91 アンジェラ、目が点になる
11/20 本日『顔が見分けられない伯爵令嬢ですが、悪人公爵様に溺愛されています2』発売です!
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──ああ、笑っちゃいそぉ。
肩を僅かに震わせるアンジェラは枢機卿がつらつらとそれらしく喋る姿に笑ってしまいそうだった。
アンジェラは王位継承権代理争いが行われると知ったとき、まずは枢機卿を手中に収めることに尽力した。遠縁だったことと聖職者らしからぬ欲望を持っていたためにそれはいとも簡単だった。
サラが勝てば身辺調査が入るかもしれない、とも脅してあるため、我が身が可愛い枢機卿でも何か起こったとしても手のひらを返すことも出来ない。教皇に毒を盛ったことを知られてしまえば身を滅ぼすことくらい分かっているのだ。
王位継承権代理争いの説明の際は念の為に『幸運な女性が選ばれる』と文言を付け加えさせたのもアンジェラだ。『運』とは何て便利な言葉だろうか。
(まさかサラがここまで教養が高いだなんて思わなかったけれど、今となっては関係ないわぁ)
いくらサラが優秀だろうと『運』は平等だ。
──否、意図的に作られた『運』はもはや平等ではない。サラに対しては不利でしかなかった。
枢機卿が箱から手を出すと、一枚の紙を取り出す。
修道士が箱を受け取り後ろに下がったのと同時にぺらりと開かれると、枢機卿はそれを周囲に見せながら読み上げた。
「アンジェラ・エーデルガント! 神に選ばれた幸運な女性はアンジェラ・エーデルガルト侯爵令嬢である!!」
「嘘ぉ! 嬉しいですわぁ!!」
(なーんちゃってねぇ)
自らの名前が読み上げられることをアンジェラは知っていた。というよりは、アンジェラの名前しか呼ばれるはずがなかったのだ。
実はというと、先程枢機卿がサラの名前が書かれた紙を引き当てたとき、周りにバレないように端に折り目を付けておいたのである。
そうすれば手の感覚だけで二枚の紙のうち好きな方を引き当てるほうが出来る。
事前にアンジェラが提案した策は、見事なまでに上手く行ったのだった。
「サラ様ごめんなさいねぇ? けれどこれは『運』ですからぁ」
「はい。もちろんですわ」
(ふふっ、強がっちゃってぇ)
代理争いの勝敗の殆どはこれで決まったようなものだ。
アンジェラはいつサラの表情が崩れるかとワクワクしながら、じっと見やる。
(何で平然としてるのよぉ……!)
焦りや絶望の表情が見たかったというのに、サラは前を見据えたまま表情を一切崩さない。
自信の現れなのか、それとも勝負を投げたからなのか、アンジェラには判断がつかなかった。
とはいえどちらにせよアンジェラが有利なことは変わらない。
この日のために準備をしてきたアンジェラに死角はなかった。
アンジェラはバサッと扇子を開いて緩んでしまいそうな口元を隠してから、王の間の下座の方に振り返る。
「私の問題は人を使いますの。ティアとマイアー、こちらへいらっしゃい」
「…………?」
後列にいたティアとマイアーは使用人たちを掻き分けて前へと出て来る。
そんな二人をじっと見るサラをアンジェラは横目に見ながら「ふふふ……」とほくそ笑んだ。
(涼しい顔をしていられるのも今のうちですわぁ)
二人はいつものお仕着せ姿のままゆっくりと歩いて来ては、サラとアンジェラの目の前で足を止めた。
「ティアとマイアー、貴方達は今から私が許可するまで発言は許しませんわぁ。それと余計な行動は控えてくださいねぇ?」
「「…………」」
アンジェラの言いつけを守り、二人はコクリと頷くだけに留めた。
「ではサラ様ぁ。私からの問題ですわぁ。簡単ですからご安心くださいませぇ」
アンジェラがティアたちに一瞥をくれると、二人は肩をビクつかせた。
「私付きの使用人、ティアとマイアーですがぁ……。さて、ティアはどちらでしょうぉ?」
「…………!」
数日前ラントが告げた──サラは顔が見分けられないという症状を患っているという弱点。
アンジェラは直ぐには信じられなかったが、伝手を使って調べさせると稀にそういう人間が実在することが分かった。オルレアンが他国に比べて医学が進んでいたので分かったことだ。
サラが顔が見分けられないという事実について裏付ける証拠は無かったが、そもそもそういう症状があることは殆ど認知されていない。特に医学があまり進んでいないキシュタリアでの認知は皆無だっただろう。
そんな中でサラは自身がそうだと言ったのだ。
アンジェラは間違いなく本当だろうと確信した。
何より、サラが弱点を吐いた相手がアンジェラや王妃、フィリップだったならば最後の最後まで疑っただろう。
みすみす敵に弱みを見せるほどサラもお人好しではないはずだ。
しかしサラが弱点を吐いた相手はラントだった。
ラントの裏の顔は王妃に脅されてサラの監視役を任せられていた訳だが、サラがそれを知っているはずがない。
自分の味方だと思ってラントに顔が見分けられないことを告げたが最後、サラの最大の弱点はアンジェラ一行に知られることになったのだった。
(ほんっとぉ、馬鹿なサラぁ。ラントに言わなきゃ、こんな目にあわなかったのにぃ)
勝つためには手段を選ばないというアンジェラの考え方は最初から変わっていない。
しかし今後のことを考えるとアンジェラがサラに情けをかけた上で勝つ、というのが最高のシナリオだった。
というのも、オルレアンの王宮内でのサラの人気は日に日に鰻登りだった。
そんな中でアンジェラがあまりにも無慈悲な問題を出してサラに勝ったところで、家臣や使用人はどう思うだろう。最悪の場合やり直しを申し立てる者も現れるかもしれない。
実際それが通るかどうかは別問題だが、そういう話があがるだけでアンジェラの王妃という地位に傷が付くのは想像に容易かった。
望まれない王妃として、あの残念なフィリップの隣に座るだなんてアンジェラのプライドが許せなかった。
しかし、サラが使用人に対しての問題で間違えたら、周りはどう思うだろう。
いくらアンジェラ付きの使用人とはいえ、サラが使用人たちと交流を深めていると知っている皆からすれば、アンジェラの出した問題は比較的易しいものに映っているはず。
サラならばきっと分かる。分かってくださると、信じてやまないはず。
そんな中でサラが間違えること即ち、王宮内での人々の信頼があっという間に瓦解するということ。
(ああっ、楽しいぃ! 何て楽しい時間なのかしらぁ!)
