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第九話 「サイトウとは関わらないで欲しいな」

 サイトウが序列第十位争奪戦に脱落した頃、サイトウのクラスメイトであり聖女のステラは森の中を一人で駆けていた。


「はぁ、はぁ……最悪、ですね」


 森の中を走り抜けたステラの目前には崖があった。

 これ以上は逃げられない。

 それはつまり、自分を狙って追いかけてくる敵と戦わなくてはならないということを示していた。


「ウフフ、追いかけっこはオシマイみたいねぇ」


 背後からの声にステラが振り返る。

 ステラの視線の先にいたのはヴィーナという名前の学園の二年生だった。

 バイオレットカラーの長い髪を耳にかけるヴィーナの背後には虚ろな目の男子生徒たちが何人もいる。

 その中にはステラと途中まで同行していたクラスメイトもいた。


「聖女と呼ばれるだけはあって、男子に人気があったみたいだけど、アタシの美しさには敵わなかったみたいね」

「言ってくれますね……ッ!」


 別にステラは男子の人気など気にしていない。

 ただ、聖女という肩書きは特殊なものだ。

 その肩書きに魅力を見出し、ステラに早期から声をかける男女は多かっただけである。


 それでも、入学時から自分についてきてくれていた人たちだ。

 その人物を操られて余裕を保てるほど、ステラは大人ではなかった。


(冷静さを欠いてはいけません。彼女の神器は間違いなく手に持っている小瓶。あの小瓶の蓋を開けた途端、甘い香りがしたかと思えば直後には周囲の男子たちが彼女に従っていた……。ほぼ間違いなく魅了系の力、厄介ですね……神器さえ解放出来ていれば……)


 聖女の証である神器の聖杖をステラは握る。

 だが、無機質な聖杖は彼女の思いには応えない。


 動かないステラを見て、ヴィーナは戦闘前に予感したことが当たっていることを知り、笑みを深める。


「やっぱり、あなたその神器の力を使いこなせていないみたいね」

「それは、どうでしょうね。隠しているだけかもしれませんよ?」

「嘘ね。だって、聖女の力があるなら私の能力なんて簡単に無効化出来るもの。それをしないってことは、聖女の力を使えないってことでしょう?」


 ヴィーナの言う通り、聖女が代々受け継ぐとされる神器の聖杖はあらゆるものをあるべき姿に戻す力を持つと言われている。

 その力で魔力に汚染された人間や負傷した人間を治癒したり、正気を失った人間を正気に取り戻すことが出来る。

 

 ヴィーナの持つ神器はステラの予想通り魅了系の力である。

 神器の小瓶の中に入っている香水の香りを嗅いだものが使用者に魅力を感じた瞬間に支配するという、強力な力だ。


 だが、支配したところで聖女の神器の力で正気に戻されれば意味がない。

 ヴィーナからすれば聖女であるステラと偶然遭遇したことは運が悪かった。


(まあ、ダメ元で挑んでみれば、相手は神器を満足に使えなかったみたいだからラッキーだったわね)


 結果的に、ステラの周囲にいた男子生徒を操りステラを数の差で追い詰めることに成功した。

 ヴィーナの懸念が唯一あるとすれば、ステラがまだ諦めていないことだった。


「……そうですね。あなたの言う通り、私はこの聖杖の力を満足に使えません」


 厳密に言えば全く使えないわけではない。

 ステラでも時間をかければヴィーナに操られている男子の正気を取り戻すことは可能だ。

 だが、戦闘中にそんな時間はない。


「ですが、まだ私は負けていません」


 覚悟を決めたステラが地面を蹴り出す。

 周りを操る力を持っているということから、ステラはヴィーナ自身の戦闘力は低いと考えていた。

 

