第二話 そのぺったんこには後輩の無礼を許す度量すら詰まっていないみたいだな
布に包まれたはずのサイトウとクリスがいる空間には青空と青々とした芝生が果てしなく広がっていた。
「ふふふ、これでもう君は逃げられない」
拉致監禁か。
ヤンデレ要素まであったのか、面倒な女だ。
二人だけの空間で不気味に笑うクリスを見てサイトウはそう思った。
「さっきの女の子はエア。序列は第八位だが、彼女の”神器”の力は序列以上の価値を持っている」
聞いても無いのにペラペラしゃべり出すクリスを横目に、サイトウはとりあえず寝転がることにした。
すると、芝生が優しく背中を包み込む。
これは最高の昼寝スポットだ。
よし、このまま寝よう。
早速瞳を閉じるサイトウだったが、その身に向けられた殺気に身体を起こす。
「君は、本当に人の神経を逆なでするのが得意みたいだね。分かったよ、君に言葉はいらないみたいだ」
次の瞬間、サイトウが寝転がっていた場所を斬撃が駆ける。
持ち前の危機察知能力を発揮し、躱したサイトウだったがその表情には苛立ちが見えていた。
――俺の昼寝を邪魔するとはいい度胸だ。
「おっと、怒らせたかい? でも、先に挑発してきたのは君の方だろう?」
――ぺったんこが。そのぺったんこには後輩の無礼を許す度量すら詰まってないみたいだな。
クリスは激怒した。
「二度とその口、ぺったんこと言えないようにしてあげるよ」
神器――太古の時代、神は世界を自然界と魔界に分けた。
魔界で生きる生物には魔力と呼ばれる特殊な力を、そして自然界には知恵と武器を授けた。
その武器こそが神器と呼ばれるものだ。
選ばれた者しかその力を解放することが出来ず、その力は魔界の生物すら打ち倒すと言われている。
その神器をクリスは解放した。
その瞬間、クリスの手にしていた剣が漆黒に染まっていく。
神器――ゼツ。
その剣に斬れぬものは無い。
――めんどくせぇ。
クリスの神器を目の当たりにし、サイトウは頭をかいた。
そして、サイトウは無造作にポケットに手を突っ込み包帯のような薄汚れた布を取り出す。
そして、その布を自らの拳と足にきつく巻き付ける。
「噂には聞いていたけど、それが君の神器か。名前も無い、辺境に落ちていた一見ただの布。それで私に勝てるとでも?」
――来るならさっさと来やがれ、ぺったんこ。
「ああ、そうだね。今すぐに格の違いを教えてあげるよ!!」
クリスが芝生を力強く踏み抜き、サイトウに肉薄する。
それをサイトウは右肩を回しながら待ち構える。
その余りに見え見えのカウンター狙いに、僅かにクリスは困惑した。
しかし、流石は学園トップ。
カウンターで来るなら、それすら見越して一撃を叩きこむ。
直ぐに思考を切りかえた。
ただ、それと同時にクリスの中で疑問が生まれる。
サイトウはあれだけ自信満々だった。
そんな相手が本当に見え見えのカウンターを狙うのか?
カウンターはブラフで真の狙いは別にあるのでは?
いや、こうしてクリスの思考を惑わせることこそが狙いかもしれない。
結局、ここで考えたところで答えは出ない。
クリスは学園トップだ。ならば、格上として力で全てをねじ伏せればいい。
頭の中をクリアにし、クリスはゼツをサイトウに向けて振り抜く。
それに対し、サイトウは思いっきり右拳でクリスの神器――ゼツの刀身をぶん殴った。
火花が散り、ゼツの刀身が弾かれる。
それはクリスが力負けしたことを証明していた。
まずい、次の攻撃が来る!!
