第九話 あいつら連れてどっか行け
「うおおおお!!」
ツバキが牽制と陽動をしている隙に、神器を片手にアイベが飛び掛かって来るイノシシのような姿の魔物を吹き飛ばす。
ハンマーの神器を持つアイベの一撃は大振りで隙だらけだが、重い。
弱点である鼻を打ち抜かれた魔物は悲鳴を上げることもなく、静かに地に沈んだ。
「やった……やりましたよサイトウさん!! どうでしたか!?」
魔物を倒すや否やアイベは直ぐにサイトウに視線を向ける。
そんな視線を気に留めた様子もなく、サイトウは近くの木にもたれかかっていた。
――うるせえ。近くに敵がいるかもしれねーんだ。雑魚を倒した程度で喚くな。
それはサイトウなりのアドバイスだったのかもしれない。
辺境で魔物との戦闘経験が豊富なサイトウは魔界での生存競争に敗れた弱い魔物ほど自然界と魔界の境界に潜んでいることを知っている。
そして、そういう生存競争に敗れた魔物は大抵腹を空かせている。それ故に、魔力の無い人間の気配を察知すると直ぐに襲い掛かって来る。
魔界に限らずだが、こと魔物相手では敵を呼びすぎないことは重要だ。
「この男の言う通りだ。戦場では一瞬たりとも気を抜くな」
「は、はい!」
サイトウ、そして監督である聖騎士――キッシにも注意されたことでアイベが気を引き締め直す。その様子を見たツバキは仮面の下で関心していた。
(傲慢なだけのクソかと思ってましたけど、強いと自称するだけはあるみたいっスねー。まあ、あの人が目をつけてるんだから当然と言えば当然っスね)
――なにみてる?
「いえいえ、なんでもないっスよー。ちなみに、サイトウさんから見て自分の動きはどうっスか?」
――ちょこまかと動き回って鬱陶しい。
「そうっスかー」
偉そうなことを言いながらサイトウは何もしていないのだが、ツバキはサイトウの言葉を悪くは受け止めなかった。
「……お前は何故戦わない?」
三体目の魔物をアイベとツバキが倒したところで、ようやくキッシはサイトウにそう問いかけた。
アイベもツバキもサイトウが戦わないことをよしとしていたがために、これまでは口を出さなかったが流石に見過ごせなかったのである。
しかも、サイトウは偉そうなことを言う割に、神器を構えることすらせず一番隙だらけだった。
――面倒だからな。それに、俺が戦わなくても問題ない。
「そういう問題じゃない。これは演習であり訓練だ。自分の力を過信するのはお前の勝手だが、ここで実践を経験しておくことは必ず将来に役立つ」
――実戦なら経験済みだ。
「なら、仲間と共に戦うことを学べ。一人での戦いにはいずれ限界が来るぞ」
――限界が来たら考える。
「それでは遅いと言っているんだ!!」
顔も見ようとしないサイトウの態度に冷静な聖騎士であるキッシもピキピキと青筋をこめかみに浮かべ始める。
「キッシさん、落ち着いてください。サイトウさんは俺たちに経験を積ませてくれてるんですよ!」
「いや、だがな……」
――戦っている本人がそう言っているんだ。構わないだろう?
「くっ……! なら、君はどうだ? 君はこの男が戦わないことに納得いかないのではないか?」
「別に自分は気にしてないっスよー。まあ、流石にピンチになったら手助けして欲しいっすけどね」
憐れ、キッシ。
間違いなくこの場で正論を言っているのはキッシだが、多数が白と言えばそれが黒だろうと白になるのがこの世界である。
――分かったら黙って雑魚どもを指導してやるんだな。
唇を噛み締め、サイトウを睨みつけるキッシだが、飄々とした様子のサイトウを見て無理だと悟ったのか、サイトウから視線を外した。
その後も、アイベとツバキは危なげなく魔物たちと戦い着実に経験を積んでいった。
神器解放という神器の力を最大限引き出す奥義をアイベもツバキも使えるわけではないが、それでも弱い魔物に苦戦しない辺り、二人の実力が学園でも高い方だということが伺える。
実際、キッシも二人を有望株だと評価していた。
サイトウ?
生意気なクソガキという評価である。このまま一度も戦わなかったら問答無用で最低評定を付けてやるとキッシは心に決めていた。
しかし、順調に進んでいる時こそイレギュラーとは起きるものだ。
その異変に真っ先に気付いたのはサイトウだった。
――誰だ?
木にもたれかかっていたサイトウが突然一歩前に出て、森の奥を睨みつける。
突然の行動に他の三人はポカンとした表情を浮かべていたが、少し遅れてキッシも奥にいる者の気配に気づいたのか腰に提げていた神器の柄に触れる。
「フフフ、十一日ぶりだねぇ。あんたを殺せるこの日が来るまでに何年も経過したんじゃないかってくらい待ち望んだよ」
不気味な笑い声と共に姿を現したのは褐色肌にコウモリのような羽をした露出が異常に多い痴女魔族――クレナイだった。
「魔族か……! 三人とも私の後ろに!」
クレナイが魔族であることにいち早く気付いたキッシは神器のロングソードを抜き、サイトウたちを守る様に前に立つ。
(魔族が現れるかもしれないとは聞いていたが、この魔力……くそっ! 相当強い……!)
