86 カリクス、マグダットと密会する
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サラが体調を悪くしてから三日目の12月21日。
王位継承権代理争いがもうそろそろという中で、サラの体調はまだ全快とは言えなかった。
熱は下がったものの体の気怠さは残り、部屋の中で過ごす日々が続いている。何もしないのは暇で仕方がないので本の虫になっていることは想像に容易かった。
そんなサラの自室に、朝方足を運んだカリクス。セミナが居るので起きているのかと思ったが、いまだサラはベッドですやすやと眠っているのでミルクティー色の髪の毛をさらりと掬うだけにとどめた。
「良く寝ている」
「はい。溜まった疲れがまだ取れていないのでしょう。それに昨日は寝る前に本を読んでおられました。もしかしたら夢中になってしまったのかもしれませんね」
読書ができるくらいには回復したならば良いことではあるのだが。
カリクスはそんなことを思いながらも、ベッドサイドにある栞が挟まれた本を手に取る。おそらくこれがサラを虜にした本なのだろう。
「これは……双子を題材にして書かれたものか」
表紙には鏡合わせのように立つ二人の少女が描かれている。おそらくアンジェラ付きのメイドのことを気にかけて読んでいたのだろう。
「優しいな、君は」
眠っている婚約者が起きないように小さくそう言って、本を元の場所に戻すカリクス。
後ろに控えているセミナもまた、サラを起こさないように小さな声で問いかけた。
「昨日は急いで仕事を片付けていらっしゃったようですが、今日は外出でも?」
「ああ。友人のノロケ話でも聞きにな」
◆◆◆
カリクスの元へとある人物から手紙が届いたのはサラが体調を崩した日のことだった。
カリクスはその手紙を読むとすぐさま予定を確保し、そして今日、オルレアンの市街地まで足を運んだ。
貴族とはバレないように豪華な装飾のない地味な装いに変えて、目深に帽子をかぶることで顔も隠す。
「アーデナー、ひひひ、久しぶりだね……」
待ち合わせ場所──オルレアン市街地の中心にある噴水の前で声を掛けられる。
久々にアーデナーの姓で呼ばれ、カリクスは懐かしい気持ちが込み上げてきながらもその場では何も語らず無言で歩き出すと、近くの『CLOSE』の看板が置いてあるバーに入っていく。
男は慌ててカリクスについて行き、キョロキョロとバーの中を見渡してから誰もいないバーカウンターに腰を下ろした。
カリクスが帽子を取って一席開けて座ったところで、男はおずおずと口を開く。
「ひっ、久しぶりだねアーデナー、いや、オルレアン」
「お前にそう呼ばれるのは慣れないな。ああ、そういえばメシュリーとの婚約おめでとうマグダット。いや、義父様?」
「そそそ、その呼び方はやめてくれ……!!!」
眼鏡の奥の黒目がキョロキョロと動き、相変わらず挙動不審なところが変わらないマグダット。
髪の毛のボサボサ加減が少しマシになったような気がするのはメシュリーのおかげだろうか、なんてカリクスは頭の片隅で考えていた。
「そ、それで……ぶつぶつ……王子様がこんなところにいて……ぶつぶつ良いのかい?」
「ここは夜にだけ営業する店でな。信頼できる部下にこの店を少しの時間使えるよう手配してもらった」
「なるほど……そういえばサラさんは元気かい……? 手紙には……ぶつぶつ……代理争いが終わるまでは王宮の外に出られないと書いてあったけれど……」
「……三日前疲労で倒れた。今はだいぶ元気になったがな」
「そうかい……」というだけで、マグダットは深く話を掘ることはなかった。カリクスが悲しそうに言うので、掛けられる言葉が見つからなかった。
「お前の方はどうなんだ」
「僕……?」
「陞爵が無事認められ元アーデナー領地の領主となった、と一昨日ヴァッシュからの手紙に書いてあったが。そこのところはどうなんだマグダット公爵閣下」
