第十話 「嫌だ」
「嫌だ」
エースの言葉に真っ先に返事をしたのはアイベだった。
堂々と、一切の迷いなく答える姿にツバキは「理由くらい聞いてもいいだろうに」と思いつつアイベらしいと笑みを浮かべた。
「自分もお断り、と言いたいところっスけど、あのエースさんがサイトウくんをそこまで警戒する理由は気になるっスね」
「そうかな? 平気で暴言を吐いたり、授業をサボったりする人に関わらない方がいいよって言うのは普通じゃない?」
「初対面の自分らとエースさんの関係を考えると普通とは言い切れないっスね」
確かに、エースとツバキたちが親しい仲だったら普通かもしれない。
だが、エースとツバキたちが会話をしたのは今日が初めてだ。それだけで、ツバキたちを心配して人間関係に言及するとは思えない。
つまり、エースはサイトウに対してなんらかの私怨があるのではないかとツバキは考えていた。
「これでも自分らは、特にアイベくんはサイトウくんを信用しているっス。確かに彼はクズっスけど、少なくとも自分たちの危機を救ってくれた人っス。その人と関わるなと言うならそれ相応の理由を掲示してくれないと、納得は出来ないっスね」
エースの透き通るような蒼い瞳を正面から見据えるツバキ。
ツバキも、そしてアイベもサイトウに関して退く気は一切なかった。
「そっか」
二人の表情から覚悟を感じ取ったエースはポツリと呟くと、一度瞳を閉じてから蒼く輝く目で二人を見据える。
「私はね、傷つく人を減らしたいの」
それからエースはゆっくりと語り始めた。
エースの出身地は魔族と人間の戦争の最前線であったこと。
家族もその地に住んでいた人も自分たちの意思に関係なく、戦争に協力することを要求され傷ついてきたこと。
戦争から逃れようとしたものは逆賊とみなされ、殺されかけたこと。
だからこそ、エースは争いを嫌う。
エースはこの学園でトップに立ち、そして聖騎士団のトップへと上り詰めるつもりだ。
そして、魔族との和平交渉をする。
力とは誰かを傷つけるためにあるのではなく、大切なものを守るためにある。
それがエースの考えだった。
(うーん。それだけだとサイトウくんを警戒するには若干理由が弱い気がするっスね)
確かに、エースの考えでいけば容赦ない暴言を日頃から吐き、人を傷つけるサイトウをエースが嫌っていることも納得できる。
ただ、それだけならサイトウが嫌いで終わる話だ。
わざわざツバキとアイベにサイトウから離れろと忠告する理由にはならない。
「それだけっスか?」
だからこそ、ツバキは問いかけた。
そして、その問いかけにエースもまたここからが本番だと言わんばかりに重々しい口調で答える。
「二人はサイトウの野望を知っている?」
「「野望?」」
これにはツバキのみならずアイベも首を傾げた。
思えば、二人ともサイトウとはクラス内では比較的喋る方だがプライベートな話はあまりしていない。
「その様子だと知らないみたいだね。私は一度だけ学園の理事長から聞いたことがあるの」
予想外の大物の名前が出たことにツバキは目を丸くした。
エースが理事長と会話していたことにも驚きだが、何よりサイトウの野望を理事長が知っていることが一番の驚きだ。
「そ、それでサイトウさんの野望ってなんだよ?」
早く知りたいと言わんばかりの表情のアイベに、エースは静かにされどはっきりと告げる。
「魔王を倒し、世界の頂点に立つ。それが彼の野望だって」
それは余りに身の程知らずで愚かな野望だった。
***
「う、うおおお!! すげえええ!! 流石サイトウさん、スケールが違うぜ!」
エースの重苦しい雰囲気など露知らず、サイトウの大きな野望を知ったアイベはキャッキャと子供の様に手を叩いて喜んでいた。
これにはツバキも苦笑い、エースに至ってはポカンと口を開けていた。
「ま、魔王を倒すって言ってるんだよ!? それはつまり新たな魔王になるって言ってるようなものじゃないか!」