 だからこそ狙うは、早期決着だ。

 そして、それはヴィーナが会話するために前に出て来た今が絶好の機会だった。


 ステラの行動に不意をつかれた、ヴィーナだったが彼女は冷静だった。

 冷静にステラが繰り出してきた杖を躱し、そのままステラの無防備な横腹に回し蹴り食らわせた。


「かはっ……!?」

「さあ、あの子を捕まえなさい」


 ヴィーナの指示に従い、地面を転がるステラに男子たちが群がる。

 ステラが起き上がろうとする頃には既に彼女の四肢は男子たちに取り押さえられていた。


「くっ……」

「よくいるのよねぇ」


 自らの失態を悟ったステラの下にヴィーナが歩み寄る。

 その表情には勝者故の余裕があった。


「私の能力を知った途端に私の実力を侮る人。まあ、間違ってないわ。戦闘系の神器持ちには逆立ちしたって勝てないもの。でも、私の神器の力が効かない魔物だっているわ。これでも学園で一年生き残って来たし、そういう魔物とも戦ってきたの。戦闘系の神器持ちじゃない一年生の小娘に負けるほど弱くないのよ」


 ステラの敗因はただ一つ、単純に相手が自分より格上だと見抜けなかったことにある。


「そのまま、気絶させなさい」


 ヴィーナの指示で男子の一人がステラの首を絞め、頸動脈を圧迫する。


「あ……ぐっ……」


(また、負ける……。私は、早く強くならなくてはいけないのに……どうして、どうしてこんなにも遠いのですか……。置いていか……ない……で……)


 遥か遠く脳裏に浮かぶ一つの影に手を伸ばしながら、そのままステラは気を失った。



***



 更に時は進み、序列第十位争奪戦もいよいよ佳境を迎えていた。

 残っている有力なグループは四つ。その内三つの中心が一年生という結果にはナンバーズの面々も驚いていた。


 一つ目はアイベとツバキの二人組だ。

 ツバキと共に行動し、ツバキの冷静な判断力を活かしながらここまで残っている。

 火力こそアイベが上であり、アイベに注目が集まっているが、ナンバーズの面々はツバキを高く評価していた。


 二つ目はステラを倒したヴィーナのグループである。

 大量の男子を抱え、残っている四つの内では最大派閥である。


 三つめはシルク、アカネ、ツキヒの三人組だ。

 元々はシルクとアカネの二人組だったが、単独で上級生に戦いを挑み囲まれていたツキヒに助太刀する形で二人から三人となった。

 先日の実地演習で協力していたこともあり、見事な連携と元々の実力の高さで快進撃を続けている。


 そして、四つ目はエースと呼ばれる一年生の成績学年一位の女子ただ一人のグループだった。


 そして、その学年一位の女子とアイベは相対していた。

 なんならツバキも含め、三人で食事をしていた。


「う、うめえ!! 魚、うめえええ!!」

「ご馳走になるっス。でも、よかったんスか? 自分たちとエースさんは敵同士っスよ」


 声をかけたのはエースの方だった。

 川近くの洞窟で捕った魚を食べようとした時に、アイベとツバキを見つけた彼女は二人に一緒に食べようと声をかけたのだ。


 最初こそ罠を警戒していたツバキだったが、『魚だ! ツバキ折角だし貰おうぜ!』と一つも疑う素振りを見せないアイベに押され食事を一緒にすることにした。


「いいのいいの。どうせ一人じゃ食べきれなかったから寧ろ丁度よかったよ! それに、一人だと寂しいしね」


 エースが微笑むと同時に、彼女の白髪が僅かに揺れる。

 片目こそ前髪で隠れているものの、その笑みに含みは一切なく、心からの発言であろうことはツバキにも予想出来た。

 

(一人というところに違和感はあるっスけど、噂通りなら悪い人ではないだろうし、警戒しすぎたかもしれないっスね)


 エースは人格者ということで有名だ。

 白髪に蒼い瞳、常に柔らかな笑顔を浮かべておりどんな人にも優しい。

 その優れた容姿と人格で彼女のことを嫌っている人は誰もいないという。


 学年一位の名の通り実力も群を抜いているが、それを誇示するようなこともなく、謙虚でいる。


 その姿がサイトウとは正反対なこともあるのだろうが、一部の生徒たちは『女神のエース、魔王のサイトウ』と言ってよく対比しているらしい。


「ぷはー! 食った食った。えっと、エースだっけ? お前、いいやつだな!」

「ありがとう。アイベくんもいい食べっぷりだね。美味しそうに食べてくれるから私も嬉しいな」

「お? そうか? なんならもっと食うぞ! 俺の胃袋はサイトウさんも認める大きさだからな!!」

「サイトウ……。そっか、ならもう一匹食べる?」

「おお! ありがとな!!」


 何気なくアイベが出したサイトウという名前にエースの笑顔が僅かに曇る。

 それは一瞬のことでアイベは気付いていなかったが、ツバキは見逃さなかった。


(サイトウくんとなにかあるんスかね。……もしそうなら、サイトウくんと関係の深い自分たちに接触してきたことにも納得がいくっスけど)


