77 サラ、双子メイドと接触する
書庫から出て自室に向かって歩く中、サラはラントに手首の痣については聞かなかった。指摘されたときの驚きようから察するに、触れられたくないものなのだろう。
「ラント、今日はもう下がって良いわ。ゆっくり休んでね」
「……はい、失礼、します……」
異常なまでに手首を気にした様子のラントは、深く頭を下げてから去っていく。
ラントの背中が見えなくなると、カツィルは本を両手に持ちながらおもむろに「うーん」と首を傾げた。
「どうしたのカツィル」
「……私からもラントの手首の痣が見えたのですが、何だか色がまだらで」
「まだら……」
「はい。どこかで打ったというよりは、その……繰り返し手首に何かしらの暴行が加えられているのやも、と」
「…………!!」
よくよく思い出せば、確かにラントの手首の痣はまだらだった。一度ではああはならない。
日常的にぶつけているか、もしくはカツィルが言うように暴行を加えられているかだ。
サラはその時、ラントが王妃と繋がっている疑惑が深いことを思い出す。そのわりに、与えられた仕事はきっちりとこなすことも。
(もしかしてラントは好きで王妃陛下と繋がっているわけじゃない……? それにあの痣……まさか)
「………………何てことを」
「サラ様? どうかしましたか?」
ラントが王妃に何かしらを理由に脅されて従う他なく、折檻まで受けているのだとすれば話の筋は通る。
サラは両手の拳をギュッと力強く握り締める。このままになんて出来るはずがなかった。
「カツィル、貴方にお願いがあるの」
「はい! 何なりと!」
「明日から暫くラントから目を離さないでほしいの。それと、王妃陛下がラントに接触することがあったら私に教えてくれないかしら」
「ラントを監視……?」
突然意味がわからないだろう。ラントが王妃と繋がっている可能性があることは、セミナとカツィルには話していなかったのだから。
否、厳密には話せなかった。確たる証拠がないことと、秘密を共有してしまえばセミナとカツィルに危険が及ぶかもしれなかったから。
とはいえカツィルに頼んだ仕事は使用人の粋を超えている。
それこそ王妃としていることと変わらないのではないか、とサラは自己嫌悪したのだけれど。
「サラ様のことだから何か理由があるんですね。きっとそれが、ラントのためになるんですね……?」
「……ええ、必ず」
「それならばかしこまりました! カツィルは喜んでラントを追い回しますわ!!」
「言い方……」
ファンデット家に勤めていたときから、カツィルはとても優しい心の持ち主だった。性格的にも明るく、サラは何度救われたことだろう。
そして時折、変なところで勘が良いのだ。
「カツィル、ありがとう。ラントを頼んだわ」
それからセミナが追いついて来たので3人で歩いていると、サラが住まう宮殿に向かうための渡り廊下からとある人物の姿が見える。
遠目なので確信を持てずサラは二人に尋ねると、アンジェラ付きの双子のメイドたちだという。
「ティアとマイアーね。休憩中みたいね」
以前アンジェラに誘われたお茶会で、躾と言って酷い扱いを受けていた双子のティアとマイアー。
カツィルからティアに怪我はなかったとの報告は受けているが、その後二人がどういう扱いを受けているのかまで知らないサラは、密かに二人のことが気になっていた。それにどうしても言いたいこともあった。
「セミナ、カツィル、先に本を持って部屋に行っておいてくれる? 少しあの子たちと話したいの」
「しかしお一人では」
「大丈夫よ、すぐに終わるから。二人と話を終えたら寄り道せずに戻るわ。ね? お願い……」
無意識なサラの可愛らしいお願いに、セミナは無表情を僅かに崩す。
「ぐっ…………、分かりました。カツィル行きますよ」
「はい〜! 先に行きますね!」
ゆっくりな足取りで歩いていくセミナたちを見送ると、サラは「さてと」と独り言を呟いてからスタスタとティアたちの元へと歩いていった。
「こんにちは。ティア、マイアー」
「「!? サラ様!?」」
「ふふ、息がぴったり。仲が良いわね」
渡り廊下から庭園に出ると、そこには小さなベンチがあった。大人二人が座るには少し狭いそこに、二人はちょこんと腰掛けている。
