81 サラ、アンジェラに堂々と物申す
王妃にラントを借りると一言連絡を入れてから、カリクスに手紙を届けたりサラに温室へ来るよう伝えたりと、アンジェラの作戦はことごとくうまくいっていた。
お茶会で恥をかかされ、カリクスという好条件の王子の婚約者であるサラに対して嫌がらせを実行したアンジェラは今、誰よりもこの状況が楽しくて仕方がないはずだというのに。
──これは一体、どういうことなのだろう。
「なんですのぉその自信……強がりは──」
「強がりではなく事実ですわ。カリクス様は私のことを心から愛しているので、今のこの状況が自然と起こるはずがありません。アンジェラ様が故意に私とカリクス様をここに呼んで、見せつけたかったのでしょう?」
目の前でキスをして見せれば悲しんで泣くと思っていた。
その後に喧嘩をしてお互いを傷付けあって仲違いすればより一層良いと思った。
悲しみでなく怒りが上回ってサラが手を出すというシナリオだって考えていたし、それならそれで手を出された事実を国王に告げ、代理争いにサラは相応しくないと直訴するつもりだった。
どう転んでも、アンジェラにとって愉快なシナリオのはずだったのだ。
「私のいた場所からはきちんと見えなかったので後でカリクス様から話は聞きますが、カリクス様が同意のもとアンジェラ様とキスをするはずがありません。──人の婚約者に手を出しておいて舐めた態度を取るのはいい加減になさいませ」
「ひぃ……っ」
抑揚のない声色に、アンジェラの口からは情けない声が漏れる。
サラはゆっくりとした足取りであと数センチというところまで距離を詰めると、足元にある破られた手紙にちらりと視線を落とす。
大方の予想がついたサラがアンジェラに向き直ると、アンジェラの身体は無意識にビクリと震えた。
「今回は証拠が無いようですので大目に見ますが────次、何かしたら容赦しませんわ」
「……!?」
アンジェラはサラの言葉に、まるで死刑宣告をされたような、そんな感覚に陥った。
アンジェラは緊張からか恐怖からか、喉がカラカラになって声が出ない。調子に乗るなと言いたいのに呼吸をするのが精一杯で、立っているのだってやっとだ。
「では、ごきげんよう」
そんなアンジェラに対して優雅にカーテシーを行ったサラは、ドレスをふわりと靡かせてカリクスとセミナの方へ歩いていく。
重々しい空気を纏ったサラだったが、セミナに向き合うと穏やかに微笑んだ。
「ごめんなさいセミナ。二人で話したいことがあるから、カリクス様をお借りすることを家臣の方たちに伝えてきてもらえないかしら?」
ちら、とサラはカリクスの足元に視線を寄せ、一向に顔を見ようとはしない。
「……カリクス様宜しいですよね」
「あ、ああ」
「かしこまりました。直ぐに伝えてまいります」
「ありがとう」
そうしてパタパタと小走りでこの場をあとにするセミナ。
サラはふぅ、と一度大きく息を吐きだしてから、カリクスの手首をギュッと掴んだ。
「サラ……?」
「私のお部屋で話しましょう。付いてきてください」
やや強引にカリクスを引っ張って温室から出ていくサラは駆け足気味だ。
あっという間に誰もいなくなった温室内で、アンジェラは悔しさからか、ガリ、と親指の爪を噛んだのだった。
◆◆◆
──バタン!