「………………」
「どうされましたぁ? サラ様ほどのお方ならば簡単に見分けがつくんじゃありませんことぉ? ほらぁ、二人の顔を良く見てくださいなぁ。似ていますけれども良く見れば全然違いますわぁ! 目の位置や眉毛の形、唇の形なんかも……ふふっ、とっても簡単ですことよぉ?」
なんて言ってみたものの、実際アンジェラにも二人の顔の違いなんて分からなかった。
アンジェラが今までティアとマイアーを判断出来たのは髪の毛の長さだけだ。おそらくアンジェラだけではなく、そこで区別している人間が大半だろう。
ラントの話から察っするところ、おそらくサラも髪型で見分けていたに違いない。
もし声で見分けていたとしても、アンジェラが発言を許さないと言った時点でその懸念は解消されている。行動も控えさせたため、特徴的な動きをすることも出来ない。
さすれば余計にサラは二人を髪の毛の長さで判断する他なかった。
ショートヘアがティア。ロングヘアーがマイアー。
今まで通りならばそうだった。きっとサラは当てることが出来ただろう。
しかし残念なことに、二人の髪の毛の長さは今、入れ替わっている。
(可哀相なマイアー。あんなに長かった髪をばっさり切られてぇ。まあ、切ったのは私ですけれどぉ)
長かったマイアーの髪の毛は昨夜、アンジェラの手によって肩につかないくらいにバッサリと切られた。その後にはプロに整えてもらい、ティアと瓜二つの髪型へと変わっていたのだった。
今朝方アンジェラの自室に呼び出されたティアは、先に部屋にいた妹のマイアーの髪がショートヘアになっていたことには驚いたものだ。そしてロングヘアーのウィッグを渡されたとき、アンジェラが何をしようとしているか瞬時に理解出来た。
「もう良いですかぁ? そろそろ彼女の前に立って名前を呼んであげてはいかがですぅ? 勘なんておやめくださいねぇ? ちゃんと理由も答えてくださぁい」
これで適当に答えて当たってしまうことも回避できた。
アンジェラはもう確定した未来に堪らず「ぐふっ、げふっ」と汚い笑い声が漏れてしまう。
──そんなときだった。
サラが抑揚のないど小さな声で、アンジェラに問いかける。
「一つだけ、ティアとマイアーに質問をしたいのですが宜しいですか? 二人は挙手するだけで声を出さなくて構いません。質問の内容も二人がどちらか分かるようなことは聞きませんから」
「えぇ〜どうしようかしらぁ?」
「慈悲深いアンジェラ様、どうかお願い出来ませんか?」
「……まあ、良いですけれどぉ?」
(これを受け入れてこそ王妃の器よねぇ。ふふ、私ったら優しいわぁ。もっと縋るように頼んできたならばなお良かったけれど、まあ良いわぁ)
許可を得たサラはアンジェラに軽く頭を下げてから、二人を見据えた。
真っ直ぐな瞳がティアとマイアーを射抜き、二人は堪らず生唾を飲み込む。
同時にサラはゆっくりと口を開いた。
「二人はこれからの未来に変化を望むかしら?」
「「…………!!」」
(何よその質問……くっだらなぁい……苦し紛れも良いところだわぁ)
質問を投げかけられた二人は目を見合わせると、再び前を見据えてゆっくりと手を挙げる。
ロングヘアーのメイドが左手を、ショートヘアのメイドが右手を上げたのを確認したサラは「ありがとう」と穏やかに微笑んだ。
サラの柔らかな笑みに、二人は罪悪感で泣いてしまいそうになるのを必死に堪える。
「もう良いですかぁ? 早く選んでほしいのですけれどぉ」
「ええ。分かりました。……ティアは────」
──刹那の沈黙。
コツン、とサラが一歩踏み出したことが王の間に響き渡る。
「ティアは貴方のほうね」
サラはロングヘアーのメイドの前に立ってそう言うと、ロングヘアーのメイド──ティアは、ぶんぶんと何度も首を縦に振る。
そして、すぐさま自身の頭に手をやったティアは、バサリとウィッグを取ったのだった。
「そう。それを被らされていたのね。……まさか、マイアーの髪の毛は──」
「ち、ちょっと待ちなさいよおおおお…………!!!」
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