73 サラ、アンジェラと相見える
ついに訪れた──アンジェラとのお茶会の日。
手紙には二人だけなので軽装で構わないと書いてあったことから、サラは装飾の少ないドレスを選んだ。
髪飾りも控えめなもので、首にはカリクスから贈られたネックレス。
場所はアンジェラの自室ということで、お邪魔をさせてもらうという形になるので簡単な贈り物の準備も済ませた。
「さて、セミナ、カツィル、ラント、行きましょうか」
以前キシュタリア王妃にお茶会に誘われたときは一人で出向いたサラだったが、今回は三人を連れて行くつもりだ。アンジェラの自室に一人で足を踏み入れては危険があるかもしれないと危惧したからである。
それ以前にカリクスには行かなくても良いと言われたが、サラがきっぱりと断ったのは直接アンジェラという人物を見るいい機会だとも思ったからだった。
「そろそろサラに専属の女性騎士を付けなければ」と真顔で言うカリクスに、やや心配性過ぎるのでは? とサラは思わなくもない。
因みにラントは自分からついていくと言い出したのだが、王妃から監視の役目も仰せつかっているのかもしれないと、サラは承諾した。断って後にラントが責められては可哀想だと思ったからだった。
──コンコン。
「アンジェラ様、サラです」
隣の宮殿に赴き、アンジェラの部屋の前に到着したのでノックをすれば開かれる扉。迎えてくれたのはセミナたちと似たようなお仕着せを着たメイドだった。
奥のテーブルに座るのは王の間で見たアメジスト色の髪の毛のアンジェラ。軽装と言っていたわりに厳かなドレスを着ていて、髪の毛もゴテゴテに巻いているのが印象的だ。
その後ろに控えているメイドは、出迎えてくれたメイドと同じような背格好をしている。髪の毛もブロンドで同じで、違うのは長さくらいだった。
「サラ様ようこそいらっしゃいましたぁ。ガーデンだと寒いと思ってお部屋にさせていただきましたわぁ。ご足労いただきありがとうございますぅ」
立ち上がって労りの言葉をかけてくれるアンジェラ。
あの手紙の主と同じとは思えず、サラは困惑するが顔には出さずに丁寧に挨拶を返した。
そのまま扉を開けてくれたショートヘアのメイドが椅子を引いてくれたので、サラは腰を下ろす。
慣れた手付きでロングヘアーのメイドが給仕を始めたので、セミナとカツィルはサラの後ろで控えた。
ラントは二人よりも後方で全体が見えるところに位置していた。
主人であるサラと主催側のアンジェラの関係性によってはセミナたちも手伝うこともあるが、今回は任せるほうが妥当だと判断した。
「サラ様は苦手な香りはありませんかぁ?」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
気遣いもできるし、話し方も丁寧だ。少し甘ったるい感じは否めないが、それは別に個性の範囲内なのでサラが個人的にどうこう思うことはなかった。
(陛下の話、王の間での姿、手紙の内容、今の姿……どれが本当のアンジェラ様なのかしら……)
サラがそんなふうに考えていた瞬間だった。
「さっさと準備してぇ!! お前たちのような不吉な双子を使用人として使ってあげてるんだからぁ!」
「……!? ア、アンジェラ様……、何を……」
「うふふ、失礼いたしましたぁ。この者たちは二人揃って愚図だからきつく言わないとわからないんですぅ」
突然何かが乗り移ったのかというくらいにメイドたちに罵声を浴びせるアンジェラに、サラは肩をびくつかせる。主人の後ろで作業する彼女たちに目立ったミスはなく、ノロノロとしている印象も受けなかった。
前に向き直して話すときは再び穏やかな声色に切り替わるのにも、サラは泡を食う。
「そういえば、後ろの二人はサラ様付きのメイドですかぁ?」
「え、ええ……。そうですわ。セミナとカツィルです」
「へぇ〜、サラ様も侍女じゃなくてメイドをつけるなんて私と一緒ですわねぇ? うちのは不吉な双子ですけどぉ」
