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第六話 「覚悟を決めている」

 リートの指示を合図に、一年生たちが一斉にアイベに襲い掛かる。

 ハンマーを振り回し、近寄らせまいとするアイベだが大振りであるがゆえに隙もでかい。


「焦るな! 振り切ったところを狙えばいい!」


 リートの指示が飛び、一旦一年生たちはアイベから距離を置く。

 そして、アイベがハンマーを振り切るその時を今か今かと待っていた。


 しかし、その時は中々訪れない。


「うおおおおお!!」


(振り切ったら一気に襲われる。なら、このまま振り回し続ける!!)


 アイベが選んだことはハンマーを振り回し続けることであった。

 自らの身体を軸に、回転し続ける。

 そして、徐々に一年生たちに近づく。


 巨大なハンマーがブンブンと独楽のように回りながら近づいてくるのは、脅威でしかない。

 近づいてくるアイベに、一年生たちも一歩、二歩と後ずさる。


「あっ」


 ここで、後ずさる生徒の一人が背後にある木に背中をぶつけた。

 後ろに逃げられないとなると、迫りくるハンマーを躱す手段は無い。


「ひ、ひっ!?」


 必死に頭を下げる生徒。その姿は隙だらけであり、この瞬間包囲網に穴が出来た。


「貰ったあああ!!」


 ハンマーを勢いに任せ地面に振り下ろし、土煙を巻き起こす。

 そして、一旦包囲網を突破しようとするアイベだったが、一つだけ誤算があった。


「おえっ……気持ち悪い……」


 そう、独楽の様にぐるぐると回り続けたアイベは目を回してしまったのである。

 当然その状態で真っすぐ進むことなど出来るはずもなく、隙だらけの状態を晒してしまう。


「バカですね。今です! 一斉に攻撃しなさい!」


「「「おおおお!!」」」


 リートの指示に従い土煙の中に周りにいた一年生たちが飛び込む。

 土煙が巻き起こっていると言えどアイベの巨体は影で一目瞭然。

 このまま袋叩きにされるかと思われたその時、木々の間から影が颯爽と土煙の中に飛び込んだ。


「全く、世話が焼ける人っスね」


 影の正体はツバキであった。バトルロワイヤル開始直後にアイベを探し走り回っていたツバキは、今漸くアイベを見つけたのだ。

 その小柄な体からは想像もつかない力で、アイベの巨体を持ち上げると、ツバキは素早く包囲網を脱出し林の中へと姿を消す。


 目標が無くなったことにより、一年生たちの攻撃はそれぞれ土煙に飛び込んだ仲間に直撃した。


「「「ぐあっ!?」」」


「くっ! 攻撃を止めなさい! 既に目標は逃げました! 十時の方向です! 直ぐに追いかけなさい!!」


「「「は、はい!!」」」


 アイベの助っ人という予想外の人物の登場に、自分の計画が崩れたことを知りリートが歯噛みする。

 だが、流石は経験豊富な三年生。直ぐに思考を切り替えアイベを一年生たちに追いかけさせる。

 助っ人がいたとはいえ見る限り一人だけ。

 一年生二人なら数の暴力で押し切れると考えたのだ。


 一方、その頃包囲網を脱出したアイベはようやく正気を取り戻しつつあった。


「……ツ、ツバキか? 悪い、助かった」

「例には及ばないっス。自分がやりたくてやったことっスからね。それより、早いところ遠くへ行くっスよ。流石に数の不利を食らうのはまずいっス」


 そう言って直ぐにでもツバキはこの場を立ち去ろうとするが、それにアイベが待ったをかけた。


「あいつらと戦う」

「はあ?」


 ハッキリ言って、アイベの発言はバトルロワイヤルにおいては愚策だとツバキは考えていた。


「アイベさん、これはバトルロワイヤルっス。序盤は地形把握をしつつ、自分に有利な状況を作り出すことが優先。戦闘はそれからっス」

「ツバキ、お前の言いたいことは分かる。だけど、あの人はそんなことしねぇ」

「あの人って、サイトウさんっスか?」


 アイベは静かに頷く。

 アイベは少なくともサイトウの戦闘を二回見ている。

 クレナイという女魔族と戦った時も、スカーという魔族と戦った時もサイトウはただ偶然出会った魔族をその場で相手していた。


 それこそアイベの憧れる強さだ。

 いかなる状況であろうと、どんな相手だろうと己の実力で全てをねじ伏せる。

 そんな夢物語のような強さにアイベは憧れているのだ。


 だが、ツバキはアイベと違い現実を見ていた。


「……厳しいことを言うっスけど、サイトウさんとアイベさんは違う。サイトウさんを追いかけることは悪いことじゃないっス。でも、サイトウさんの真似をすれば強くなるわけじゃない。自分は、今の自分たちに出来る最善を尽くすことが大事だと思うっス」