「ツバキちゃんも遠慮なく食べてね」

「っス」


 エースに声をかけられたところでツバキは思考を中断し、再び魚にかぶりつく。

 ただ、その間もエースのことを観察し続けていた。


 僅かな違和感。

 ほんの少しだが、違和感を感じる。


 エースがいい人であることは間違いないのだろう。

 ただ、なら何故一人なのか。

 サイトウと何かただならぬ関係があるのか。

 そもそも、本当に自分たちを食事に誘ったことに理由は無いのか。


 ツバキがそんなことを考えていると、洞窟の外から雨音がし始めた。

 

「異空間って聞いてたっスけど、雨も降るんすね」

「そうみたいだね。うーん、とりあえず雨の中出歩いて風邪ひくのも良くないし、雨宿りしていく?」

「お、そいつはいいな! そうしようぜ、ツバキ!」

「まあ、そうっスね。エースさんがいいなら、お願いしたいっス」


 一瞬だけ、考えるツバキだったがどう考えても雨宿りした方がいいと考え、エースの誘いにのることに決めた。


「うん、勿論だよ」


 エースも了承し、連戦に次ぐ連戦の中で僅かな平穏が洞窟の中に訪れる。

 学園生活のことや出身地のことなど他愛のない会話をしながら時間を潰している間に、思い切ってツバキはエースに気になっていたことを問いかけることにした。


「エースさんはどうして一人なんスか?」

「一人だとおかしいかな?」

「おかしいっスね。エースさんほど人徳のある人なら協力しようとした人は山ほどいたはずっス。それに、別のクラスの自分たちを食事に誘うところを見ても、決してエースさんは一人でいることを好んでいるわけでもないみたいっスよね」


「なに言ってんだツバキ。人間たまには一人になりたい時だってあるだろ。俺だって、四六時中サイトウさんと一緒ってわけじゃないしな」


 そう言うとアイベは炙った魚の骨をバリボリとかみ砕く。

 アイベにとっては大したことがないようだが、生まれた家が隠密行動を得意とする家系だったツバキはどうしても裏を考えてしまう癖があった。


「それならそれでいいっス。ただ、自分は気になっただけっスよ。エースさんは自ら単独行動をしていたのか、それとも単独行動をとらざるを得なくなってしまったのか」


 その二つは似ているようで大きな違いがある。

 前者ならば、何故アイベとツバキに声をかけたのかという疑問に発展するし、後者ならば単独行動をとらざるを得ない理由はなにかという疑問に発展する。


 ツバキの質問はかなりエースの内情に踏み込むものだったのだろう。

 エースも困ったような笑みを浮かべていたが、観念したように「ふぅ」と息を吐いた。


「ツバキちゃんは冷静だね。うん、分かったよ。本当はもう少し仲良くなって、信用してもらってから話すつもりだったんだけどね」


 そう呟くと、エースは表情を引き締め真剣な表情でアイベとツバキの二人の表情を見つめた。


「アイベくん、ツバキちゃん。私が二人に声をかけたのは、君たちがサイトウと親しくしているからだよ」

「サイトウさんと? もしかして、エースもサイトウさんの弟子になりたいのか!? そいつはいいな! 俺からもサイトウさんに頼んでやるぜ!!」

 

 アイベが嬉々として提案するが、その提案にエースは静かに首を振る。


「違うよ。私が言いたいことは、サイトウとは関わらない方がいいってこと」

「……は?」


 目を点にするアイベ。

 そして、やはりサイトウと何らかの因縁があるのかと納得するツバキ。

 そんな二人にエースははっきりと告げる。


「悪いことは言わないから、もうサイトウとは関わらないで欲しいな」

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