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【コミック3巻07/01発売!】顔が見分けられない伯爵令嬢ですが、悪人公爵様に溺愛されています  作者: 櫻田りん@07/01【悪人公爵様コミック3巻】発売!
第三章

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76 アンジェラ、良いことを思い付いた

後書きに報告があります。

 

 見透かしたような瞳の王妃に、アンジェラは口籠った。少し顔を俯けて視線だけを横に移す。

 怯えたようにして立ち尽くすラントをアンジェラはじろりと睨んだ。

 アンジェラは、ラントが王妃の指示でサラを監視していることを知っていたからだ。


「ラントから聞いているわ。侯爵家の貴方が子爵家の娘に主導権を握られたそうじゃない」

「そ、それはぁ……そのぉ」

「しっかりしてくれないと困るわアンジェラさん。貴方フィリップの婚約者なのよ? 私たちに恥をかかせないでちょうだいね」


 王妃の隣に座るフィリップは何も言うことはない。母親に加担するわけでもアンジェラを庇うわけでもなく、まるで自分には何も関係ないといった表情をしている。


 フィリップは今まで婚約者になったアンジェラのお願いは何でも聞いてきた。フィリップをよく知らない人々はフィリップがアンジェラを溺愛していると思っているのだが、実際は違う。

 フィリップはアンジェラのことを何一つ愛してなんていなかった。ただよく考えず、調べることもせず、母親が選んだ婚約者が言うから、最近力を付けている家の娘が言うから従ったまでのことだった。


 王妃である母親に従うのは昔からそうだったから。自分で考えるより、母親が言うことのほうがきっと正しいから。


 母親と婚約者に任せておけば王になれる。王になれば誰も文句は言ってこないだろう。どうせならこの国で一番偉いほうが良いじゃないか。なんて甘い考えしか持たないフィリップ。


 ──フィリップは思考力、想像力、決断力の全てが壊滅的になかった。



 数年前、アンジェラはフィリップの婚約者となったときにハズレくじを引いたと思ったものだ。

 ママ、パパと呼んでいるのを聞いたときは鳥肌が立った。王妃がフィリップを異常に可愛がって甘やかしているのにも気持ちが悪いと思ったし、フィリップに対して男としての魅力も感じなかった。


 しかし公爵家に適齢期の未婚女性が居なかったことから、エーデルガント侯爵家に白羽の矢が立ったことには、アンジェラを含めエーデルガント家の人間は歓喜したものだ。

 王妃になるものを輩出した家というのは、それほどに名誉なものだった。


 何より、アンジェラは誰よりも王妃という地位に拘った。

 数多くの令嬢の羨望の眼差しも嫉妬に狂う眼差しも、考えるだけでゾクゾクする。

 フィリップは無能故に何でも言うことを聞いてくれたので、着飾るために散財したり、気に食わない令嬢に謂れのない罪を着せたりと、好き勝手し放題だ。こんなに良い嫁ぎ先はないだろう。


(我慢よぉ……我慢……今は偉そうにしていれば良いわぁ。王妃になったら私のほうが立場は上だものぉ……)


 嫌味ったらしく嘆く王妃に対して、アンジェラは自身の野望を胸に頭を下げる。


 王妃はアンジェラに一瞥をくれてから、開いていた扇子をパタンと閉じてギロッとラントに視線を移した。


「ラント、お前もお前よ! あの小娘の部屋を酷い有様にして追い出しなさいと命じたのに、何故あの小娘はケロッとしてるの!! どころかお前が部屋を綺麗にしてどうするの!!!」

「もっ、申し訳ありません……!!」

「こっちに来なさい!!」


 深々と頭を下げるラントは指示されたとおりに王妃の近くまで歩いていく。


「何を突っ立っているの? さっさと跪いて腕を出しなさい」

「はっ、はい……!!」


(腕……? 一体何をするつもりかしらぁ?)


 言われた通り跪いて燕尾服の袖を少し捲くるラント。ちらりと視えた手首には肌色ではなく赤や青、紫といったむらのある色に変色している。


 アンジェラはそれが何か瞬時に理解すると、それと同時に王妃は閉じた扇子を振りかぶった。


 ──バシンッ!!


「……っ!!!」


 ラントの手首に振り下ろされた扇子。折檻は何度も何度も繰り返される。


 ラントは必死に歯を食いしばって痛みに耐える他ない。早く終わるのを祈っていると、王妃は扇子を雑に手放した。


「良いこと? 私を怒らせるとまたこういう目にあうのよ。もう何回もされているんだからそろそろ分かるでしょう?」

「はい……っ、はい……っ」

「それならフィリップが確実に王位につくためにあの小娘の弱点でも苦手なものでも何でも見つけて報告なさい!! じゃないとお前の──」


 王妃はそこまで言うと、ニヤリと笑う。まるで悪魔のような笑みだった。


「わ、分かりました……!! それだけはっ、それだけはご容赦を……っ」

「……ならしっかり仕事なさい。もう行きなさい」

「はい……!!」


 まるで逃げ出すようにして部屋を出ていくラントに、王妃は未だイライラした様子を隠すことはない。


 普段はフィリップフィリップと煩くて好まないが、当たり前かのように使用人に手を上げて思い通りにしようとするところは、アンジェラは嫌いではなかった。


(この女の同じ穴のムジナだなんて気に食わないけれどぉ……サラ(あの女)に比べたらマシなのよねぇ)


