84 サラ、センサーが鈍る
アンジェラとのいざこざの次の日の12月18日、サラは気怠い朝を迎えた。
毎日スッキリ起床とまではいかないものの、基本的には寝起きの良いサラにしては珍しくベッドの上でゴロゴロと寝返りをうっている。中々起き上がれないでいると、ノックの音が聞こえたので、ゆっくりと身体を起こした。
身支度のために部屋を訪れたセミナは、未だベッドの上に座るサラに珍しい、と声を漏らす。
「おはようございますサラ様。あまり寝られませんでしたか?」
「おはようセミナ。どう、かしら……寝たつもり、なんだけど」
明確に頭が痛い訳でも喉が痛いわけでもない。気怠いくらいなら問題ないだろう。
ここ数年風邪を引いている余裕もなかったサラは自身の体調のセンサーが鈍くなっているのか、大丈夫だろうと自己完結をしたのだった。
それからサラはカリクスと朝食を共にすると、手に包帯がぐるぐると巻かれていることに気が付く。
何やら視線を感じたカリクスは「うん?」と少しだけ首を傾げた。
「その怪我、どうなされたのですか……? 昨日話したときにはなかったように思うのですが……」
「ああ。これはサラと別れた後に少しな。大袈裟に手当してあるだけだから心配はいらない」
「本当ですか……?」
声色だけでは判断ができず、無理をしていないだろうかと心配するサラは行儀が悪いことは承知の上で一度立ち上がると、身体を前のめりにしてそっとカリクスの頬に手を伸ばした。
「嘘は……ついていませんね」
「凄いな。頬を触れば分かるのか?」
「何となくですが……頬が緩んでいて緊張していないようなので……本当なのかなと」
「サラに触れられるのが嬉しくてニヤついているという可能性も無くはないが」
「!? もっ、もう……!!」
バッと頬からサラが手を離すと、その手はカリクスにすぐさま掴まれてしまう。
サラは顔を真っ赤にして「離してください……!」と懇願するものの、それは叶わなかった。
いつにもまして顔が赤いサラに、カリクスは違和感を覚えて問いかける。
「待てサラ。熱がないか?」
「えっ──」
そこからの出来事といえば、目にも留まらぬ速さで過ぎていった。
カリクスがサラの手の熱さを指摘してから直ぐに額に手を当てられ、その冷たさにサラはうっとりとした表情を見せる。
カリクスは普段からそれ程手が冷たいタイプではないので、サラが熱に蝕まれている証拠だった。
カリクスは急いでセミナを呼ぶと、着替えを準備させた。その間にカリクスはサラを横抱きにして部屋まで運ぶと、とりあえず横になった方が良いだろうと優しくベッドへと寝かせたのだった。
カリクスは椅子をベッドの側まで運んでそこに腰掛ける。
その頃にはサラの顔は頬だけでなく全体的に真っ赤だった。
「いつから体調が悪い」
「起きたときから……怠いなぁ、とは」
「何故それを言わない」
「申し訳ありま……せん、大丈夫、だろうと……自己判断をしてしまいました……」
いつもの包み込むような優しいカリクスの声は、今に限っては少し冷たい。
体が怠いことも相まってかサラはそのことにショックを受けてしゅん……と落ち込むと、布団を頭の上までガバリと被って顔を隠した。
(そうよね……こんな大事なときに体調を崩して迷惑をかけて……)
情けない、情けないと自分を責めるサラ。
本当なら今日も書庫に行って勉強をするつもりだった。使用人たちからオルレアンの話も聞きたかったし、まだ完全には覚えられていない王宮で働く人達のことを覚えるために挨拶に回ろうとも思っていた。
しかしそれは体調を崩したせいで叶わなくなった。
「ごめんなさいカリクス様……ごめん、なさい……」
「……一応聞くが、何に対して謝っている」
「体調を崩して……ご迷惑をおかけして……それに今日は勉強も出来ないし、皆さんのところに挨拶にだって──」
「サラ」
その瞬間だった。カリクスは椅子から立ち上がるとサラの名前を鋭い声で呼ぶ。
サラがビクリと反応したのを掛け布団越しに理解したカリクスは、その隔たりを取り払った。
