」


「でも今まで無かっただけで、今初めてそういった事態に陥ってる可能性もありますよね?」


「えぇ、その可能性もあります。しかし、あくまで可能性の話です。それに対して、人為的に魔素濃度を操作する方法は存在します。つい先日、その存在を発見しました」


 魔素濃度を操作出来る方法?

 前回の話し合いでは「そんな事出来るか不明」と言われていたが、もう方法が見つかったのか。

 驚く俺の前に差し出されたのは、片手で持てる程の小さな瓶。

 外見は回復ポーションが入ってる小瓶の様にも見えるが――


「なんか、美味そうな匂いがしますね」


 匂い、というのは適切ではないかもしれない。嗅覚に刺激があるわけではなく、不思議と惹かれる、そんな気配をこの瓶から感じた。


「……貴方もそう仰いますか。我々にはわからない感覚ですが、これを見つけた探索者も、同じ事を言っていました」


「その探索者は、どこでこれを見つけたんですか?」


「都内の河川敷で。橋の下で暮らす浮浪者が持っていたらしく、匂いに釣られてこの瓶を見つけた所、百万出せば譲ると持ち掛けられたそうです」


「……その浮浪者は、どこでこの瓶を手に入れたのでしょうか」


「スーツを着た男に渡されたと言っていましたが、それ以上の事は不明です。渡された時、探索者に売れば大金になる、とだけ言われたそうで」


 何者かが、この瓶をばら撒いているのか?

 何の為に?


「そもそも、この瓶はなんなんですか?」


「これこそが魔素濃度を高める道具です。割れば即座に周囲一帯の魔素が高まり、それは約三日間続く」


「……なるほど。それなら都合が良いですね。魔素濃度異常が起きた時、そこにいた探索者が犯人という事でしょう?」


「いいえ、事はそう簡単ではありません。先程リュート様が感じ取った通り、この魔道具は人、或いは魔物を惹きつける魅力を放っています。ですので、態々自らの手で割らずともダンジョン内に置いておけば、この魔道具に惹かれた魔物に割られるという事です」


 誘引作用があるのか……。

 確かに、魔道具の起動を魔物に任せてしまえば、犯人の特定は難しくなる。いつから設置されているのかがわからないから。


「とは言え、誘引作用のある魔道具が長期間割られずに残っている可能性は低い。なので、魔素濃度異常が起きる一週間前までに入場した探索者が怪しいと、我々は予測しました」


 探索者協会はダンジョンの入場者記録をデータで保存している。つまり――


「絞り込みが完了したんですね?」


「はい。何名かに疑いが掛かってますが、その中でも特に怪しい人物がいます」


 探索者協会の情報網を流石と言うべきか、二度も同じ手で魔素濃度異常を起こした探索者を愚かと言うべきか。


「まず、伊織ダンジョンと灰原ダンジョンの両方に、事件が起きる一週間以内の入場記録がある事。次に、ダンジョンの中層以降に瓶を設置出来る程の実力者である事」


 灰原ダンジョンはともかく、伊織ダンジョンは結構深い所まで魔素濃度が高くなっていた様だったし、そこまで行ける実力者じゃないと不可能だよな。


「この時点でかなり絞り込めたのですが、その中に……普段は都内で活動してる配信者であるにも関わらず、何故か認識阻害のローブを被って両ダンジョンに潜っていた実力者がいました。我々は彼女が犯人ではないかと強く疑っております」


 都内からこの田舎まで来たのか?

 しかも配信活動ではない上に、姿を隠して?

 確かにそれは……怪し過ぎる。



「それは……一体誰なんです?」



 聞いてから、ハッとした。

 そもそも何故ここに長谷部さんがいるのか。

 ダンジョンの謎を究明する部署のお偉いさんらしいが、仕事の一環でここにいるのだろうか。そうだとしたら、何故そんな辛そうな表情をしているのか。


 考えてみれば簡単な事だった。



「探索者名リカ様。魔素濃度異常を起こした犯人の最有力候補は、彼女です」


 淡々と告げる井田さんに、瞳を閉じて苦痛を堪えるような長谷部さん。

 二人を前にして、俺は何も言う事が出来なかった。




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