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第六話 嫌だ

 サイトウが気持ちよく芝生で寝転がっていると、突然世界が反転し次の瞬間にはサイトウは無駄に豪華な部屋の中にいた。

 サイトウが顔を上げると、横にはクリスとエアの姿があり、更に部屋の奥には椅子に腰かけた白い髭が特徴の初老の男性がいた。


「クリス君、ご苦労様。後は彼と二人きりにしてもらえるかい?」

「はい」

「ありがとう」


 男性に一礼するとクリスとエアは部屋を後にする。

 残ったサイトウにも流石に目の前にいる男性が学園長であることは容易に想像がついた。


 ――俺になにか用か?


 敬語の”け”の字も知らないサイトウは勝手に椅子に座るや否や、堂々と学園長に問いかける。

 これには学園長も頬を引きつらせていた。


「その前に、自己紹介をしておこう。私は知っての通りこの学園の学園長であるオサームだ」


 ――サイトウだ。俺が一番強い。


 聞いても無いのに余計なことを加えるサイトウ。

 クラスでも名前より自分が強いことの方を優先していた当たり、どうもサイトウにとって一番強いということは重要らしい。


「ふふっ。ムラノの言う通り、君はかなりプライドが高いみたいだね」


 ――くそ爺の知り合いか?


 ムラノ。それはサイトウが育った村の村長の名前であった。


「ああ。ムラノとはこの学園で共に鎬を削ったよきライバルであり、数少ない同期の生き残りさ」


 ――あっそ。


 自分から聞いておきながら興味無さげにそう答えるサイトウ。

 同じ礼儀知らずだったアイベは既に丁寧語もマスターしているというのに、どこで差がついたのだろうか。


「さて、与太話はこれくらいにして、本題に入ろうか。昨日、私の下に一人の魔族が現れた。宣戦布告だ、彼はそう言っていた。実は、彼にはもう一人付き添いの魔族がいたらしいんだ。そして、その魔族のものと思われる魔力反応が昨日の昼過ぎに時計塔付近で確認された」


 そういえば自分も昼過ぎに時計塔にいたな、とサイトウは昨日のことを思い出し、ため息をついた。


 昨日のクレナイとかいう女は惜しかった。

 あれだけの胸を持っているのだから包容力があるのかと思いきや全くそんなことはなく、とんでもないヒステリック痴女だった。


 そんなことを考えていると、学園長が真剣な表情でサイトウの目を真っすぐ見つめてきた。


「サイトウ君、君が昨日の昼過ぎの授業をサボり時計塔付近にいたことは既にクリス君から聞いている。その上で問いかけよう。昨日、君は魔族と接触したね?」


 ――魔族とはなんだ?


「君は魔族を知らないのかい?」


 これには学園長も驚きを隠せずにいた。


 本来その情報は魔界に隣接する辺境出身のサイトウこそ知っていなければならないものだからだ。

 しかし、サイトウは所詮クソガキ。

 村長から必要最低限な知識は授けられたものの、勉強嫌いなサイトウがそんなことを覚えているはずもない。


 ――知らん。


「そうか。なるほど、あのムラノが苦労するわけだ」


 額に手をつく友人の姿が目に浮かび、学園長は苦笑いをこぼす。

 だが、直ぐに切り替えてサイトウに魔族についての説明を始めた。


「魔族とは魔界で暮らす人と似た姿の種族のことさ。特徴としては褐色の肌と、人にはない部位が存在することだね。羽や角なんかは魔族の代表的な特徴と言っていいね」


 ――なるほど。つまり、昨日出会った痴女は魔族だったのか。


「昨日出会った? なら、やはり君は魔族と遭遇していたんだね」


 学園長の予想通りサイトウは魔族と出会っている。

 なんなら、交戦もしている。


 本来、魔族と戦ったことをサイトウは報告すべきである。

 しかし、自らの疑問が晴れたサイトウはスッキリした表情で学園長の部屋を出ようとしていた。


「ちょっと待ってくれ! まだ話は終わっていないんだ」


 ――俺は終わった。


 自分の話したいことだけ話して、人の話を聞かない。

 

 学園長のオサームもムラノから話は聞いていたが、まさかここまで人として酷いとは思っていなかった。


「なら、私の話を聞いてくれたら君の望む布団を用意しよう」


 そこで、オサームが取った一手はサイトウを物でつることだった。

 サイトウは睡眠と食事、そして性欲と人間の三大欲求の質を高めることには貪欲である。

 その情報をオサームは予めムラノから聞いていた。


 ――話を聞こう。


 オサームの狙い通り、見事なまでの手のひら返しを見せ、サイトウは椅子に座った。

 その様子にオサームも安堵の表情を浮かべる。


「ふう。なら、話を進めよう。君は魔族と遭遇したと言っていたけれど、それは時計塔ででかい?」


 ――ああ。早く布団をくれ。


「布団は職人を呼んで作らせる。今は私の質問に答えてもらうよ」


 ――チッ。ちなみに、当然費用はそっち持ちなんだろうな?


