第三話 「おっぱい選手権だ!!」
序列第十位争奪戦。
例年一年生が入学後最初の実地演習を終えた数日後に実施される、れっきとしたこの学園の行事の一つである。
参加者は一年生全員、二年生、三年生の希望者で、その中で最も序列第十位に就くものに相応しいものが決まるまで競い合うという行事だ。
具体的な争いの方法は年ごとに異なり、トーナメントで決める年もあればいくつかの項目に分けて試験を実施し、その総合点で競う場合もある。
それらの内容を決めるのが、ナンバーズたちの役割の一つであった。
「やっぱ殴り合いだろ。ルール無用、何でもありの喧嘩だ。弱い奴にナンバーズは務まらねえよ」
真っ先に声を上げたのは序列第四位のオデンだった。
燃えるような紅い短髪に紅い瞳、そして引き締まった肉体が特徴の男だ。その傍らには大きな三又の槍がある。
闘争を好むオデンにとって、ナンバーズとは全力で戦える相手である。
全力で戦えない相手がナンバーズになることが嫌とは言わないが、どうせなら強い奴であって欲しいというのが彼の願いだった。
「私は反対よ。脳筋がこれ以上増えるのは勘弁してほしいわ」
「ああ?」
オデンに真っ向から反対したのは序列第六位のアイラだった。
モノクルと呼ばれる片眼鏡をかけた、蒼い髪の少女である。オデンとは同じ三年生で、一年時からいがみ合っている腐れ縁でもあった。
「なら、てめえは他に案があるのかよ?」
「そうね。ナンバーズは学園生の模範となるべき存在よ。私は四年前と同じ、戦闘能力や学業などあらゆるジャンルを試験で量って実力を数値化して競わせる方法がいいと思うわ」
「はっ、くだらねえ。いくら成績がよかろうが、目の前の敵を倒せなきゃ意味はねぇ」
「バカね。どっかの誰かさんみたいに物理攻撃が効かないスライムに苦戦しないように、知識を蓄え、思考力を鍛えることには価値があると言っているのよ」
「てめっ! それは、俺が一年の頃だろうが! 今なら一撃でスライムくらい倒せるわ!」
「それは今のあなただからでしょ。あなたみたいな脳筋に憧れる学園生が大量に出てきて、スライムに皆やられたらそれこそお笑いよ」
円卓を挟んでバチバチと睨み合う二人。
いつも通りの光景に周りのナンバーズも「またか」と言った表情だった。
「はい、そこまで。二人の言い分はよく分かるよ。強さも大事だし、知識や学業も大事。その辺りも考慮して、もう少し考えてみようよ。他の人はどう? なにか意見が無いかな?」
クリスが問いかけると、真っ先にクリスの横にいる男が手を挙げる。
序列第二位のチチブという男だ。
緑色の髪を七三分けにしている、見た目だけは清潔感溢れるきちっとした男である。
だが、その男の余りにキラキラした笑顔を見てクリスは顔を顰め、視線をその男から逸らした。
「サル、君はどうかな?」
結局、クリスが声をかけたのは手を挙げていた男ではなく、序列第七位のサルと呼ばれる男だった。
「オイラですか? オイラはこういうの考えるの苦手なんですけどね。ああ、そうだ。くじ引きとかどうですか、運も実力の内って言いますぜ?」
「サル、ふざけてないでちゃんと考えなさい」
書記を務めていたエアに注意され、サルは「ダメかー」と笑っていた。
どうやら真面目に考えてはいなかったらしい。
「じゃあ――」
「クリス、僕に名案があるんだ!」
「――チャライはどうだい?」
横にいるチチブをまたもスルーして、クリスはチャライに声をかける。
しかし、チャライからもいい意見は出なかった。
「うーん、マリアはどうだい?」
「そうですね~」
困った表情のクリスはマリアに問いかける。
マリアは少し考えこんだ後、手をパンと叩いた。
「よい子選手権はどうでしょう? 私が母親になって、共同生活をして一番のよい子を決めるんです~」
マリアの言葉にその場の空気が凍り付く。
今回の会議でオデンやアイラは少なからず自分の私欲が混じった意見を出した。
それでも全体のことも考えたうえで意見を言ってきたつもりである。
しかし、このマリアの意見は私欲に塗れていた。
なんなら私欲だけで出来ていると言っていい。
「あ、でもよい子を一人しか決められないって難しいですね~。皆、元気に生きてくれているだけでよい子ですし、とても決められません~。あ、そうです、皆一番ってことにしてしまえばいいですね~」
「「「それじゃ、争奪戦の意味ないだろ!!」」」
「あ、そうですね~」
ほぼ全員からのツッコミが同時に入り、マリアの意見は無事却下された。
しかし、こうなるとまだ意見を言っていないのはエアと今も尚クリスの隣で手を挙げている序列第二位のチチブ、それからさっきから黙りこくっている序列第三位のアデルの三人だけだった。
アデルにチラリとクリスは視線を向けてから、一旦空気を変えるためにもエアに意見を聞くことにした。
「エアはどうかな?」
「そうですね……。チーム戦はどうでしょうか? 特に実戦では仲間との連携も重要ですし、せめて普通にコミュニケーションが他人と取れる人物がナンバーズになるべきかと」
これ以上変人が増えて欲しくない。
そんなエアの私怨も混じった提案だった。
少なくとも、これならクソガキのサイトウが勝ちあがることはないだろう。
「チーム戦? 悪くはねえだろうが、今回図るのは個人の実力じゃねえのか?」
「オイラもそう思うぜ」
エアの言葉に苦言を呈したのはオデンとサルだった。
