第七話 おっぱいは……ッ! 素晴らしい!!
アイベが上級生を倒すという偉業を成し遂げていること、サイトウは序列第二位のチチブから貧乳について熱く語られていた。
「ほら、サイトウくん。触ると分かるだろう? 貧乳といえどそこには確かに柔らかさが存在している。この柔らかさに意図せずして気付いた時、貧乳の少女に少年は相手が異性であることを嫌でも意識してしまうのさ。そして、その気付きが初恋の芽生えとなる! この世に生まれた瞬間から巨乳の人は存在しない。貧乳とはいわば、誰もが最初に通る通過点。長い長いおっぱい道の始まりの一歩と言ってもいいくらいのものなのさ! 果たして、その貧乳をバカにすることが出来るだろうか? いや、出来ないね!!」
――なげえ。
「おや?」
長々と貧乳について語っていたチチブだが、どこからともなく聞こえた雄たけびに言葉を止める。
そして、おもむろに宙を見ると「へぇ」と楽し気に呟いた。
「サイトウくん、君の友達のアイベくんだっけ? 彼が三年生を一人倒したらしい」
――そうか。
「興味無さげな顔だね。嬉しくは無いのかい?」
――俺には関係ない。
「なるほど」
――それより、話は終わりか?
「ああ、ちょっと待ってくれよ」
立ち去ろうとするサイトウをチチブが止める。
そして、サイトウの眉間に手に持っていた剣の切っ先を向けた。
――どういうつもりだ?
突然の挑発行為にサイトウは眉間に皺を寄せる。
「そろそろ、確かめようかなと思ってね」
なにを確かめるつもりかは、サイトウもわざわざ聞かなくとも理解出来た。
チチブの言葉に応えるように珍しく、サイトウは自らボロ布の神器を取り出す。
「へえ、クリスから君はやる気がないと聞いていたから意外だな」
――面倒なことは嫌いだが、必要なことがあるならする。
「つまり、僕とは戦う価値があると?」
――少なくとも、お前なら容赦なく俺を殺しに来るだろう?
「人を殺意に満ちた人間みたいに言うのはやめてくれないかい? こう見えても僕はおっぱいのように包容力に満ちた人間なんだ。おっぱいをこの手で優しく掴むことはあっても、人の命を握り潰すなんてこと――」
――はっきりいって、あんな脂肪の塊にそこまで執心する理由が分からんな。
「は?」
一瞬だった。
地面を強く蹴ったチチブがサイトウの首筋を狙う。だが、それを見越したサイトウが後ろに飛びチチブの一太刀を躱す。
サイトウが拳を振りかぶる。それとほぼ同時にチチブも剣を振り下ろす。
拳と剣が衝突し、衝撃が風となり周囲を駆け抜けた。
「殺すぞ? クソガキが」
――それだよ。それがお前とあのぺったんこの違いだ。
殺気をぶつけられているにも関わらず笑みを浮かべるサイトウ。
サイトウは別におっぱいが嫌いではない。チチブにも言ったが、あればあるほどいいと思っている。
それにも関わらず、チチブを試すかのように意図的にチチブの好きなおっぱいを貶めるような発言をした。
死にたいのか、はたまた怒らせてまでいチチブに本気を出させたいのか。
理由は定かではないが、サイトウの狙い通りチチブの戦闘への意欲は最高潮に高まった。
「どんな理由があろうと、僕はおっぱいをバカにするやつを許さない。殺して欲しいなら望み通り相手してあげるよ」
――なら、遠慮なく。
先に動いたのはサイトウだった。
サイトウはインファイターだ。素早くチチブの懐に潜り込み、ボディを狙う。
それに対しチチブは躱す動作を見せず、寧ろ胸を張ってみせた。
「ふん!」
その瞬間、チチブの胸が肥大化し、サイトウの拳による衝撃を吸収した。
「これが、おっぱいの包容力だ」
一撃を無力化されたサイトウは思考を切り替え、チチブの背後を取りに行く。
背中側にはおっぱいがない。
なら、あのふざけた技も使えないと思ったのである。
しかし、そんなことはチチブにも分かっていることだ。
「甘い!」
――ッ!
背中側に回ろうとしたサイトウに剣を振るう。
その鋭い一撃に防御を取らされる形でサイトウは足を止めた。
「後ろは取らせないよ。そして、時間が勿体ないからね。勝負を決めさせてもらおう」
そう言うと、チチブは後ろに飛び自らの胸に手を当てる。
「食らえ!! ミルキースプラッシュ!!」
チチブの胸から無数の白い光弾が放たれる。
最初こそ躱したり拳で撃ち落としたりと対応していたサイトウだが、数の多さにやがて足を止め、防御一辺倒になる。
サイトウが足を止めたことで散らばっていた白い光弾も一か所に集中していき、やがてそれは大きな一筋の白い光線へと変わった。
「貰ったよ。ミルキーウェイ」
次の瞬間、チチブの身体が姿を消したかと思えば、白い光線を抜けてサイトウの前に姿を現した。
――チッ!