「……ああ」


 ――ならいい。


 元から費用は自分がもつつもりだったが、サイトウの態度にオサームも眉をひそめる。

 オサームは自分のことをかなり寛容だと思っていたが、本当にムカつく人間はこの世に存在するのだと久しぶりに実感した。


「話を戻そう。君が遭遇した魔族はどんな姿をしていた?」


 ――山だった。


「山……? 山のように大きな存在だったということかい?」


 ――そうだな。あと、パンパンだったな。


「パンパン……」


 ――そして、露出が多かった。


「露出……」


 オサームの頭の中に魔族の姿が思い浮かぶ。

 それは筋骨隆々で上半身裸の大男だった。


「それは中々に厄介そうな相手だね」


 ――ああ、めちゃくちゃめんどくさい奴だった。


 めんどくさい奴。

 辟易として様子でそう語るサイトウにオサームは次の疑問をぶつける。


「君は、その魔族と交戦したのかい?」


 これこそがオサームが最も聞きたかったことである。

 昨日、オサーム他、学園及び聖都にいた実力者が感知した魔力反応は相当に大きなものだった。

 更に、昨日の昼過ぎに時計塔に向けて突っ込む火の鳥のようなものを見たという目撃情報もある。


 しかも、その火の鳥は時計塔にぶつかる直前で弾け飛んだらしい。


 今のところ、昨日の昼過ぎに時計塔にいた人物はサイトウだけである。

 つまり、サイトウには魔族の攻撃を防いだ可能性がある。

 オサームはそう考えていた。


 ――ああ。


 そして、サイトウは隠すことなく正直にそう答えた。


 金持ちだろうと予想できる学園長が最高級の布団を用意すると言っているのだ。正直にもなる。


「そうか。にわかには信じがたいが、クリス君も君なら出来る可能性があると言っていたし、ムラノも君の実力だけは本物だと言っていた。きっと、そうなんだろうね」


 ちなみに、ムラノはオサームに実力以外はカスと伝えていた。


 何はともあれ、オサームにとって今年入学したばかりの一年生に魔族すら退ける力がある者がいるということは朗報でしかない。

 姿勢を正し、オサームは改めてサイトウに向き合う。


「サイトウ君、君の実力を見込んでお願いがある」


 ――嫌だ。


「今度の遠足――え?」


 ――嫌だ。


 お願いの内容を聞く前から断って来たサイトウにオサームは目を点にする。


 ――どうせ面倒なお願いなんだろう。俺は面倒なことが嫌いなんだ。


 この時、オサームの頭をムラノとの会話が駆け巡る。


『オサーム、サイトウはクソガキじゃ。人の心は持ち合わせているが、人の事情を考える心は持ち合わせておらん。自分がやりたくないことはやらないし、やりたいことは何が何でもやる。あいつを誰かのために戦う心優しき者だとは間違っても思わん方がいいぞ』


 正しくその通りだ。

 オサームはそう思った。しかし、この言葉には続きがあった。


『じゃが、サイトウはある程度の面倒を回避できる時、あるいは面倒でもやる価値があると認めた時は動く。それを覚えておけば多少はサイトウの行動も操れるじゃろう』


 現にサイトウは布団を用意するというそれだけで、オサームの話を聞いた。

 これはサイトウにとって布団を得る利益が、話を聞く面倒を上回ったからに他ならない。


 つまり、サイトウを動かしたいならそれ相応の対価を用意すればいいのである。


「サイトウ君、実は近々行われる実地演習において私は魔族による襲撃が行われると予想している」


 ――おい、嫌だって言っただろ。


「分かっている。だが、君は私の話を聞くとも約束したはずだ。聞きたくないなら出て行ってもらって結構。ただ、その時には布団の話は無かったことにさせてもらうよ」


 ――くそが。


 嫌々ながらも椅子の背もたれに身体を預けるサイトウを見て、第一関門は突破したとオサームはため息を漏らす。


「さて、さっきも言った実地演習だが、例年一年生、二年生、三年生はそれぞれウエスタン地方、サザン地方、ノーザン地方で行われる。聖都と現地の騎士団もついているし、事前に協力な魔物を間引いていることもあり、これまで大きな被害は出ていない。だが、もし仮に複数の魔族が襲い掛かって来ればいくら騎士団がついているとはいえ死者が出る可能性は大幅に高まるだろう」


 ――やめればいいじゃねえか。


「そういう訳にもいかない。実戦を超える経験は無い。それは他ならぬ君も理解していることじゃないかい?」


 ――雑魚のことは知らねえよ。


「……話を戻すけど、二年生と三年生はまだいい。彼らの中にはナンバーズと呼ばれる今すぐにでも実戦で通用する実力者たちがいるからね。しかし、一年生はそうもいかない。特に経験の浅い最初の実地演習では毎年少なくない怪我人が出ている。そこで魔族に襲われたらひとたまりもないだろう。最悪、パニックを起こして一年生だけでなく騎士団のメンバーまでもが巻き添えを食らうかもしれない。だからこそ、既に魔族と戦える実力を持った君に魔族と出会った時の足止めをお願いしたいんだ」


 事情を全て聞いたうえで、サイトウの解答をオサームは改めて待つ。


 この時、オサームにはまだ僅かながら希望があった。

 サイトウは齢12から一人で辺境の故郷を守り抜いて来た。本当にただのクズがそれを成し遂げられるだろうか。

 実は、サイトウの中にも故郷を思う心や人のために戦う強さがあるのではないか、と。


 ――めんどい。


 だが、サイトウはやはりサイトウだった。

 しかし、サイトウのその言葉を聞いたオサームはほくそ笑む。


 何故なら、サイトウの言葉が「嫌だ」から「めんどい」に変わったからである。

 これはつまり、サイトウに魔族と戦う以上の面倒、あるいは、そのめんどくささを超えるメリットを掲示出来れば、サイトウが動くという証なのだ。


「もしも、このお願いを聞いてくれるなら私に出来る限りの協力を一度だけ無償で君にすると約束しよう」


 学園長の協力。

 それは問題児とも言えるサイトウにとって大きな役に立つ。


 そう考え、オサームは対価を掲示した。

 しかし、その対価はサイトウにとっては余り価値が無かったらしい。


 ――別にいらない。話は終わりだな。あばよ。布団はふかふかの羽毛で頼む。部屋に運んどいてくれ。


 そう言うと、サイトウはオサームの返事を待つことなく部屋を出て行った。


 残されたオサームは交渉に失敗したことに深くため息をついた。

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