顔が認識出来ないので表情は分からなかったが、声色からサラの登場に驚いているようだった。
二人は同時に起立すると、ぴしりと姿勢を正してから頭を下げた。
「ティア、マイアー。そこまでかしこまらなくて良いわ。寧ろあなた達の邪魔をしてしまってごめんなさいね」
柔らかく微笑み謝罪を口にするサラに、二人は電池が切れたようにぴくりとも動かなくなる。
サラがおかしいと思い「どうしたの!?」と慌てて声をかけると、双子の姉──ティアがハッとして声を上げた。
「もっ、申し訳ありません……っ! その、まさか謝罪をされるなんて夢にも思わず…………」
「………………」
「私もです。こんなふうに話しかけていただけるのも、何だか不思議で……」
マイアーも続けてそう話すと、困惑の表情を見せて右手で口元を隠す。
サラは何も特別なことをしているつもりなんてなかったが、あのアンジェラのもとで仕えていればそういう感覚になるのは何らおかしいことではない。悲しいことだ、とサラは眉尻を下げる。
「夢でもないし、私はあなた達と話したいと思ったから声をかけたの。何も不思議じゃないわ?」
「「………………」」
「それで今日はね……ティアとマイアーに謝りたいことがあるの」
「「………………?」」
皆目見当がつかない二人はお互いに顔を見合わせる。ティアは左手を顎あたりに持っていき少しだけ首を傾げた。
むしろ二人はサラに感謝していた。お茶会のときにサラが止めなければマイアーはティアに火傷を負わせていただろうからだ。二人にとってサラは恩人だと言っても良い。
一体何の謝罪なのか。顔を見合わせたティアとマイアーがごくんと生唾を飲み込む。
それと同時にサラはへそあたりで両手を重ねると、深く頭を下げた。ひゅるりと吹いた風に、サラのミルクティー色の髪の毛がふわりと靡く。
「この前のお茶会のとき、もっと早く助けてあげられなくてごめんなさい」
「「……!?」」
「ティアはティーカップを置くときに音を立ててなんていなかったし、マイアーの紅茶を入れるときの動きは完璧に見えたわ。あなた達はメイドとして優秀よ」
「「…………っ」」
「それなのに──あの場であなた達を助けることができたのは私だけなのに、ごめんね……辛い思いをさせて……。ティアもマイアーも、ごめんね……っ」
肩を震わせて謝罪するサラに、二人は直ぐには言葉が出なかった。
今までティアとマイアーはオルレアンでは双子は不吉だという言い伝えがあることもあってアンジェラからきつい物言いをされるのはもちろん、人前で罵倒されたり叩かれたりすることは少なくなかった。
類は友を呼ぶというがそのとおりで、アンジェラの友人たちはそんな二人を助けるどころか笑っていた。多少罪悪感を覚える者は申し訳無さそうな目で見てくるだけ。二人にとって貴族とはそういう生き物だった。
──それなのにどうして。
王位継承権代理争いの相手の使用人になんて良い顔をしたって何も得はないはずなのに、サラは深々と頭を下げる。
結果として助けてくれたというのに、それだけで二人にとっては青天の霹靂で、その日は感動で一睡も出来なかったくらいだというのに。能力を認め、双子は不吉なものだと決めつけることもせず、きちんと人として扱ってくれる。それもさも当たり前のように。
この国の貴族がサラのような人ばかりだったらどれほど良かっただろうと、二人はそう考えたら涙が止まらなかった。
「サラ、様……っ」
「ふっ、う………っ」
妹のマイアーが嗚咽でうまく話せない中、ティアは縋るような声色でサラの名前を呼ぶ。
雨は降っていないのに、二人の足元がぽたり、ぽたりと濡れていく。
サラはゆっくりと顔を上げた。
「王位継承権代理争い、どうか勝ってください……」
「……!」
「どうか、どうか……っ、勝ってください……!!」
「──約束する。……絶対に勝つわ」
揺がぬ瞳と決意の言葉にティアも堰を切ったように嗚咽を漏らした。
サラは彼女たちのためにも絶対に勝たなければならないと、そう改めて胸に刻み込んだ。
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