だが、対照的にエアの意見を支持するものもいた。
「私は賛成だわ。私やエアのように個人としてではなく、チーム戦でこそ輝く人材は少なくないもの。チーム戦とはいえ、個人の戦力が必要なくなるわけではないでしょうし、いいんじゃないかしら」
「おれっちも賛成かなー。やっぱ、可愛い女の子を守るために奮起する奴もいるかもしれないっしょ!」
「私もいいと思います~」
チャライの意見はともかく、その前のアイラの意見は中々に理にかなっている。
少なくとも、これまでの意見の中では間違いなくかなり良い意見であった。
「アデル、君はどうかな?」
ここでクリスは遂にアデルに話題を振る。
黙って目を閉じていたアデルだったが、ゆっくりとその目を開けた。
「……バトルロワイヤル」
そして、再び目を閉じて黙りこくった。
だが、アデルの意見はナンバーズの面々には好印象だったらしい。
「なるほど、面白えじゃねえか。最後の一人になるまで戦う。俺は賛成だ」
「バトルロワイヤルが出来る場所があるかって問題点もあるけど、奇襲、夜襲、取引とか色々ありにしたら自由度は高いと思うぜ。オイラも賛成だな」
「単純な戦いじゃない分、知略も試されるわね。サルの言う通り、問題点も多いと思うけれど、解決できないわけじゃない。私も反対は無いわ」
「おれっちも賛成! 偶然出会った女の子とそのまま恋に発展しちゃったりとかラブロマンスもありそうっしょ!」
「私も反対は無いです~」
残るはエアとクリス、そして序列第二位のチチブの意見だけである。
そして、バトルロワイヤルをするなら恐らくエアが賛成かどうかが特に重要だとクリスは考えていた。
「エアはどうかな? 恐らく、バトルロワイヤルを行う場所の関係でエアには凄く普段をかけることになると思う。それでも大丈夫?」
「クリスさんは、どうなんですか?」
ここでエアはクリスに問いかける。
エアとしてはクリスの意見が気になっていた。クリスがやると言えばエアはそれを全力で支えるつもりである。
「そうだね、私としてもバトルロワイヤルにしたいと思ってるかな」
「なら、私はそれに従います」
これで、全員で九人いるうちの八人がアデルの意見に賛成したことになる。
後は、その具体的な内容を詰めていくだけ……。
「ちょっと待ったあ!!」
しかし、ここで無視され続けて来た男が声を上げた。
「クリス、君がいくら学園トップだからって僕を無視し続けるのはよくないんじゃないかな?」
「私だって、君が真面目に意見を言ってくれるなら無視しないさ」
「それなら安心してくれ! 僕は何時だって真面目さ!!」
チチブの言葉にクリスは疑いの眼差しを向ける。
お互い一年生の頃から三年間ナンバーズに所属してきたチチブとクリスはこの場にいる誰よりも付き合いの長い二人だ。
クリスはチチブの実力は全面的に信用しているが、付き合いが長いからこそチチブの「真面目」という言葉を全面的に信用していなかった。
いや、クリス自身チチブが真面目と言う言葉に嘘は無いことは理解している。
しかし、方向性の問題なのだ。
チチブは真面目だが、その方向性が壊滅的なまでに明後日の方を向いてしまっていた。
「はあ、それじゃ一応聞かせてくれよ」
しかし、流石に最後まで無視するのは不平等と考えたクリスはチチブに問いかける。
その瞬間、この時を待っていましたとばかりにチチブは円卓の上に飛び乗った。
「よくぞ聞いてくれた! 僕が提案するのは、ズバリ! 第一回! おっぱい選手権だ!!」
その場にいた女性陣の目から光が消えた。
しかし、そんなことお構いなしにチチブは更に言葉を告げる。
「日々の努力から育まれた、美しく偉大なおっぱいたちを僕が見定める! そして、栄えあるベストナイスバスト賞に輝いた人を皆で崇め称えようという選手権さ!」
もはや序列第十位とか関係なかった。
マリアを越える私利私欲でチチブはおっぱい選手権なるものを開催したがっていた。
しかし、ここでオデンが異を唱える。
当たり前である。こんな選手権、異論しか起こらない。
「ちょっと待て、男はどうするんだ?」
違う、そうじゃない。
いや、そうなんだけど、大事なところはそこじゃない。
女性陣のそんな声が聞こえてきそうだった。
しかし、チチブはオデンの意見も予測していたのか直ぐに返事を返す。
「安心して欲しい。男性陣には自分たちが思う理想のおっぱいを当日準備してきてもらうんだ。粘土で作るもよし、綿や布で作るもよし、発想は自由だ。ハリ、ツヤ、サイズから肌触り。本物でないからこそ男性陣のおっぱいはお触り自由というアドバンテージもある。そうして、一番を決める。どうだい!? ワクワクしてくるだろう!?」
絶句。
その二文字がここまで似合う状況も無い。
それくらいチチブ以外のナンバーズの面々は何も言えずにいた。
これがこの学園の序列第二位、『おっぱい聖人』を自称するチチブという男子であった。
「却下」
「な、なんでえ!?」
「それじゃ、今年度の序列第十位争奪戦はバトルロワイヤルということで」
「「「異議なし」」」
「ちょっと、おっぱい選手権は!? 僕の夢はあああ!?」
円卓の上で叫ぶチチブに誰も目を合わせることなく、ナンバーズの面々は部屋を後にしたのであった。
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