第十五話 違うだろ
実地演習の翌日、学園に通う生徒は半分程度だった。
怪我人も多かったせいか、まだ全員が復帰できているわけではない。
いつもはサイトウの横でうるさいアイベも今日はいない。
そんな中、サイトウは布団の準備が出来たという学園長からの連絡を貰い、学園長室に来ていた。
寮に運んでおくように伝えたのに、約束が違うと憤るサイトウではあったが、布団の為なら仕方ないと大人しく学園長室を訪れたのだ。
いつものように流れるように勝手にソファーに腰かけると、サイトウは学園長に問いかける。
――布団はどこだ?
「その前に、君にお礼を伝えさせてほしいんだ。サイトウ君、実地演習で魔族の足止めに加えて、魔族を一人倒してくれたそうだね。ありがとう、この学園を統括するものとして心から感謝する」
学園長直々に頭を下げる。
その価値を理解していないのか、サイトウは興味無さげに耳の穴をかっぽじっていた。
――感謝なんて腹の足しにもならないもんはいらない。布団をよこせ。
恩に着せぬ物言い、そう学園長のオサームは捉えた。
なんだかんだ言いながらも、生徒を守るために魔族の足止めと討伐というオサームの想定以上の活躍をしたサイトウをオサームはやはりただのクズとは思えなかった。
「ああ、布団は今頃君の部屋に運ばれている頃だ。今日の夜にでも使い心地を確かめてくれ」
――んだよ。なら、俺がここに来る意味ね―じゃねーか。
「お礼がどうしてもしたかったんだ。許してくれるとありがたい」
――あっそ。
素気なくそう言うと、サイトウはやけに不満げな表情で静かに立ち上がる。
そして、オサームが用意したお茶に手を付けようともせずにオサームに背を向け学園長室のドアノブに手を掛けた。
それをオサームは引き止めるつもりは無かった。
本来であれば、授業の時間だ。
サイトウが授業を真面目に受けたいなどと思うはずも無いが、学園長として生徒が授業に行こうとしているところを私情で引き留めることは出来ない。
ただ、それでもオサームは一つだけサイトウに問いかけたいことがあった。
「サイトウ君、君の目的はこの学園で果たせそうかい?」
オサームはムラノからサイトウの夢を聞いたことがある。
その夢を聞いたオサームの感想は「無理だ」の一言だった。ムラノもそうだと思っていた。
しかし、サイトウの強さを知るうちに、「もしかしたら……」という感情がムラノには湧いて来た。
それと同時に、サイトウが本気だということを知った。
だからこそ、ムラノはこの学園にサイトウを送り込んだ。
サイトウの夢を知り、サイトウのクソガキさを知り、それでもサイトウに協力してくれる人々とサイトウが出会えることを信じて。
――果たすんだよ。くだらねえこと聞くな、雑魚が。
「これは手厳しい。だが、力強い言葉だ。サイトウ君、覚えておいて欲しい。ここに君を応援している人がいる。君が困った時、必ず力になると約束しよう」
――雑魚の応援なんざいらねーよ。俺を応援する暇があるなら、他の雑魚どもを成長させろ。
折角のご厚意にお礼を告げることも出来ないクソガキさを見せつけ、サイトウは学園長室を後にした。
これにはオサームも苦笑い――ではなく微笑んでいた。
ドMなのだろうか?