普段では考えられないような音を立てて自室に入ったサラは、カリクスの手首を掴んだままソファへと一直線に向かった。
ここに来るまでも一切返答してくれず、目も合わせてくれないサラにカリクスは分かりやすく焦っていた。
「座ってください」
「サラ、ちょっと話を──」
「座ってください!!」
「あ、ああ、済まない……」
話を聞くつもりはないという様子のサラに、今は従う他ないとカリクスはソファへと腰を下ろす。
もしかしたら座ってから話そうと言う意味なのかと解釈したのだが、サラは立ったままなのでどうやら違うらしい。
どころかサラは部屋の扉の近くにある洗面台へとスタスタと歩いていく。
花の刺繍が入ったラベンダー色のハンカチを洗面台でしっかり濡らしたサラは、それを少し絞ってから再びカリクスの前へと戻ってきたのだった。
座るカリクスを見下ろすサラは、口元に付着した赤色に苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
「……っ、こんなの……」
ハンカチを持つ手を伸ばしたサラは、それをカリクスの口元へと持っていく。
赤いルージュなんて消えてしまえと、サラがそれを拭おうとすると。
「待っ、待てサラ……! 話を──」
「分かっています……! 同意じゃないことくらい分かっています……っ、けれどこんなの、見たくありません……!」
「……!」
サラの発言でようやく、自身の口元にアンジェラの口紅が付いていることに気が付いたカリクス。
そんなカリクスは自身の口元を拭おうとするサラの白い手首をギュッと掴んで動きを止めさせた。
サラは「どうして……?」と切なげな声を溢した。
「アンジェラ様とキスをした証を消しているのです……っ、邪魔をしないでくださいませ……!」
「だから話を聞いてくれ……! よく見──」
「カリクス様は……っ!」
カリクスの言葉を遮るように言葉を紡ぐサラはもう限界だったのだろう。
アンジェラの前では気丈に振る舞って見せたが、本当は悔しくて悲しくて仕方がなかったのか、涙がポロポロと溢れ出てくる。
別にカリクスの感情の部分を疑ってなんていない。カリクスを責めてもいない。
それこそ感情の伴っていないキスなんて粘膜の接触でしかないのだから、災難でしたねと笑って許してあげたら良いのにとさえ思う。
けれどサラはどうしてもそんなふうに割り切れなかった。
せめて視界からアンジェラがカリクスの唇を奪った証──赤いルージュの跡を消したかった。
サラはソファに座るカリクスの上に力なく座り込むと、僅かに口紅が付いたハンカチをギュッと握り締めたまま、両手拳でカリクスの胸もと辺りをポンポンと何度も叩いた。
「──カリクス様は、私のなのに……! 私以外とキスなんてしないでください……っ、私と以外、なんて、やだぁ……っ」
「…………っ」
心のままに思いを告げるサラに、カリクスは罪悪感と共に嬉しさがこみ上げてきて堪らない。
カリクスは今まで真っ直ぐ過ぎるくらいサラに愛情を表現してきた。サラを不安にさせないように、勘違いさせないように、思いは全て言葉や行動にしてきたつもりだ。
サラは恥ずかしがりながらもそんなカリクスの思いに応えていたし、それはカリクスにも十二分に伝わっていた。
──けれど、まさかここまで想われているなんて思ってもみなかった。
サラは基本的に優しい。自分の怒りを露わにしたり感情をぶつけるのは中々無いことだった。
つまりそれくらいサラにとってカリクスの存在は大きいということ。
緩んでしまいそうな口を必死に引き締めたカリクスは、自身の胸元を叩くサラの左手をするりと絡め取った。
「サラ、泣かないで。話を聞いてくれ」
「うっ、……っ」
そのままサラの手を自身の口元へと持っていくカリクス。サラは抵抗しようにも感情が昂ぶっているからか、うまく力が込められないでいた。
ピタリと、カリクスの頬へと誘われたサラの小さな手。
親指がカリクスの口元に触れ、付近にある口紅にサラは顔を歪める。
サラの考えを察したカリクスは、グレーアッシュの瞳でジッとサラを見つめながら、口を開いたのだった。
「口同士は触れ合っていない」
「えっ──」
「咄嗟に避けたんだ。口紅が付いているなら口の近くだ。今すぐセミナを呼んで確認してもらっても良い」
カリクスの言葉に、サラは何度かパチパチと瞬きを繰り返した。
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