第二話 「それは君の主観だ」
「はい、ストップ」
ナンバーズにクソガキを加えたちょっとした喧嘩では終わらない戦いを止めたのは、序列第一位、学園トップのクリスだった。
「はあ、皆を止める側のエアがキレてどうするのさ」
余りにも遅すぎる三人を見かねてクリスは様子を見に来たのだ。すると、どうだろう自分が頼りにしている後輩が率先して喧嘩しようとしているのだ。
これにはクールで聡明なクリスも驚きだった。
「ク、クリスさん……ですが、こいつらが!」
「うんうん。分かるよ。明らかに悪いのはエアじゃない。でも、エアが憧れてる大人のレディなら神器を取り出して喧嘩しようとするかな?」
「うっ……し、しません」
「なら、ここは我慢しようね」
「……はい」
エアを止めると、クリスは次にマリアとチャライの二人に視線を向ける。
「マリアも、お母さんをやりたいマリアの気持ちは尊重するよ? でも、その前にナンバーズとして果たすべき責任とか義務もあるんじゃないかな?」
「そうですね……。少し、やり過ぎでした~」
「チャライもマリアを呼びに行ったならその仕事を果たさないと。違う?」
「かーっ! 手厳しいッショ。でも、クリス先輩の言う通りっすね。すいません」
あれほど癖のあるナンバーズが次々とクリスに従い大人しくなっていく。
それこそがクリスがやはり学園トップであり、皆の憧れの存在であることを表していた。
そして、最後にクリスはボロ布を早々にポケットにしまい木に寄りかかるサイトウに目を向ける。
戦いを止められたが、不満げな表情を浮かべるわけでもなく、突然現れたクリスに注目するでもない。
相変わらずサイトウはマイペースだった。
「サイトウ君、君にも迷惑をかけたね。でも、前にも言ったけど人の身体的特徴をバカにするような発言は頂けないよ」
――事実だ。
「いいや、違う。それは君の主観だ。君から見て胸が控えめだとしても、人によっては控えめじゃないかもしれない」
クリスの言葉にエアが感動の眼差しを向けているが、クリスの意図の半分くらいは私怨が混じっていた。
未だにクリスはサイトウにぺったんこと言われたことを恨んでいた。
――なるほど。
クリスの見事な反論にサイトウも納得する。
そして、それはそれとしてサイトウはやはりチビはチビであり、ぺったんこはぺったんこだろう、と思った。
――だが、やはり俺の中でお前はぺったんこだ。
ピキピキ。
勝ち誇っていたクリスの頬が引き攣る。
これがクソガキの恐ろしいところである。クソガキは論破されようと自分の正しさを疑わない。
最悪である。
「あ、あのクリスさん……」
かつて見たことのないクリスの雰囲気に、エアが恐る恐る声をかける。
「大丈夫だよ、エア。私は冷静だ。クールで聡明で皆の憧れのクリスさんがこんなことで取り乱すはずがない」
クールで聡明な人は自分をクールで聡明とは言わない。
――まあ、どうでもいい。俺は寝るから、どっか行くならとっとと行け。
サイトウの態度にクリスは今すぐにでもあの日つけられなかった決着をつけたいと思ったが、そこは流石学園トップ。
今はナンバーズ会議という重要な会議があるということを思い出し、グッと堪えた。
「うん、君の言う通りここは立ち去らせて貰うよ。行くよ、皆」
そのまま立ち去ろうとするクリスだったが、あることを思い出し足を止める。
「そういえば、魔族を倒したみたいだね?」
クリスの言葉にエアは思わずクリスに目を向け、チャライはひゅうと口笛を吹く。そして、マリアは自慢の息子ですと言いたげな表情で胸を張っていた。
――それがどうした?
「いや、なに。今回は見れなかったから残念だと思ってね、次の機会で君の本気が見れることを楽しみにしているよ」
意味深な笑みのクリスに、サイトウはまた面倒なことでもあるのかとため息をつく。
そんなサイトウの姿にクリスはしてやったと満足気な表情でその場を後にした。
***
クリスたちがサイトウの下を離れ、学園にある最上階より一つ下の階を目指している途中、我慢ならないと言った様子でエアがクリスに疑問を投げかける。
「あの、クリスさんを疑う訳じゃないんですけど、さっきのあのサイトウが魔族を倒したって話は本当なんですか?」
「うん、嘘じゃないよ。目撃者は何人もいる。倒された魔族こそ、魔王軍に回収されてしまったみたいだけどね」
クリスは立場上、今回の魔族の襲撃に関する顛末を聞いている。
学園生のトップに立つ者として学園生の実力を正確に測り、必要に応じてその実力に相応しい立場を用意することはクリスの役目の一つでもあるからだ。
「流石はサイトウ君ですね~。お母さんは誇らしいです~」
「なんで、マリアも知っているんですか?」
自分ですら知らない情報を先に入手していることに、エアが僅かながら不機嫌そうに問いかける。
「クリス先輩に聞いたからですよ~。問いかけたら教えてくれました~」
マリアの言葉にクリスも頷き同意を示す。
サイトウのことを知りたがっていたマリアとしては、サイトウと何度か会話したことがあるクリスの下を訪れることは必然であった。
そして、クリスとしてもナンバーズの一人であるマリアには遅かれ早かれ今年の一年の有望株を伝えることになっていたので、断る理由が無かった。
「クリスさん、どうして私には教えてくれなかったんですか?」
「だって、聞かなかったじゃないか」
「それは、そうですけど……」
頭では理解しているが、クリスに憧れているエアとしては自分より先にマリアがクリスから情報を与えられたことに嫉妬してしまっていた。
しかし、エアは大人のレディーである。
こういうこともある、と割り切り前を向いた。
「サイトウ君が魔族を倒したということは、十人目のナンバーズは彼で決まりですか?」
エアがクリスに問いかける。
今代のナンバーズは序列十位が空席であった。
本来、成績上位者十名が選ばれるナンバーズだが、例年一年生入学前に序列第十位だけは空席となる。
その理由は単純で、一年生にナンバーズ入りのチャンスを与える為である。
「それはどうだろうね。聞くところによれば、今年の一年生は既に神器を解放出来る者が少なくとも二人はいるという話だ。まあ、丁度これからの会議はその件に関する話だ。既に他のナンバーズも揃っているしね」
そう告げると同時に、クリスは扉を開ける。
そこには大きな円卓があり、既にクリスたちを除いた五人の実力者たちが席についていた。
クリスに続き、マリア、エア、チャライの三人も席に着く。
そして、全員が席に着いたことを確認したクリスは静かに宣言する。
「それじゃ、序列第十位争奪戦についての会議を始めようか」
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