「ヒィィィ……!! 今は公爵であることを忘れさせてくれよぉ……! 凄い重圧なんだよぉ……良く君はあんな大変な仕事をずっとやっていたね……尊敬するよぉ……メシュリーが居なきゃ絶対に仕事が回らない……植物の研究の時間をとるために仕事をしているようなものなんだよぉ……!!」
つまるところどうにかなってはいる、ということだろう。
カリクスはいつものように、ふ、と小さく笑った。
マグダットの陞爵に関しては本人の植物研究の実績によるところもあるが、最も影響したのがメシュリーとの婚約だ。
王女であるメシュリーを降嫁させるにあたって子爵ではいくらなんでも体裁が悪い。
ローガンが働きかけたこともあって、マグダットが公爵に陞爵するのは当然の結果と言える。
「屋敷の者たち含め民のことを頼む」
「……そ、それは当然のことさ……引き受けたことは……ぶつぶつ……ちゃんとやるよ……メシュリーも手伝ってくれることだしね」
『メシュリー』とさも自然と呼ぶ友人に、あのマグダットが……という気持ちが再び込み上げてくるが、カリクスはそれをぐっと押し込んだ。
忙しい中でオルレアンまでやってきてくれたマグダットに、カリクスは聞かなければいけないことがあったのだった。
「話は変わるが──教皇のところにはもう行ったのか」
マグダットがオルレアンを訪れた一番の目的こそが教皇に会うことである。
何者かに毒を盛られたのか、それが植物由来のものならば解毒できるのか。今回の王位継承権代理争いに巻き込まれたための事件だった場合、カリクスとサラは全貌を知らなければならなかった。
「ああ。そのことなら……ぶつぶつ……もう全て終わった。メシュリーが調べたことも含めて詳細はこれに書いてある。……まさかこんな場所を用意してくれるとは思わなかったし……ぶつぶつ……書面のほうが後々良いかと思って……って、メシュリーがアドバイスをしてくれて」
「流石メシュリー」
「僕だって良い仕事したと思うんだけどな……!?」
懐かしい掛け合いに表情を緩ませるカリクスは、帰りの馬車で手紙を読もうとジャケットの内ポケットへと忍ばせた。
難しい話は一旦終わりにしようと告げたカリクスは、バーカウンターに頬杖をついて横目にマグダットを見た。
ニヤリとつり上がった口角に、マグダットは嫌な予感しかしなかった。
「メシュリーのどこを好きになった。──というより、あれだけ結婚は絶対になっていないと言ったお前がメシュリーを婚約者にした決め手は何だ」
「絶対に聞いてくると思ったよぉ!! 面白がってるんだろう……!?」
「半分は。だが半分は純粋に疑問だ。不義理な男じゃないことは知っているが、恋愛の『れ』の字も知らんお前がいきなり婚約、しかも相手は王族。サラも心配していたっけな。娘の憂いを払うのも養父の努めじゃないのか」
「くっ〜〜!!!」
サラの名前を出すあたり策士である。そもそもマグダットがカリクスに口で勝てるわけがなかった。
マグダットはカウンターに両肘をついて「ハァ〜」と大きく息を吐き出しながら頭を抱えると、渋々口を開く。
「女性に慣れていない僕に積極的に話しかけてくれたり好きだと伝えてくれたり、献身的に支えてくれるし……それなのにたまに話しかけたりありがとうと言うと顔を真っ赤にして喜んでくれて!! それがなんともギャップがあって可愛くて僕も彼女の気持ちにこたえ──」
「それで粘り負け、とはな」
「そうだよ……手紙には粘り負けって書いたけど、僕はメシュリーが大好きなんだよぉ……悪いかよぉ」
本音をぶちまけてついにカウンターに伏せてしまったマグダット。
ちらりと見える耳は真っ赤に染まっており、その心情を察するとカリクスは喉をくつくつと鳴らす。
もちろん馬鹿にしているのではなく、マグダットにも人並みの恋愛感情があったのかという喜びであった。
「……何も悪くないだろ。幸せにな」
「……うん、ありがとう…………」
「…………初夜までは我慢しろよ」
「君と一緒にしないでくれ……っ!!!」
読了ありがとうございました。
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