聖騎士として十年以上戦い続けているキッシだからこそ分かる。
目の前の魔族はその辺の魔物とは格が違う。キッシ一人で戦っても勝ち目は薄い。
そう感じるほどの実力者である、と。
「三人とも、来た道につけたマーキングは覚えているな? 直ぐに来た道を引き返し――」
「さあ、思う存分やろうよ。サイトウ」
キッシが意識をサイトウたちに向けた一瞬、その一瞬の間にクレナイはキッシの横を通過し、サイトウの目の前に接近していた。
その動きにアイベもツバキもまるで反応できなかった。
「サ、サイトウさん!!」
――静かにしてろ。
直ぐにアイベがサイトウの下へ向かおうとするが、それをサイトウは手で制止する。
今がどういう状況下は流石にクズのサイトウでも理解できていた。
――ちっ。変態が。ストーカーかよ。
「ああ、いいよ。その生意気な口を聞くだけで怒りが湧き上がって来る。あんたみたいに殺すのに躊躇せずにいられる奴はレアだからねぇ。さあ、やろうか!!」
――嫌だって言ったら?
「逃がさないよ」
次の瞬間、クレナイがかざした手から衝撃は放たれ、サイトウの身体は木をなぎ倒しながら吹き飛んでいく。
「サイトウさああああん!!」
吹き飛んでいったサイトウの下へ、たまらずアイベが駆けつける。
そこでアイベが見たのは力なく仰向けになるサイトウの姿だった。
「そ、そんな……サ、サイトウさん……! 嘘だ、あんたがこんな簡単にやられるはずがねえ!! 嘘だって言ってくれよサイトウさああああん!!」
――うるせえ。
アイベに肩を揺すられなくり、嫌々サイトウが身体を起こす。
害虫レベルに生命力があり、しぶといサイトウがそう簡単に死ぬはずがない。
この男、戦うのが面倒という理由で死んだふりをしてやり過ごそうとしていたのである。
しかし、アイベの声のうざさに思わず声を出してしまった。
「サイトウさああああん!!」
――うるせえよ。ちっ、死んだふりは無理か。
「当然、この程度であんたが死ぬはずないよね。さあ、早くあんたからもかかってきなよ!」
吹き飛んだサイトウの下にクレナイが宙を飛び、やって来る。
そのクレナイに向けてアイベが神器を構えようとするが、それをサイトウが止める。
これからの学園生活を考えた時、うるさいが役に立つアイベがいなくなることはサイトウとしても面倒であった。
――おい、雑魚。
「はい!!」
――あいつら連れてどっか行け。
「で、でも……!」
――二度は言わねえ。雑魚は雑魚らしく生にしがみついてろ。
「ッ! 分かりました……ッ」
サイトウの本気の眼差しに、自分に出来ることはないと悟ったアイベは己の無力さに歯噛みしながらもツバキとキッシと共にその場を離れるべく走り出す。
クレナイとしてもサイトウとの一騎打ちは望むところであり、アイベを止めようとはしなかった。
しかし、この場でサイトウを一人魔族と戦わせることをよしとしない人物がいる。
そう、キッシだ。
キッシは生徒たちを守るためにこの場にいる。生徒に守られることが仕事ではない。
「待て! 魔族、戦いたいなら私が相手だ!」
「さて、サイトウ。アタシがどれだけあんたを殺したかったか分かるかい?」
震える体に鞭を打ち、魔族に果敢に立ち向かおうとするキッシ。
そんなキッシの覚悟を嘲笑うように、クレナイの視線はサイトウだけに向けられていた。
「おのれ……! ならば、意地でもその目をこちらに向けてもらおう!! 神器解放! 我が魂の輝きよ、今刀身に宿り悪しきものを討ち払いたまえ!!」
キッシが叫ぶと同時に、キッシの手のロングソードが眩い輝きを放つ。
輝くロングソードを両手で握り、力強くキッシは地面を踏み抜いた。
「うおおおお!! シャイニング・スラアアアッシュ!!」
「うるさいねぇ」
だが、キッシの渾身の一撃はクレナイの手から放たれた衝撃波により打ち砕かれ、キッシの身体はそのまま岩肌に激突した。
「おっと、あんたの仲間だったかい? そいつは悪いことをしたねぇ」
――気にすることは無い。雑魚が負けただけだ。
「あんた、割とドライなんだね」
最初こそサイトウの苦しむ表情を見ることが出来るかもしれないと、ニヤニヤしていたクレナイだが、キッシがやられても顔色一つ変えない姿に落胆を通り越して、少し引いていた。
「まあいいさ。これでもう邪魔者はいない……! さあ、思う存分殺し合おうじゃないか!!」
――流石に死ぬのは御免だからな。来いよ。
ポケットから取り出したボロ布の神器を拳、そして足に巻きサイトウが構える。
そして、二人の拳が衝突した。
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