幕間Ⅰ
誤字報告ありがとうございます!
凄く助かります!!
サイトウの故郷の村、その防衛を担う騎士の一人であるボウイは最近になってこの村に着任した。
魔族とも戦闘経験があるボウイの実力は聖騎士たちの中でも上位で、本来であれば、こんな辺境の村ではなく魔族と人間の戦いの重要拠点を任されるべき人物であった。
そんなボウイがこの辺境に来た理由は、ひとえに金払いが良かったということとボウイ自身が休む暇のない最前線に疲れたからだった。
「騎士様、調子はどうですか?」
今日も魔物たちが襲ってこないか見張っているボウイの下に、村長のムラノがやって来た。
「どうもこうも、代り映えしねー景色ですよ。この辺の魔物は勘がいい。この村に近づけば殺されることを理解しているのか、様子は伺うが絶対に柵を越えてこない」
ボウイの言う通り、この村付近の魔物は本当に魔物かと疑いたくなるほど大人しかった。
他の同僚からは、辺境の警備は敵は雑魚だが、襲撃の回数が多く心が休まる時が無く薄給で割に合わないと聞いていたのでここまで暇でいいのかとボウイ自身不安になりつつあった。
勿論、魔物が襲ってこない理由の一つにボウイの存在はあるだろう。
魔族とも殺し合ったことのあるボウイは辺境の魔物にやられる器ではない。それを魔物たちも恐らく理解している。
しかし、その事実を差し退いてもここの魔物たちは大人しすぎる。
まるで、圧倒的な実力者にこの村に近づくなと教え込まれたかのようだった。
「もしかして、前任の騎士は相当の実力者だったんすか? そうでもなきゃ、知能の低い魔物たちがこんなに人を警戒するはずがねぇ」
「前任ですか……。そうですね、前任は騎士ではないですが実力は本物でした」
「騎士ではない……?」
ムラノの言葉にボウイは眉を顰める。
騎士ではないのに、そんなに強いものがいるのか? という疑問が彼の顔にはありありと出ていた。
「信じられない、といった表情ですな」
「ああ、すいません。疑うわけじゃないんですけどね」
ボウイの疑問も当然である。
自然界に置いて、最も強い人間たちが聖騎士だ。
冒険者という職業もあるにはあるが、冒険者とはいわば便利屋のようなものである。
神器は使えるが、聖騎士にはなれなかったものたちが、弱い魔物を狩ったり命がけで魔界の調査をして生計を立てる。
それが冒険者の仕事だった。
勿論、何事にも例外はいるため、冒険者の中にも一年の半分以上を魔界で暮らしているような化け物もいる。
「ちなみに、そいつは何者なんです?」
聖騎士ですらないのに、辺境の村を守り切れるとなると少なくとも冒険者だろう。
場合によっては聖騎士にスカウトしてもいい。
そう思い、ボウイがその人物について問いかけると、ムラノからは予想外の言葉が返ってきた。
「一番強いと自称するクソガキです」
「ク、クソガキ……?」
「ええ、酷く生意気でしてね。私たち大人の気持ちなんてまるで分かっちゃくれませんし、勝手に世界を知った気でいる」
クソガキ、そういう割にはムラノはどこか懐かし気に、そして楽し気に語っていた。
「辛いことばかりでも、常に前を向いて私たちには背中しか見せない。大人としては情けなかった。そのクソガキに出来ることがあまりに少なかったんですから」
「そいつは、今どこに?」
「聖都にある学園で元気にやっていることでしょう」
ムラノの言葉にボウイは目を見開いた。
薄々感づいてはいたが、やはりそのクソガキとやらはまだ学園を卒業すらしていないらしい。
何事にも例外は存在する。しかし、この例外は明らかに異常だった。
「……なるほど。他の辺境と違ってここの村人がやけに力強く生きている理由が分かりましたよ」
自分たちより幼い子供が魔物と戦うという最も苦しい仕事をしていたのだ。
それに奮起しない大人などいない。
「ええ、あのクソガキのおかげでボウイさんのような優秀な騎士を呼べるだけの資金も溜まりました。本当に、どれだけ頭を下げても下げきれない」
サイトウが学園に行けた一番の理由はそこだった。
もう辺境の警備にサイトウを縛らなくても問題がなくなった。
この村の大人たちは皆知っている。
サイトウの過去も、サイトウがなんのためにその拳を振るうのかも。
あの傍若無人な振る舞いも、自分が死んだときに悲しむ人を減らすために普段から皆に好かれないようにしようとしていたからだということも。
「失った時間は返って来ませぬ。腹立たしいことに、あの時の私たちはクソガキに頼ることが正解でないと分かっていながら頼らざるを得なかった。だから、あいつが帰ってきたらその時は盛大に迎え入れてやるつもりです。それまでは、魔物にこの村を食いつぶされるわけにはいかないのですよ」
ムラノの強い意志を宿した瞳を前にボウイはフッと微笑んだ。
「なるほど、なら俺も気合を入れないとですね」
「よろしくお願いします」
ボウイはぐるりと村を見渡した。
誰も彼も、大人も子供も懸命に生きている。魔物がすぐ傍にいるという恐怖があるはずなのに、それを越える何かに突き動かされているようだ。
「クソガキ、か。俺も少し会ってみたくなった」
まあ、この村にいればいずれ会えるだろう。
そう結論付け、ボウイはこちらの様子を伺っている魔物たちを睨みつける。
最前線ではない。だが、ここに生きる人々の戦いが確かにここにはある。
――今回の仕事は一段とやりがいのある仕事になりそうだ。
青く、どこまでも広がる空を見てボウイはそう呟いた。
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