「全く、とんだクソガキだね……」
ポツリと呟くと、オサームは机の上にある報告書に目を向ける。
そこにあるのは何人かの一年生たちの名前。
神器解放を成したシルク。
神器解放が出来ないながらも見事な連携で魔族と一時渡り合ったアカネ、ステラ、ツキヒの三人。
シルク同様、神器解放を用いて魔族を聖騎士と共に退かせた入学試験学年トップのエース。
実力は前述の生徒たちに劣るものの、異常なタフさと強靭な精神力で魔族を驚かせる粘りを見せたアイベ。
サイトウの力、教師、聖騎士陣の尽力は言うまでもないが、今年の一年生は近年稀に見る豊作だ。
だからこそ、死者0人という結果になったのだ。
「他の生徒を成長させろ、か。案外、それが一番君のためにもなるのかもしれないね」
決意を新たに、オサームはカリキュラムの見直しを始める。
学園生襲撃など、これまでの魔族はしてこなかった。
確実に魔界でなにか変化が起きている。そして、その変化はいずれ来る大きな戦いをオサームに予感させた。
有事の際において神器使いは真っ先に駆り出される。そこに年齢や立場は関係ない。
つまり、まだ未熟な学園の一年生ですら戦場に立つ可能性があるということだ。
そうなった時、一人でも多くの生徒が自分と誰かの身を守れるように、力を身に着けさせる。
それが学園の長たるオサームに出来る最大の仕事だ。
***
学園長との会話を終えたサイトウは、教室に入りすぐさま自分の席に着いた。
普段であれば、教室に入るなりサイトウにアカネやステラが突っかかって来るところだが、今日はアカネ、ステラ、ツキヒ、シルクの三人の姿はクラスに無い。
静かでラッキーだとサイトウはほくそ笑んだ。
実地演習の反省会と講評などが各自されていく中、堂々と机に突っ伏すサイトウ。
ちなみにサイトウの評定は最低である。
クレナイという魔族一人を偶然とはいえ撃退、更にはスカーという魔族を倒したという個人では最高クラスの結果を残してはいるが、評定者のキッシが途中で気を失ってしまったのだから、仕方がない。
サイトウ自身、実地演習の評定に興味は無いため文句を言うことは無かった。
そして、授業が終わり昼休みがやって来る。
こんな時だけ持ち前の身体能力を活かし、サイトウは食堂へと駆け込む。
――肉、大盛りで。
「野菜もつけとくから食べるんだよ。特に最近は野菜がよく取れるみたいだねぇ、スープもつけとくよ」
――肉だけでいい。
「スープに燻製肉入れてあるから、我慢しな」
――分かった。
いつも通り食堂のおばちゃんとの会話を楽しみ、瞬く間に昼食を終える。
今日のご飯も美味かったとサイトウが昼寝場所を探し、学園内を散策していると珍しくサイトウの下に仮面をかけた少女――ツバキがやって来た。
「あ、いたっス。もう、教室出るの早すぎるっスよ。サイトウさんを探したんスよ?」
――なんだ?
「相変わらず不愛想っスね。まあいいっスけど。用事があるのは、こっちの方々っス」
ツバキの背後にはサイトウと同じクラスの男女が数名複雑な表情で佇んでいた。
名前も知らないクラスメイトが一体何の用だとサイトウは眉を顰める。
「そんな顔しちゃダメっスよ。もっと、笑顔作らないと皆もお礼言いにくいじゃないっスか」
――お礼だと?
「そうっス」
「ツ、ツバキさん。後は私たちが言うよ」
そこで一人の女生徒がサイトウの前に出る。
改めて女生徒の顔を見るサイトウだったが、やはり名前は思い出せなかった。しかし、顔には見覚えがあった。
「サイトウ君、昨日は助けてくれてありがとう」
「「「ありがとうございました」」」
女生徒が頭を下げると、その後ろの生徒たちもサイトウに頭を下げる。
その発言でサイトウは彼女たちがゴミカスに捕まっていた雑魚たちだということを思い出した。
――ったく。どいつもこいつも……。違うだろ。
「え?」
てっきり『お礼するならオレ様を崇め奉れ、雑魚どもめ』くらい言われると思っていた生徒たちはサイトウの予想外の言葉に目を点にする。
――お前らを助けたのは俺じゃねえ。考えなしの雑魚だ。
それだけ言い残すと、サイトウはポカンとした顔の生徒たちを置いてその場を後にする。
その姿に、ツバキは仮面の下でクスッと微笑んだ。
「みたいっスね。自分も、皆を助けるために身体を張って時間を稼いだバカがいるってことは忘れて欲しくないっス」
「え、う、うん」
「じゃあ、自分も行くっス。ちなみに、バカは救護室で寝ているから行けば会えると思うっスよ」
バカ――アイベの居場所だけ告げて、ツバキはサイトウの背中を追いかける。
そして、サイトウの横を歩く。
「サイトウさんは素直じゃないっスねー。アイベさんのこと評価してるなら直接褒めてあげた方がいいっスよ」
――事実を言っただけだ。俺は嘘はつかん。
「やれやれ、不器用っスねー」
――そのニヤニヤした顔を止めろ。ぶん殴るぞ。
「ぶ……!? 乙女にそれは酷くないっスかー? それに、自分の表情は仮面で見えないはずっスよね?」
――舐めるなよ。声色でお前が気色悪い笑みを浮かべていることくらい分かる。それと、俺は女だろうと容赦はせん。
「怖いっスねー。なら、自分も退散させてもらうっスよ」
そそくさとその場から離れていくツバキに訝しむような視線を送った後、アイベは学園の敷地にある木に寄りかかり、いつものように昼寝する。
その口元はいつもよりもほんの僅かだが柔らかかった。
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