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第一話 ぺったんこじゃん

「はっ、汚ねえ格好だな。てめえみたいな貧相な雑魚と同室なんて最悪――ぶべらっ!?」


 学園の案内人を名乗る人に連れられ、学園寮の部屋に入ったサイトウを待っていたのはクマの様に大きな体の男だった。

 初対面でいきなり雑魚と言われたサイトウの行動は早かった。

 懐に潜り込み、自慢の拳で鳩尾(みぞおち)に一撃食らわせた。


 たったそれだけで、相部屋の男子生徒は床に膝をつき白目をむいて意識を失った。


 ――礼儀を学べ、カス。


 お前も礼儀を学べ。


 そんなツッコミを入れたい気持ちを必死に(こら)えながら、サイトウについてきていた案内人は慌てて倒れた男子生徒を介抱した。

 救助を呼び、男子生徒を救護室へと運ぼうと忙しなく動く、案内人や学園寮の管理人たちの姿を横目にサイトウはベッドで寝ていた。


 そのベッドは他でもない相部屋の大男のものだった。


 ――硬くて寝心地が悪い。ダメだな、これ。


 人のベッドに勝手に寝た挙句、ダメ出しをする。

 無礼千万、学園に来ようとサイトウという男はやはりクソガキだった。





「君がサイトウだね?」


 無事に(?)学園寮にも入寮し、入学式を早速サボり、教師などからの呼び出しを無視し続けたサイトウの目の前には一人の女子がいた。


 百人がいれば九十九人は二度見するであろう整った容姿に、風に靡く白銀の長髪。ちなみに二度見しない一人は他でもないサイトウである。

 そして、蒼穹のように蒼く透き通った瞳。


「序列第一位のクリスだ。よろしく頼むよ」


 入学式をサボったサイトウは知らないが、クリスはこの学園における生徒たちのトップに立つ人物だった。


 この学園特有の生徒の実力を測り、序列を作るというシステム。

 序列一位から十位まではナンバーズと呼ばれ、あらゆる面で優遇される。


 そのナンバーズのトップ、名実ともに学園の頂点に立つ女子がサイトウの目の前にいるクリスだった。


 ――ぺったんこじゃん。


 そんなクリスに向けて、サイトウが真っ先に口から放った言葉がそれだった。

 そう、序列第一位、学園トップのクリスの胸はぺったんこだった。

 実際にはぺったんこじゃない。そうクリスは語る。


 戦闘において邪魔になりかねないそれを抑えるためにクリスは”わざと”ぺったんこにしているのだ、というのはクリス本人の話である。


 何はともあれ、クリスにとってぺったんこをぺったんこと呼ばれることはこれ以上ない屈辱であった。

 序列第一位になった時に、ぺったんこという言葉を使ってはならないという校則を作ろうとしたくらいには気にしていることでもあった。


 しかし、クリスは学園のトップ。

 生徒たちからはクールで聡明で強いと称えられる憧れの的である。

 相手は世間を知らないクソガキ。こんなことでムキになってはならない。


「ははは、初対面で人の容姿にとやかく言うのは関心出来ないな。それに、私は動きやすさのために”あえて”普段は胸を抑えているんだ。そこは勘違いしないで欲しいな」


 ――うわ、気にしてるタイプのぺったんこだ。めんどくせぇ。


 コロス。


 一瞬だけ、本気の殺意が湧き上がったがクリスはグッと堪えた。

 偉いぞ、クリス。流石は序列第一位。クールでスタイル抜群で皆の憧れのクリスだ。

 自画自賛することで、自らの精神を落ち着かせたクリスは改めて前を見る。


 へえ。


 一瞬とは言え、常人なら怯えて震えだしてもおかしくないクリスの殺気を浴びて、サイトウは平然としていた。それどころか欠伸をしていた。


 魔界の侵攻に対抗するべく、自然界中から才気あふれる若者を集めた学園という謳い文句通り、この学園には強者が揃っている。


 その中でクリスはトップに君臨しているのだ。

 そんなクリスの殺気を浴びて平然としていられるのは余程のバカか、日常的に殺気を浴びていた戦場経験者くらいだ。


「サイトウ君、今日私が君に会いに来たのは君に真面目に学園で過ごしてもらうためなんだ。入学式から十日で学園に来たのは一日のみ。しかも、授業は殆ど欠席、したことと言えば食堂で昼ご飯を大量に食べたくらい。君の態度はいくらなんでも見過ごすことは出来ない。明日から意識を変えてくれるならよし。ただ、そうでなければ――」


 チラリ、とクリスがサイトウを見つめる。

 サイトウは何も言わない。


 合いの手も入れてくれないサイトウにクリスは少し悲しんだ。

 

「――力づくで君には言うことを聞いてもらう」


 ――断る。


 きめ顔のクリスに間髪入れず答えを返すと、サイトウは学園の外に向けて歩き出した。


 別に退学になってもいいと考えているサイトウにとって、学園の授業をサボるなど痛くもかゆくもない。

 寧ろ、やりたくもない授業をただ延々と聞いている方が苦痛である。


 クリスの言う力づくがどういう方法かは分からないが、サイトウにとって碌でもない方法ということは分かる。

 それ故に、返事は一つだった。


「そうか。なら、少々手荒になるが強引な手段を取らせてもらおう。エア」

「はーい」


 クリスがパチンと指を鳴らすと、どこからともなく一人の少女が姿を現した。

 その少女の手には大きな正方形の布が握られており、その少女はその布を上に放り投げる。

 次の瞬間、布が大きく広がり、サイトウとクリスの二人だけを包みこんだ。

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