 攻撃的で地位という装飾を武器にするところは似た者同士の二人なので、アンジェラは王妃に苛立つことはあっても嫌いではなかった。


 しかしアンジェラは、フィリップのことは生理的に受け付けなかった。

 見た目はまだしも、あんな性格の男、第二王子でなければ絶対に婚約者になんてなりたくなかったと思うほどだ。


(王子と言えばもう一人いるけれどぉ……)


 そこでアンジェラの脳内に浮かんだのは第一王子──カリクスだ。

 頭が切れて腕が立ち、火傷痕はあるものの見目麗しい。サラに対して全幅の信頼をおいており、愛してやまないという優しい瞳を向けられるサラは正直羨ましい。

 相思相愛なことは王の間で見たときに瞬時に悟ることが出来たほどで、アンジェラとフィリップの関係とは天と地ほどの差があった。

 実際そこは嘆いても致し方ないので考え方を変えてみると──。


 カリクスの心変わりは無理でも、二人の関係に亀裂くらいは入るかもしれない。

 そう考えるとアンジェラは楽しくて仕方がなかった。


(ふふ……良いこと思い付いたわぁ。お茶会での恨みは晴らさなくちゃねぇ?)


 アンジェラのぷっくりと膨らみのある唇が弧を描き、ニンマリとほくそ笑む。

 悲しむサラの表情を想像したら、楽しくて仕方がなかった。



 ◆◆◆



 サラとカリクスは互いに忙しい日々を過ごし、12月中旬に差し掛かろうとしていた。


 サラの一日といえば身支度からだ。それからカリクスと朝食を済ませて仕事へ送り出すと、サラの勉強時間の始まりだった。 


 言葉の壁がないこととマナーに差がないことは幸いだったが、オルレアンの土地や暮らし、文化や情勢、しきたりなど知らないことが多かったためにサラは可能な限り書庫へと通った。

 分からないことがあれば調べ、それでも分からなければ仕事の邪魔にならないように配慮しながら文官たちに尋ねた。


 郷土料理を知りたいとキッチンに足を運ぶこともあれば、作物や植物のことを知ろうと庭師に質問を投げかけることもしばしばだ。 

 使用人たちには不便はないかと聞いて回ったり、カリクスやその家臣たちにお菓子を差し入れたりすることも少なくなかった。


 そうして知識を手に入れながら、もっと王宮内の人々を知りたいと積極的に顔を出したり話しかけたりするサラの噂はまたたく間に広まっていった。


 当初はカリクスのお飾りの婚約者だと思う者、子爵家だとなめる者も多かったが、今やそう思う者はほとんどいない。

 サラの勉強熱心なところや人当たりの良いところ、聡明なところや相手が使用人でも偉ぶらないところ。カリクスにおんぶに抱っこではなく自身でこの王宮内の居場所を確立しようとしているところ。


 フィリップの婚約者がアンジェラに決まり悪い話が絶えない中、国の将来を危惧していた王宮内の人々は、サラに大きな期待を寄せた。


 皆大きな声では言わないが、王位継承権代理争いの行く末がサラの勝利であることを願っていた。



「サラ様、そろそろ終わりになさってはいかがですか?」


 夕暮れの書庫に籠もるサラに、カツィルは他の者に邪魔にならないようひそひそと小さな声で話しかける。


「んーーそうね、ここまでにしようかしら。寝る前にもう少し勉強するから、ここにあるまだ読んでいない本は借りてきてくれる?」

「かしこまりました!」

「重たいからラントと一緒に運んできてね。カツィルはおっちょこちょいだから、ふふ。ラント、カツィルを頼むわね」

「は、はひ……!!」


(はひ……)


 何やらぼーっとしていたのか『はい』の一言で噛んだラント。噛むのは今に始まったことではないが、何だか元気がないように見える。


「サラ様、これで全部で良かったですか?」

「ええ。あっ、悪いのだけれど、あの本も借りたいわ。ラント取れるかしら?」

「お任せくだしゃい……さい!」


 サラがあの本、と指差したのは本棚の少し高い位置にあるオルレアンの歴史について記載されているものだ。

 ラントはサラよりも10センチ程は高いのでハシゴが無くても届くだろうと頼んだのだった。


 快く引き受けたラントは本を取るためにずいと手を上に伸ばす。

 そんなラントを横から見ていると、ちらりと袖から覗く痣のようなものにサラはふと気がついた。


「ラント貴方──その手首の痣どうしたの?」

「!?」


 ──バタバタバタッ!!


「ラント大丈夫……!?」


 驚いたのか、目的の本を取るときに何冊か落としてしまったラント。サラは慌てて駆け寄ると、何事かと周りの視線が集まる。


「サラ様、先に書庫を出ましょう。片付けは私がしておきますのでカツィルとラントを連れて先に行ってください。カツィル、本の半分は私が後で持っていくからあと半分は頼みますよ」

「セミナごめんね。ありがとう」

「承知いたしました……!」


 それからサラはカツィルとラントと共に書庫を出た。


 手首を隠すように袖を引っ張りながら、ガクガクと唇を震わせるラントの瞳の奥は恐怖でゆらゆらと揺れていた。

読了ありがとうございました。

『顔が見分けられない伯爵令嬢は妹の代わりに嫁ぎますが、嫁ぎ先の悪人公爵様が愛妻家過ぎて困ります!?』は書籍化に伴い、更新がゆっくりになります。今後のプロットもきちんと練り直したり、そろそろ改稿作業にも入るからです。暫くは週一くらいかなと思います。詳しくは活動報告に書きますのでよろしくお願いいたします!


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