第七話 モテる男は辛い
サイトウが学園長室を出て直ぐに、サイトウの下にクリスがやって来た。
「やっぱり、君が魔族を退けたんだね」
――盗み聞きとは、趣味が悪いな。
「偶然耳に入ったのさ」
しらばっくれるクリスにサイトウは疑いの眼差しを向ける。
サイトウの中でクリスはぺったんこであり、監禁趣味を持っている危険人物であり、そして今日新たに盗聴という称号が与えられた。
「君はナンバーズを狙わないのかい?」
クリスの横を早々に通り過ぎようとするサイトウに、クリスは問いかける。
ナンバーズ。
学園における序列第十位から第一位までの実力者たちはそう呼ばれる。
寮における一人部屋や、闘技場の優先使用権、学園に個室を作る、一部授業の免除などあらゆる点で優遇される。
サイトウはめんどくさがりというのはクリスも既に気付いている。
だが、それならばサイトウはナンバーズの座を狙ってくるはずだ。サイトウにはそれが出来るだけの実力があるとクリスは思っていた。
――興味無い。
足を止めることなくサイトウはそう告げると、クリスから離れていった。
実はサイトウはナンバーズについて何も知らない。
勝手に学園生を統治する立場だとイメージしている。
村で村人の意見に挟まれ毎日大変そうにしていた村長を知っているサイトウは、集団を統治することはめんどくさいことだという印象が強い。
実際のところ、村長が大変そうにしていた理由の七割はサイトウ関連だったのだが、サイトウがそれを知るはずもない。
サイトウがナンバーズの特権を知れば、理事長のお願いを聞いてでも理事長にナンバーズにしろと言っていただろう。
だが、サイトウにとってナンバーズは、学園生を纏めるために頑張るいい子ちゃんたちというイメージだった。
結果的に、サイトウがナンバーズになろうとすることはなく、理事長のお願いを聞くことも無かった。
***
教室にサイトウが戻ると真っ先にアイベが近付いて来た。
慕っているサイトウが突如、学園トップであるクリスに連れていかれたのだから当然だろう。
「サイトウさん、学園トップに目を付けられているなんて流石っす!!」
目をキラキラと輝かせるアイベ。
自分が付いて行くと決めた男が現状、この学園で一番強いとされている人に話しかけられたのだ。
この場の誰よりもアイベは興奮していた。
しかし、喜んでいるのはアイベだけだ。
他のクラスメイトの多くはサイトウに疑惑の眼差しを向けている。
そんな中、アカネがサイトウの方にずんずんと歩いて来た。
「あんた、なんで昨日休んだのよ」
クリスにサイトウが呼び出された。それ自体はアカネとしても気になることだが、それ以上にアカネからすればサイトウが昨日の演習をサボったことの方が問題だった。
――面倒だったからだ。
「あっそ。自分が一番強いって言うくせに、逃げたってことね。とんだ腰抜けね」
――悪いな。俺は雑魚狩りは趣味じゃないんだ。
先日に続き堂々とアカネ、いやクラス全員を雑魚呼ばわりしたことに、アカネのみならずクラスメイトの全てが不快感を露わにする。
ある意味、理事長の誘いをサイトウが断ったのはよかったかもしれない。一年生としてもサイトウには守られたくないだろう。
「あんたねぇ……! いいわ、決闘よ。アタシが雑魚じゃないってことをその身に分からせてあげるわ」
決闘。
アカネの出したその二文字に暮らすがざわつく。
決闘とはこの学園に存在する特殊な制度だ。
勝者と敗者は事前に賭けるものを決める。勝者は賭けたものを得て、敗者は失う。
勝敗が決してからは何人たりとも決闘の結果を覆すことは出来ない。
つまり、その気になれば人命も人権も賭けることが可能なのだ。
「お待ちください。サイトウ君と最初に戦うのは私です」
ここで、アカネにステラが待ったをかける。
清楚ビッチ呼ばわりされたことを地味に根に持っているステラとしても、サイトウを直々に叩きのめしその口で清楚ビッチと言ったことを訂正させたかった。
「これはステラでも譲れないわ。アタシがあいつと最初に戦うの」
「いえ、私こそ譲れません。サイトウ君と戦うのは私です」
――やれやれ、二人の女子に初めてを狙われるとはな。モテる男は辛い。
ピキピキ。
