第十四話 ゴミカス
クレナイが立ち去った後、サイトウはテクテクと出口に向けて歩いていた。
そして、道に迷った。
帰還率が大幅に上がったとはいえ、迷いの森と名付けられたこの森は目印なしで進めば普通に迷う。
ちょっと近道しよ。こっちの方が出口だったし大丈夫だろ。
そんな甘い考えが通用する森ではないのだ。
しかし、流石はサイトウ。自分が迷っているにも関わらず、自分が迷っていないと信じ切っている。
本来ならもう森の外に出てもいい頃なのに、疑わない姿勢はクズというよりはバカである。
そうして、暫く歩き続けた結果サイトウはスカーとアイベが戦っている場所に辿り着いた。
そこでスカーに誰なんだよ! と言われたので答えた。
――一番強い男だ。
突然現れたサイトウに初めこそ驚いたスカーだが、直ぐに冷静さを取り戻した。
サイトウの手には既に神器であるボロ布が巻かれているが、それだけだ。
あんなみすぼらしい神器が強いはずがない。そう判断したのだ。
「へぇ、君がサイトウか。さっきまで君の仲間と戦ってたんだけどさぁ。弱かったよ! 神器解放も出来ないカス! あははは!」
――それがどうした?
仲間をバカにされているにも関わらず顔色一つ変えないサイトウに、スカーは舌打ちをする。
つまらない。もっと怒れよ。取り乱せよ。
だが、サイトウはスカーが思うような善人ではない。
自分の手下とはいえ、どこの誰と戦いくたばろうが、それは手下の責任だ。
それがサイトウの考えだった。
「まあいいや。ところでさ、君の仲間が僕をイラつかせたんだよね。僕さあ、今凄く不機嫌なわけ。だからさ、君を殺すことにしたよ! 君のことを信じているカスに、君が頼りにしている人間はくそ雑魚のカスでしたって、教えてあげるためにね!」
――おい。
「なあに? もしかして、命乞いしたくなった? ダメダメ、恨むなら君のお仲間を恨むんだね」
――誰がくそ雑魚のカスだって?
ピキピキ。
これまで人のこめかみに何度も青筋を浮かび上がらせてきた、青筋マスターのサイトウのこめかみに遂に青筋が浮かび上がる。
人を雑魚と罵るサイトウは自分が雑魚と呼ばれることは許せなかった。
自分が言われて嫌なことを人に言っていたあたりやはりクズである。
「君だよ、君。もしかして自分が雑魚じゃないとでも言うつもりかい? 笑わせないでくれよ、そんなみすぼらしいボロ布みたいな神器を使う君が雑魚じゃないわけないじゃないか!」
スカーは本来慎重な男である。
自分の勝利が確実なものとなってから相手を煽り、バカにするくらい慎重な男だ。
そんなスカーはアイベという男の登場にイラつき、普段の慎重さを見失っていた。
その結果、スカーはサイトウの実力を測る前にサイトウを煽り、バカにした。
それがサイトウの逆鱗に触れることになるとは思いもせずに。
――二度目だ。一度なら一発ぶん殴るだけで許してやった。吐いた言葉は戻せねえぞ。
ぶんぶんと肩を回し、サイトウはスカーに近づいて行く。
それを受けて立つと言わんばかりに、スカーは木の蔓をサイトウに向ける。
「戻す必要はないよ。だって、事実なんだからねぇ!!」
大量の木の蔓が瞬く間にサイトウの身体に絡みつき、縛り上げる。
その間もサイトウはジッとスカーを睨みつけていた。
「あはは! やっぱりくそ雑魚じゃないか! いとも簡単に捕まってるよ! さて、どうしてやろうか。そのまま木の蔓で潰してあげようか? それとも、この槍で心臓を突き刺してあげようか?」
――ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさとかかって来いよ。
気分よく高笑いしていたスカーだが、サイトウのその一頃にこめかみをピキらせる。
「いいよ、君は僕が直接殺してあげる」
サイトウの目の前まで近づいたスカーが槍を振りかぶる。
「死ね」
――待ってたぜ。てめえが間合いに入って来るのをよ。
次の瞬間、全身に力を込めたサイトウによって木の蔓がはじけ飛ぶ。
そして、サイトウは左手でスカーの振りかぶった腕を掴んだ。
片手で掴んで、片手でぶん殴る。
これがサイトウが今日編み出した必殺のコンボだった。
「は、放せ!!」
スカーの表情に焦りが生じる。
今更ながらスカーは気付いた。サイトウの右拳は己を一撃で屠り得るものだということに。
――意識が残ってたら教えてくれ。俺がくそ雑魚であそこでぶっ倒れている雑魚がカスだって言うならよ、お前はなんなんだ?
「やめ――ッ!!!!」
スカーの顔面にサイトウの右拳がめり込み、そのまま地面にスカーの身体が叩きつけられる。
拳の跡がくっきり残った顔のスカーが地面に仰向けに倒れる。
先ほどまでのやかましさが嘘の様に、その場には静寂が広がっていた。
――返答はなし、か。じゃあな、ゴミカス。
***
(遠すぎる……)
自分が命がけで戦った相手を一撃で屠る憧れの男の背中に、アイベはそう感じていた。
大きく、力強く、だけど遠い。
追いかけるのも辛くなってしまう、そんな遠さだった。
――おい、雑魚。俺は生にしがみつけって言ったはずだが?
「す……すいません……」
いつもの元気はどこへやら、しょんぼりとした表情でうつむくアイベ。
普通の人間なら励ましの言葉でも送るのかもしれない。
しかし、サイトウはクズ。そんな言葉をかけるはずがない。
――おい、俺は疲れた。出口まで運べ。
それどころか、明らかにボロボロのアイベに無理な要求をする始末。寧ろお前がアイベを運んでやれという声があちこちから聞こえてきそうだ。
「すいません……身体が、うごかない……っす」
――ちっ。次があるか知らねーが、もっと強くなれ。戦いが終わった後でも俺を運べるくらいにな。
アイベのことを自分の従者かのように扱うサイトウ。
やはり外道。アイベはこんな男から即刻離れるべきである。
「は、はい!」
しかし、素直なアイベはサイトウのことを激励だと受け取ったらしい。
何故こんなにも純粋で健気な男がサイトウに憧れてしまったのか、残念でならない。
その後、暫くしてから救援の聖騎士や教師たちが辿り着き無事にアイベたちは救助された。
怪我人は多数、聖騎士、教師など含めて重傷者は十数人。
今回の魔族との遭遇により心に深い傷を植え付けられたものも少なくない。
決して軽い被害ではない。それでも、最悪の事態は免れた。
「そうか、死者は出なかったか……。よかった……!」
学園で報告を受けた学園長は安堵のため息を漏らす。
今回の一件、万全の準備を整えたが、被害は出た。それでも、次代を担う者たちの活躍もあり、未来ある若者たちの命は守られた。
魔族五人の襲撃があったものの、死者は0。
今回の戦いは完全に学園側の勝利と言ってよかった。
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