第十六話 「落ち込んでる暇なんてねーよ!」
ツバキはアイベのお見舞いに向かっていた。
これはツバキがアイベのことが好きだから、という訳ではない。
ただ、純粋にツバキはアイベのことを応援している。
かつて自分が諦め、挫折した道。それを突き進んでいるのがアイベだ。
諦めた自分に出来ることなどないと思いつつも、アイベには折れることなく頑張り続けて欲しい、というのがツバキの考えだった。
今回のお見舞いもその一環である。
聞けば、アイベは魔族に完膚なきまでに敗北したという。その魔族を一撃で倒したのがサイトウだ。
アイベ本人からそう聞いたツバキの感想は、『あの人、本当に強かったんっスね』である。しかも、強さの桁が違い過ぎる。
一番強いと語るのも大げさではないのかもしれないとすらツバキは思っていた。
だからこそ、ツバキはアイベを心配していた。
隔絶した力の差を知り、心が折れてしまうのではないか、と。
結果から言うと、救護室のアイベのベッドを訪れたツバキはそれが杞憂だと知った。
「お前はかっこいいなぁ。力強いし、いつも俺を助けてくれる。よっ! 俺の中のナンバー2! ナンバー1はアイベさんなんだ。悪いな、へへっ。アイベさんと言えばさあ!」
ツバキの目の前には、自らの神器であるハンマーに話しかけながら添い寝するバカの姿があった。
「なにしてるんスか?」
落ち込んでいないことには一安心だが、それはそれとして奇行に走っているのはどういうことだろうか。
新たな不安を抱えながら、ツバキは今も神器を愛おしそうに撫でるアイベに話しかける。
「おっ、ツバキじゃねーか。これはな、神器解放のための修行だ」
バカだとは思っていたが、魔族との敗北はやはり少なからずアイベによくない影響を与えていたらしい。
出なければ、武器と添い寝することを修行だなどど世迷言を言うはずがない。
「アイベさん、まだ回復までには時間がかかりそうっスね」
「おいおい! なんだその可哀そうなものを見る目は。言っておくが、俺は元気だぞ!」
「じゃあ、なんでそんな奇行に及んだんスか?」
「奇行とはなんだ! これはな、強くなるための修行だ。サイトウさんにも強くなれと言われたからな!」
「それはいいんで、理由を教えて欲しいっス」
「仕方ねえなぁ」
口ではそう言いつつ、満更でもなさそうな表情でアイベはこの修行がいかに効果的で価値があるかを語り始めた。
「まず、強くなるためには神器の解放ってのが必要だと俺は思った。そこで、神器を解放しようと思ったんだが、解放ってことは自由ってことだ。つまり、ありのままの姿を出せるってことなんだよ! なら、神器が俺に心を開き、ありのままの姿を出せるように仲良くなろうってわけだ! どうだ? 完璧だろ!?」
胸を張り熱弁するアイベだが、その姿にツバキは仮面の下でため息を漏らした。
神器をまるで人のように心があると思っているところがなんともピュアで子供らしい。
ただ、微妙に神器の理解について当たっている部分もあるため一概に全てが間違いとも言い切れないが、少なくとも神器との添い寝は間違いであった。
「アイベさん、授業ちゃんと聞いてるっスか?」
授業では神器についても学ぶ。
特に、神器の解放は最重要事項で授業でも先生が丁寧に説明していることの一つだった。
「ああ! 相手の目を見て話を聞くってことが礼儀だって知ってから、ちゃんと聞いてるぜ! サイトウさんにも礼儀を学べって言われたからな!」
「内容は理解してるっすか?」
「ちんぷんかんぷんだぜ!!」
「ノ、ノートとかは……?」
「ははは! 話す人の目見ながら話し聞かなきゃいけないのに、いつノート取るタイミングがあるんだよ」
ああ、悲しいくらいに純粋で、バカだ。
ツバキは仮面を両手で抑え、深い深いため息を吐いた。
何故この男はサイトウに憧れてしまったのか。
例えば同じ男でもシルクに憧れていれば、今頃授業を真面目に受け、クラスメイトにも優しく、腕っぷしの強さから頼りがいのある人気者のアイベが生まれていただろう。
しかし、現実は非情である。
アイベが憧れたのは、女だろうと容赦なく殴ると公言し、口を開けば誰かをイラつかせる傲慢なクソガキのサイトウであった。
寧ろ、そのサイトウに憧れてここまで純粋でいられるアイベを褒めるべきかもしれない。
「アイベ君、今度一緒に勉強会するっス。中間テストもあるのに、今のままじゃやばいっスよ」
「テストか? なら、サイトウさんも誘って三人でやるか!」
「それでいいっス」
サイトウが参加するとは思えないが、ツバキは頷いておいた。
今はアイベをどうにかする方が優先である。神器に関する理解も増えればアイベの奇行も減るだろうという期待もあった。
なにはともあれ、奇行こそしていたものの元気そうなアイベの姿にツバキは改めて安堵した。
「まあ、元気そうで良かったっス。落ち込んでるかもって心配してたんスよ?」
「ああ……」
ツバキの言葉にアイベは窓の外を見た。
「正直、滅茶苦茶落ち込んだぜ? サイトウさんには二度と届かねえんじゃないかとも思った。あの日、俺はなにも出来なかったと思っていた。でも、あの場にいた生徒たちが俺にお礼してくれた。詳しく聞けば、サイトウさんがそうすべきだって言ったらしいじゃねえか。サイトウさんは、冷たいけど俺のことをきちんと評価してくれてたんだ。まあ、雑魚って評価は変わってないんだけどな? でも、強くなれって言われたんだ。なら、落ち込んでる暇なんてねーよ!」
かっこいいな、とツバキは思った。
背中の遠さを知り、それでも尚折れない。
折れかけたとしても、もう一度自ら立ち上がることを決意した。
やはり、ツバキはアイベという男の背中を押してやりたいと改めて思った。
「なら、直ぐに復帰しないとっスね!」
「ああ! サイトウさんを朝起こさねーといけないしな!」
願わくば、アイベが折れることなくいつかサイトウの背中に触れる未来が来て欲しい。
ツバキとアイベが窓の外に目を向ける。
窓の外の空は今日も蒼くどこまでも広がっていた。
***
気持ちよく眠っていたサイトウが目を覚ますと、目の前には丘があった。
クレナイのような山ほどではないが、中々に立派な丘だ。少なくとも、同学年の女子よりは発達している。
それと同時に、サイトウは後頭部に柔らかな感触を感じた。
「あ、おはようございます~。ふふ、もう少し寝ていてもいいんですよ~」
おっとりした安らぎを感じる声がサイトウの耳をくすぐる。
そこでサイトウはこちらを覗き込んでくる美少女の顔を見た。
ピンクベージュのフワフワした髪に、垂れ気味な細目。乳白色の肌は近距離から見てもきめ細やかで綺麗だった。
――誰だ?
「まあ、お母さんの顔を忘れてしまうなんて悲しいです……」
――また厄介な女が出てきやがった……。
およよ、と涙を流すフリをする少女を前に、サイトウは自分の女運の無さを嘆きため息を漏らした。
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