暗闇から一転して光が視界に入り込み、サラから「へっ」と情けない声が漏れた。
「サラ、済まなかった」
「……はっ、はい……?」
小首を傾げるサラ。頭がぼーっとして思考が鈍いことも相まってか、カリクスの謝罪の意味が理解できないでいると、カリクスの手がサラの頬をするりと優しく撫でた。
「新天地に代理争い、アンジェラとのこと。いくらなんでも無理をさせすぎた。サラの体調のことまで気が回らなかった私の責任だ。許してくれ」
「……!? ちっ、違いますわ……! カリクス様は何も悪くなんて……」
カリクスが悲しそうな顔をしているのは容易に想像出来る。
起き上がってしっかり説明をと思うものの、熱が上がってきたのかサラは起き上がれずに、僅かに浮かせた頭は再び枕へと沈む。
「無理をするな。後で医者に診てもらう。今は寝るのが一番だ」
「け、けれど私にはやることが……」
「全く、本当に君は…………」
ハァ、と息を漏らすカリクスにどうしようと焦ったのは束の間のことだった。
ずいと近付いてくるカリクスに反応が出来なかったサラは、唇を塞がれて「んっ」と口端から切なげな声を漏らす。キスをされていると理解すると、サラはそのことで頭がいっぱいになって他のことは考えられなくなった。
「んんっ、ん──」
角度を変えて何度も繰り返され、サラは熱と酸欠で頭がぼんやりする。
抵抗しないサラに調子に乗りそうになりながらも、カリクスは相手は病人だと自身を律し、唇をゆっくりと離した。
「これ以上無理をしようというならまた口を塞ぐ。嫌がろうと何度でもだ」
こう言えば恥ずかしがって口を閉ざすだろう。カリクスの目論見は上手くいくはずだった。だというのに。
乱れた息を必死に整えて、名残惜しそうな表情を向けたサラは小さな口をゆっくりと開く。
「カリクスさまのおくち、つめたくてきもちよかった、です……もっとつめたいの、ほしいです……」
「!? ……っ、それを狙って言っていないんだから大した悪女だ、君は」
「……?」
瞳はとろんとして、熱のせいで汗をかいているからか前髪が額にところどころくっついている。
頬は潮紅していて唇はいつもより熱く、頭が回らないのか舌足らずでキスを催促するサラ。熱で頭のネジが飛んでしまっているらしい。
昨日あともう少しの我慢だと自分に言い聞かせたはずだというのに、カリクスは余りにも容易くなびいてしまいそうになる。
それでもなけなしの理性でカリクスは欲求を抑えると、ベッドサイドに手を突いて立ち上がった。
「そろそろセミナが来る。汗を拭いてもらい着替えて寝ろ。医者には隠さず症状を言うように。私はまた夜に様子を見に来るから」
「……は、い……」
再びサラの肩辺りまで掛け布団をかけ、カリクスはサラの頭を撫でる。
気持ち良いのかウトウトし始めたサラは、ものの一分で眠りに落ちていく。いつもより少し幼く見える表情に、カリクスは可愛い、とポツリと呟いた。
「おやすみ。早く良くなると良いな」
小さな声でそう言ってカリクスは腰を折ると頭を撫でていた手を退け、熱の篭ったサラの額へキスを落とす。
至近距離でサラの寝顔を見つめながら誰か来るまでは傍に居てあげたいと思っていたカリクスだったが、突如聞こえた抑揚のない声にぎくりと肩を揺らした。
「寝ているサラ様に何をしているんですかもしかして嫌がるサラ様に無理矢理だなんてことはいや流石にそれは無いにしても我慢ならずにキスの一つや二つはしていてもおかしくは──」
「セミナ、いつ入ってきた」
「丁度今し方です。ノックの音が聞こえませんでしたか? まさか何か良からぬことでもしていたのでは」
「私は無実だ。むしろ褒めてほしいくらいだな。……サラが可愛すぎて危うかった」
「……それはそれはお疲れ様でございました」
欲情がダダ漏れのカリクスを見て、サラが体調不良の間は出来るだけお側にいなくてはと強く思うセミナであった。
もちろん、サラが狼さんに襲われない為に。
読了ありがとうございました。
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