「え、そうなのか?」
「基本的に魔界では一番強い存在が魔王と呼ばれるっス。つまり、サイトウくんが現時点で魔界最強の魔王を倒せば魔王になる可能性は0ではないっスね」
何も知らないアイベにツバキはため息を漏らしつつ、アイベにも分かるように説明する。
ツバキの言う通り、サイトウが魔王を倒せば魔王になる。
それの意味するところとはつまり人類に敵対するということでもある。
「それだけじゃない。サイトウは世界の頂点に立つと言っているの。私は、サイトウの目的は魔王となって自然界を征服することじゃないかって思っているの。そうなれば、これまでとは比にならない量の血が流れる。それは、絶対に阻止しなきゃいけない。だから、二人にはサイトウから離れて欲しいの」
エースの憶測に、ツバキもアイベも言葉を失った。
それくらい、エースの話は壮大で受け入れがたいものだった。
「それは、考えすぎじゃないっスか? もしかしたら、魔王を倒して戦争を終わらせることがサイトウくんの目的かもしれないっスよ」
「なら、どうして世界の頂点に立つなんて言う必要があるの? 魔王を倒して、戦争を終わらせるでいいんじゃないかな?」
「そ、それは……」
なんとか言葉を絞り出したツバキにエースは冷静に反論する。
そして、その意見に対する反論をツバキは持ち合わせていなかった。
「これで分かったよね? サイトウと関わらないことがきっと二人のためにもなる。お願い」
深く頭を下げるエース。
その姿にツバキは最早なにも言葉を言えず、アイベの方に視線を向ける。
アイベは何を思うのだろうか。
自分が憧れ背中を追いかけている人がいずれ世界を征服しようとしているなどと聞かされて、冷静でいられるのだろうか。
だが、そんなツバキの心配は杞憂だった。
「悪いが、それでも俺はサイトウさんに付いて行く」
一貫して、アイベはサイトウの背中を追いかけると決めていた。
これに動揺したのはエースの方だった。
「な、なんで……?」
「サイトウさんの野望は俺には関係ない。俺はあの人の強さに、あり方に憧れた。そして、俺はサイトウさんに並ぶ男になると誓った」
「で、でも、いつかサイトウは私たちの命を狙うかもしれないんだよ?」
そう。サイトウが魔王となり世界の頂点を狙う以上、それはあり得る未来だ。
それでも、アイベの意思は変わらない。
「その時は、俺がサイトウさんを止める」
それがアイベの覚悟だった。
サイトウに憧れるだけの男はもういない。
実地演習で己の弱さを知り、目指す場所の遠さを知り、それでも尚アイベは手を伸ばすと決めた。
いつか、憧れたその背中の横に立ち、同じ目線から語り合えるように。
アイベのその姿を目にしたツバキはフッと笑みを浮かべる。
(本当、かっこいいっスね。少しでも心配した自分がバカらしいっス。アイベくんは折れない。そんな彼ならきっと……)
いつか来るかもしれない未来。
もしサイトウが敵に回れば、アイベにとってもツバキにとっても強大な相手になるだろう。
それでも、ツバキはアイベがいる限り大丈夫だと思えた。
「魚、美味かった。ありがとうな。ツバキ、いこう」
「そうっスね」
気付けば洞窟の外の雨はやんでいた。
エースに感謝の言葉を告げ、一礼するとアイベは日差しが差し込む洞窟の外へ向かう。
その背中をツバキも追いかけようとする。
「待って」
だが、二人をエースは止めた。
「話し合いで分かってもらえたならここは見逃そうと思ってたけど、君たちの考えが変わらないなら、君たちだけは序列第十位にさせるわけにはいかない」
呼び止められたことで、足を止め振り返るアイベとツバキ。
その二人の視線の先には自らの背丈を上回る大きさの鎌を影の中から取り出し構えるエースの姿があった。
「神器解放・デスサイス」
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