防御の構えを取っていたサイトウが、すぐさま迎撃態勢に入るが、既に剣を振り始めていたチチブの方が早い。
「これがおっぱいの力だ!! 食らえ、ミルキースラッシュ!!」
白い光の中から飛び出したチチブの剣がサイトウの左わき腹から右肩にかけて大きな切り傷をつけた。
――ッ。まだだ。
よろめくサイトウだったが、歯を食いしばり足を前に出す。
これにはチチブも驚かされ、一瞬動きが遅れた。
――おらぁ!!
「くっ!!」
サイトウが右拳を振るう直前で、自らの胸を肥大化させその一撃を受け止める。
間一髪の危機を脱したことに安堵の表情を浮かべるチチブだったが、サイトウはまだ攻撃の手を止めない。
――おらぁあああ!!
一発でダメなら二発、二発でダメなら三発。
それでもダメなら倒れるまで。
ドクドクと浅くない傷口から流れ出す血を気にも留めず、拳を振るい続ける。
徐々に、だが確実にチチブの胸が衝撃を受けきれず、その身体がズルズルと後ろに下がっていく。
――なんだ。ちゃんと効くじゃねえか。
そう呟くサイトウの表情には笑みが浮かんでいた。
(狂ってる……! なるほど、道理でクリス相手に戦おうとしないわけだ!)
普通なら、直ぐに戦いをやめて止血する。
そうしなければ死の危険があるからだ。
だが、サイトウはチチブに勝つために己の命を消すってまで戦いを続行している。
もし、サイトウがクリスに同じことをすればクリスはサイトウを意地でも止めるだろう。
それが序列第一位のクリスという人間だ。
(それだけの覚悟なら、僕も正真正銘本気で相手しようじゃないか!!)
だが、チチブは止めない。
それをサイトウが望んでいないことを理解しているということが理由の一つ。
そして、もう一つの理由は、単純におっぱいをバカにしたサイトウを許せないからだった。
「見せてあげるよ! これが神器使いの最高到達点だ!!」
チチブが叫んだ瞬間、チチブの身体が一瞬の輝きを放つと共にその背中から黄金に輝く翼が生える。
「全解放――ヴァルキュリア・シグルドリーヴァ!!」
名乗りと共にチチブが剣を振るうと閃光と共に斬撃がサイトウの身体を襲う。
神器全解放とは、文字通り神器が有する力を全て解放することだ。
負担はでかいが、一時的に使用者は神と同等クラスの力を発揮できる。
――かはっ……! ちっ、くそったれが……。
最後までチチブを睨みつけながらも、チチブの文字通り全力の一撃は流石のサイトウも耐えきれなかったのか、力尽き前のめりに倒れる。
サイトウが動かなくなったことを確認すると、チチブも脱力し、その場にへたり込む。
既にその背にあった翼は無くなっており、肉体も女性のものから元通りの男性のものに戻っていた。
「はぁぁぁ……きっつ。ま、今は僕の勝ちだね」
そう呟くと、チチブは手を支えに立ち上がり、サイトウの顔の近くに歩み寄る。
――なんだ?
「……意識あるんだ。末恐ろしいね、本当に」
動くことこそ出来ないものの、サイトウにはかろうじて意識があった。
自らの傍に寄ってきたチチブを見る目には、まだ戦意が宿っており、今にも噛みついてきそうなほどだった。
「まあ、勝負は僕の勝ちだ。敗者として、おっぱいをバカにしてすいませんでした。おっぱいは素晴らしいものですと言ってもらおうか」
――……くそが。
サイトウも自らが負けたことくらいは分かる。
顔をしかめながらも、敗者として従わざるを得ないと考えていた。
――おっぱいをバカにしてすいませんでした。おっぱいは素晴らしいものです。
「うーん? 声が小さいなぁ。もっと大きな声で言ってもらわないと困るなぁ?」
ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべ、サイトウの頬を人差し指でつつくチチブ。
――おっぱいは……ッ! 素晴らしい!!
サイトウの渾身の叫びが広い草原に響き渡る。
その響きをチチブは心地よさそうに聞いていた。
「うーん、実にいい響きだ。次はおっぱい大好きって叫んでもらおうかな」
――は? まだ続けるのか?
サイトウの眼は正しかった。
チチブという人間はやはりおっぱいに狂った人物であり、まともな感性など持ち合わせていない。
でなければ、胸から血を流し徐々に顔も青ざめている同じ学園の生徒に「おっぱい大好き!」と叫ばしたりはしないだろう。
「当たり前じゃないか!! ほら、早く言うんだ。おっぱい大好きって、私はおっぱいに屈しまし――ぶへっ!?」
チチブがサイトウに詰め寄ろうとした時、突然飛んできた哺乳瓶がチチブの頭に直撃する。
「サイトウくん、大丈夫ですか!!」
サイトウの危機にかけつけたのは、序列第五位、自称『全世界の母』ことマリアだった。
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