 それが正論だった。

 アイベも理解している。ツバキの方が正しいということも、今の自分に数の差を覆す切り札がないことも。


 それでも、憧れた人の背中があった。

 そこに手を伸ばしたいと思ってしまったのだ。


 理屈ではない、感情がアイベを突き動かしていた。


「負ける可能性が高いからって逃げ続けていたら俺は、二度と格上とは戦えなくなっちまう。それじゃ、サイトウさんには一生手が届かない。ツバキの言う通り、きっと俺一人じゃ無理だ。でもツバキもいる。力を貸してくれ、ツバキ」


 ツバキは勝てる戦いをしろと教わって来た。

 負ければ死ぬのだから、当たり前の考えだ。勝ち目が無いと判断すれば退く、それも普通のことだった。

 だからこそ、ツバキは「必ず勝つ」人に憧れた。

 憧れ、手を伸ばしたが、他でもない本人に「お前は俺にはなれない」と言われ、手を伸ばすことを諦めた。


 ツバキとアイベはまるで違う。

 アイベは実地演習の時も、格上に果敢に挑んだ。

 アイベは今も尚憧れに手を伸ばし続けている。


 その男が戦いたいと言っている。

 ツバキを頼っている。


「はぁ、仕方ないっスね……」

「ツバキ!」

「ただし、自分の指示に従ってもらうっスよ」

「ああ!!」


 アイベの嬉しそうな表情を前に、ツバキは笑みを漏らす。


 らしくない、きっと今のあの人がツバキを見ればそう言うだろう。

 それでも、今のツバキは勝つことよりもアイベという男と共に歩むことが自分を成長させると信じていた。



***



 アイベを逃したリートは焦っていた。


 リートは三年ではあったが天才では無かった。

 

 リートは知っている。

 この世界に選ばれた才能の持ち主は周りの想像をはるかに超える速度で成長する。

 そして、彼らは皆等しく窮地にこそ本領を発揮するのだ。


 別にリートはアイベが天才だとは思っていない。

 体格こそ恵まれており、頑丈さと力の強さは学園でも上から数えた方が早い方だろうが、才能自体は凡庸。


 それが、リートの経験から見たアイベという男の評価だった。

 なら、何がリートを焦らせるのか。


「リート先輩、逃げた奴らをわざわざ追いかける必要ありませんよ」


 リートの傍に先ほどまでアイベと言い合っていた一年生の男子が声をかける。

 それはその生徒なりのアドバイスなのかもしれないが、リートからすれば余計なお世話でしかなかった。


「いいから、追いかけなさい。あなたは彼の目を見ていなかったのですか?」

「目?」


 キョトンとした表情の一年生に、リートは本気で理解していないのだと悟った。


 アイベの目、それこそリートが恐れているものだった。


「彼は、覚悟を決めている。迷いのない人の行動ほど恐ろしいものはない」

「いや、でも一人や二人でなにが出来るんですか?」

「どれだけ人がいようと、相手を安全に鎮静化させるなど、余程の実力差がないとできません。実力差が拮抗していればしているほど、一瞬の迷い、判断ミスが勝負を分ける」


 リートの言葉に一年生はピンと来ていないようだったが、こればかりは経験しないと分からないことでもある。


 リートは異常者たちを偶然近くで見てきただけだ。

 おっぱいのためだけに学生の身でありながら魔族に喧嘩を吹っ掛けた序列第二位。

 同じ人間であろうと、依頼があれば一切の躊躇いなく殺す序列第三位。

 脇腹をえぐられながら笑いながら魔物の群れに突っ込む序列第四位。


 他にも大勢いるが、全員が己の中にある信念のようなものに従っているが故に迷わない、ここぞという場面で躊躇しない。


 それがリートの考える真の強者と弱者の間にある差だ。


 そして、アイベはその狂気を宿しつつある。

 逃がしたところでアイベはいずれ自分を狙いに来るという確信がリートにはあった。

 ならば、準備する時間を与えずにここで始末する。


 今ここでリートはアイベ以上にアイベのことを評価していた。

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