ぼそっと呟いたサイトウの一言にアカネとステラのこめかみに青筋が浮かび上がる。
「誰が、あんたを好きですって……?」
「フフフ。随分とつまらない冗談を言いますね。私があなたの貞操を狙っている? どうやら、あなたはその粗末で醜悪な性器を握りつぶされたいらしいですね」
いかにも普通な反応のアカネとは打って変わって、やけに具体的かつ強い不快感を示すステラ。
その言葉にサイトウはやはり性知識豊富なビッチだったか、と呟いた。
「ええ、ええ。いいでしょう。サイトウ君もどうやら私と戦うことを望んでいるようですし、早速今日の放課後に決闘をしましょう。賭けるものはそうですね、あなたのその性器でいいでしょう」
――決闘してまで俺の子種が欲しいのか? お前みたいな清楚風な女は嫌いじゃないが、がっつく奴は苦手なんだ。悪いな。
ステラは激怒した。
「コロス――」
「ちょ、ちょっとステラ! それはダメだって!!」
その手に神器であるロッドを顕現させたステラを、さっきまでハラハラした様子でこちらを見ていたシルクが止めに行く。
「どいてください、シルクさん。人には退けない戦いがあるのです」
「気持ちは分からなくも無いけど、絶対にそれ今じゃないよ!!」
「放して下さい! あの男を殺せないではないですか!」
「殺しちゃダメだって!!」
聖女らしさの欠片も無い言動にサイトウはため息を漏らす。
つくづく、俺は運がない。十代のガキたちばかりとはいえ、もっと落ち着いた美人はいないものだろうか。
ステラの名誉のために断っておくが、ステラは歴代の聖女たちの中でもトップクラスに落ち着いており優秀だと言われている。
特に先代の聖女が傲慢かつ自由奔放だっただけに、今代のステラこそ真の聖女であると語る者は多い。
そんなステラを怒らせるサイトウの方に問題があるのだ。
「まあ、いいわ。ステラは置いといて、アタシとの決闘は受けてもらうわよ? 私に負けたら二度と私たちを雑魚呼ばわりしないと約束しなさい!」
ステラに変わり、アカネがサイトウにビシッと指を向ける。
――断る。
「なっ!?」
当然、面倒ごとの匂いを感じ取っているサイトウが頷くはずもなかった。
「やっぱり逃げるんじゃない!」
――好きに言え。
その言葉でアカネが納得するはずもない。
サイトウに更に詰め寄ろうとしたところで、アカネの前にアイベが立ちふさがった。
「……どいて。アタシはあんたの後ろにいる奴に用があんの」
「悪いが、どけねえな。いいか、サイトウさんはお前なんざ手を下す必要もないって言ってるんだ。サイトウさんと戦いたきゃ、せめて俺を超えるくらいの実力は示してもらわないとなぁ。ね、サイトウさん!」
――ん? ああ、それでいいや。
学園長の話にクリスとの会話、ステラとアカネの相手ともう疲れていたサイトウは、適当に返事を返し机の上に突っ伏す。
そして、眠り始めた。
「へぇ、ならあんたを倒せば後ろのサイトウとも戦えるってわけね」
「当然だ。俺はこう見えてもサイトウさんに直々に相手してもらったことがある。サイトウさんが直接手を下すに値すると認めた俺が、サイトウさんに相手にもされていないお前らに負けるはずがない!!」
その瞬間、クラスにいたアカネ、ステラだけでなくツキヒもアイベを見てどこか楽し気に口角を上げた。
「いいわ、ならまずあんたからやってあげる」
「待ってください、アカネさん。サイトウ君への挑戦権を最初に得るのは私です」
「待て、そこまでその男が強いというなら私も興味が湧いた。順番はどうでもいいが、是非手合わせ願いたい。勝てば、学園トップが目にかけているという男ともやれるというなら好都合だ」
名実ともにクラスのトップ3と言って差し支えないアカネ、ステラ、ツキヒの三人に勝負を申し込まれるアイベ。
しかし、アイベに一切臆する様子はなかった。
寧ろ、サイトウに自分の成長した姿を見せられると息巻いてすらいた。
「ああ、三人残らず返り討ちにしてやるよ!」
アイベがそう言ったところで、三人は順番は後日決めて連絡すると言ってそこでは引き下がった。
その間、サイトウはクリスのぺったんこに顔を押し付けられる夢を見て唸っていた。
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