89 カリクス、サラの心の内を暴く
「強硬手段……?」
理解が追いつかずオウム返しになるサラ。
カリクスはサラの手首を掴んだその手をぐいと引き寄せるように力を込め、もう片方で腰を支えてサラを自身の膝の上に乗せる。
ソファに深く腰掛けたカリクスの膝の上に背中を預けるように座らされたサラは、声にならない声を上げた。
「っ、えっ、へ……っ!?」
カリクスの両腕が後ろから包み込むように回される。お腹辺りをきっちりホールドされれば、サラはほとんど身動きが取れなくなった。
「大丈夫。これ以上何もしないから」
「大丈夫じゃありませんわ……! 今日は本当にだめなのです……! 心臓が止まってしまいます……っ」
「ふ、止まらないから大丈夫。逃げようとするなら抱き締めるだけじゃ済まないかもしれないが」
「逃げられないのを分かって言ってますわね……!?」
(脅し文句がこんなに甘いなんて狡い……!!)
おそらくカリクスは至極楽しそうな顔をしているのだろう。それだけは経験上分かるものの、だからどうすることも出来ない。
カリクスに囚われたが最後、サラはドロドロに甘やかされる未来しか残されていないのだから。
カリクスの行為を受け入れたとしても内心はドキドキで堪らないサラは、自身を落ち着かせるためにそっと目を閉じる。
ぎゅっと全身に力が入ったサラの首筋に、ゆっくりとカリクスの唇が近付く。
「──サラ」
「!? ……っ、ふふ、あははっ、……やめっ、おやめくださっ、ふふっ……はは……っ」
首筋にふぅ、と息を吹きかけたり舌を這わせばサラは堪らず笑いだした。
弱点が首辺りだということを知っているカリクスはしばらく首筋に刺激を与え続けると、ゆっくりと唇を離す。
笑い疲れたサラの身体がくた、と力が抜けたことを確認すると、カリクスはゆっくりと口を開いた。
「なあ、サラ」
「カリクス、様……?」
その時、空気は一転する。後ろにいるカリクスの表情が真剣なものになったことも容易に想像でき、サラはドキリとした。
急な変化に驚いたからではなく、自身の心内がカリクスに筒抜けなのだろうと、このときサラは悟ったからである。
実のところ、日に日に王位継承権代理争いが進む中で、サラは体調を崩したことも相まって不安で堪らなかった。
周りからの期待をいっしんに背負い、どうしても勝たなければいけないと思うほどに、相反する逃げ出したいという気持ちが見え隠れしていたのだ。
しかしそれを誰にも吐き出せなかった。それは婚約者であるカリクスにも、同じことだった。
弱音を吐いて幻滅されるかもと思ったから、なんてそういう理由ではなくて。
「明日の代理争いは何が起こるか分からない。だが私には──サラが勝つ未来しか見えないんだ」
「……っ」
「負けても大丈夫だと言おうかとも思ったんだが──済まない。私にはどうしてもサラが負ける姿が想像出来なくてな。だからこれだけ言っておく」
カリクスのサラを抱き締める腕に力がこもる。
心地よい圧力に、サラは抵抗することなく受け入れた。
「信じている。何が起こってもサラなら乗り越えられる。──大丈夫。きっと大丈夫だ」
「…………っ」
言葉の凄さを、サラはよく知っている。
思っているだけではなく、声に出すとそれが自分自身の感情をより強く揺さぶるものだということを、誰より知っているのだ。
だからこそサラは不安を口に出来なかった。
自分が不安に思っていることを、自分自身にわざわざ突きつけたくなかった。
しかしながら、再三だがサラは言葉の凄さをよく知っている。
辛い言葉を吐き出せば自身の心をより揺さぶるように、励ましの言葉は悩みの全てが吹き飛ぶくらいに凄まじい効果を発揮することも。
それが愛してやまないカリクスの言葉ならなおさらだった。
サラはふるふると震える手で、自身のお腹辺りに回されたカリクスの手にそっと触れる。
「カリクス様にそこまで言われたら……負ける気がしませんわ。絶対に、勝ちます……絶対に……っ」
王妃という立場や権力には興味はない。そういうものに一切サラは心惹かれなかった。
けれど民に幸福をもたらすためにも、ティアやマイアー、ラントのような酷い扱いを受ける者を無くすためにも、サラは勝って王妃の座を我が手に。そしてカリクスを玉座に座らせるほか道はない。
サラはそろりと再び目を閉じる。
それからゆっくり開くと、その眼差しにはもう揺らぐことのない強い覚悟が宿っていたという。
◆◆◆
同時刻。
キィ……と控えめに扉を開ける音に、アンジェラは待ってましたと言わんばかりにドレスをなびかせる。
ふわっと踊るように揺れた豪華なドレスから覗く足は、扉の近くで止まった。
「早く入りなさいよぉ」
「失礼いたします……」と怯えた声に、アンジェラはふんっと鼻を鳴らす。
招いた人物を部屋の奥にある姿身の前に立たせると、アンジェラは後ろから覗き込むようにしながら両肩に手を添えた。
ニンマリと微笑んでから、アンジェラは口を開いた。
「お前みたいな人間が役に立つときが来るとは思わなかったわぁ? ふふふっ」
「…………っ」
アンジェラは肩から手を離すと、その人物の背中まで伸びた髪を思い切りぐいと引っ張った。
「いっ、痛いです……っ」
「あらぁ、そぉ? 長くて邪魔だったからついぃ」
悪びれる様子は一切なく口をニヤけさせているアンジェラは、手を離してからコツコツとヒールの音を立てて部屋の中心にあるローテーブルへと向かう。
事前に用意しておいたハサミを持つと、再び姿見のところへと戻ってきたのだった。
「アッ、アンジェラ様……何を……っ」
「勘が悪いのねぇ? 邪魔だから私自らが切ってあげるって言ってるのよぉ!!」
「……!? おやめくださ──」
──ジョキッ!!
「キャーーーッ!!! 嫌ぁっ! やめてください……!」
「煩いわねぇ!! ギャアギャア騒ぐんじゃないわよぉ!」
──バサリ、と束になって床に落ちる髪の毛に絶叫し座り込む相手に対して、アンジェラはまだ長さを保っている部分の髪の毛をがしりと掴む。
容赦なくジャキジャキと切っていくと、座り込む人物の周りには自身の髪の毛が大量に視界に映った。
「酷いです……いくらなんでも……っ、こんなこと……!」
「後でちゃんとプロに調えさせるわよぉ。明日の代理争いが終わったら謝礼金もあげるしぃ。言ったでしょう? 私の役に立てるんだから誇りに思いなさいよぉ」
粗方切り終わったのか、満足そうに微笑んだアンジェラはハサミを床に放り投げる。
キン……と金属が床に接触した高い音が部屋に響いた。
「ふふ、サラの絶望する顔が楽しみねぇ。大勢の前で私には敵わないことを深く自覚すると良いわぁ。『容赦しません』はこちらのセリフなのよねぇ?」
アンジェラは明日が楽しみで仕方がない。
サラが絶望して俯く姿を想像して、カリクスがサラを選んだことを後悔して、周りがサラの敗北は必然なのだと理解して。──そして、王妃の座はアンジェラのものとなる。
「早く明日が来ないかしらぁ」
恍惚の表情で呟いたアンジェラに相反するように、座り込んだ人物は涙が止まらない。
「ごめんなさいサラ様……」とぽつりと呟いた言葉は、アンジェラの耳には届かなかった。
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