クリスが身構え、サイトウの次の動きに注視する……が、当の本人はゼツをぶん殴った右手を抑えてうずくまっていた。
――いってぇ……。くそが、割に合わねえ……。やめだ、やめ。
「は……?」
たった一撃。
それしか拳と剣を交わしていないというのに、サイトウは早くも芝生に寝転がり戦わないと意思表示をして見せる。
それがクリスにはバカにしているようにしか見えなかった。
「ふざけるな……! まだ勝負は終わってないよ!」
ゼツを構え、戦えと叫ぶクリス。
そんなクリスにサイトウは投げやりに言葉を返す。
――ちっ。分かったよ。明日から学園に行く。それでいいんだろ、それで。はあ、面倒な女に捕まった。最悪だ。
ぶつくさと文句を言いながら、目を閉じていびきをかき始めるサイトウ。
クリスの当初の目的は見事果たされた。
学園の先生の言うことは勿論、クラスメイトの言うことに耳を傾けることもなかったサイトウを授業に出ると言わせたのだ。
流石は学園トップ! 序列第一位!
しかし、クリスの表情は曇ったままだった。
クリスから終わったと合図を貰い、神器を解除したエアを待っていたのはやけに渋い表情のクリスだった。
「クリス、終わったの?」
「……うん」
「浮かない表情だけど、説得は失敗?」
「いや、それは上手くいったよ。うん、うまく行ったんだけど……ね」
うまく行ったならもっと嬉しそうな顔をするべきではないのか。そう思ったエアだが、クリスの余りに浮かない表情からある可能性に思い至った。
「もしかして、クリスが負けた?」
おそるおそるエアはクリスに問いかける。
クリスは学園トップだ。
胸に関してのみ器量が狭いところはあるが、それ以外において彼女以上の人格者はこの学園にはいない。
そんな彼女が学園トップだからこそ、この学園の秩序は保たれていると言っていい。
少なくともロリ巨乳のエアにとって、序列第二位のおっぱい星人と序列第五位の全世界の母が学園トップに君臨するより五百億倍マシだった。
とにかく、学園トップのクリスの地位が脅かされることはエアにとっても忌避すべき事態なのだ。
「負けた、か。いや、負けてはいないよ」
負けてはいない。
そのことに安心すると共に、引き分けの可能性があるのかとエアは戦慄する。
クリスとサイトウの会話を少ししか聞いてないエアでも分かる。
サイトウはクソガキだ。
学園トップと並ぶクソガキなんて最悪としか言えない。
「じゃあ、引き分け……?」
「引き分け、か。いや、引き分けとも言い切れないだろうね。正しく言うならば、私は戦わせて貰えなかった」
どういうことだろうか、とエアは訝しんだ。
そんなエアの疑問に応えるべくクリスはエアの神器の中で起きたことを簡単に説明した。
「――というわけで、彼は途中で勝負を放棄。彼の底を見ることも出来なかったよ。ただ、彼は強い。それだけは断言できる」
いや、それ試合放棄でクソガキの負けじゃん。
口にはしなかったが、エアはそう思った。
少なくとも、何故か心底悔しそうなクリスにその言葉は言えなかったのである。
「私も全てを見せたわけじゃないけど、それでも解放したゼツを用いての一撃を弾き返して見せた。あの力は紛れもない本物だよ」
いや、そのあと試合放棄したなら、実力差を悟ったんじゃないの?
「痛い、と弱音を吐いていたが大したダメージは無かったように見えた。その後、昼寝していたのも余裕の表れだろう」
いや、思ったよりダメージを受けたから早々に諦めて回復に努めたのでは?
「戦闘中の駆け引きも見事だった。一見、隙だらけのカウンター狙いと見せかけて、私を困惑してきた。今思えばあれも私の初撃に迷いを生み出すための策略だったんだろう」
ぜっっったいに考えすぎ。
だって、あのクソガキだよ?
「彼はいずれ必ず私の座を脅かす存在になる。次は必ず彼の本気を引き出して、その上で私が勝ってみせるよ」
そう語るクリスの表情はどこか晴れやかで、王者というよりはまるで挑戦者のようだった。
いや、勝ったのクリスだよね?
え、なんで?
いくらなんでもクリスの過大評価ではないか。
エアは心からそう叫びたかったが、今の生き生きした表情のクリスを見てその言葉をグッと押し殺した。
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