オルレアンでは双子は不吉とされていると本で読んだことはあったものの、こうも本人の前で言うだなんてサラには信じられなかった。しかも相手は自分に仕えてくれている人間である。
使用人たちに対してあんな物言いをするアンジェラの言う一緒の意味とは、サラはそう考えてある結論に至る。
──もしそれが、使用人には何を言っても良いと思っている最低な考え方なのだとしたら。
一緒だと思われるなんて勘違いも良いところだと内心思いながらもサラが淑女の笑みをたやさなかったのは、今動いても根本的には変えられないからである。
アンジェラ付きのメイドをどうにかするような権限は、今のサラにはなかった。
そんなことをサラが考えていると、双子のメイドが準備が済んだようでテーブルへとティーカップを運んでくる。
その役目を果たしたのは、初めに扉を開けてくれたショートヘアのメイドである。
「ア、アンジェラ様……どうぞ……」
声が震えているのが分かる。先程罵倒されたからなのか、それとも日常的に罵倒されているからなのか。様子を見る限りおそらく後者なのだろう。
それでもティーカップを置くときには音を立てない姿は、メイドとしての能力の高さを感じられる。
そのショートヘアのメイドの優雅な所作をサラは食い入るように見ていると、それは突然起こった。
──バシャッ!!
「キャッ……!!」
「……!?」
ティーカップが置かれてメイドの左手が離れた瞬間。アンジェラがティーカップを持ったかと思うと、その中身をメイドの手にわざと零したのだ。
「アンジェラ様何をなさっているのですか……!」
「ほんの少しですが給仕の際に音が鳴りましたのぉ。ですから入れ直させようと思いましてぇ。躾は大事ですでしょうぉ?」
「躾……?」
音なんてなっていない。完全にアンジェラの言いがかりである。
紅茶の飲み頃の温度で提供しているのであれば、おそらく火傷にまではならない。それでも熱さと驚きで紅茶をかけられた左手を震わせるメイド。
しかしアンジェラは悪びれた様子など欠片もないように話を続ける。
「あらぁ、ティア。貴方が粗相するからテーブルと床が紅茶で汚れてしまったじゃない!! さっさと拭きなさいよぉ」
「は、はい…………っ」
双子のショートヘアの方のメイド──ティアは怯えた様子で返事をするが、完全に萎縮してしまっているのか身体が動かない様子だ。
言うことを聞かないその姿に、アンジェラは腹を立てた。
「もぉっ! 本当に使えなぁい! サラ様は後ろのメイドが粗相をしたときどう躾てますのぉ? ご享受してほしいわぁ」
「……そんな経験はないので存じ上げませんわ」
「えぇ? 嘘でしょぉ? メイドなんて平民出身の道具ではないですかぁ。私なんて侯爵の娘ですから貴族出身の侍女をつけられるのに、わざわざこんな下賤な女を使ってあげているんですよぅ! 働き場所がないと可哀想ですからぁ。って、あらぁ? ドレスにも紅茶がついてしまっているわぁ!! これもすべてティアの粗相のせいよぉ! どうしてくれるわけぇ?」
「も、申し訳……ありません……っ」
言いがかりを付けて紅茶をこぼしたのはアンジェラ本人だというのに、それを全てティアのせいにするだなんて。
サラはテーブルの下でドレスをぎゅっと握り締める。
その様子を後ろに控えるセミナは確認すると、小さな声で「落ち着いてください」と囁いた。
サラはその声にすっと冷静になり、ドレスを握り締める拳を開く。
酷い話ではあるが、ここでサラが変に口を出せば、サラを不快にさせた罰だと言ってティアが余計に酷いことをされるかもしれないからだ。
サラが座ったまま口を出してこない姿に、アンジェラは何を思ったのかうふふと愉快そうだ。
「思っていたよりお馬鹿さんじゃないんですねぇ?」
「──はい……?」
「たかが子爵令嬢の身分で王妃になりたがるなんてとんだお馬鹿さんなのかと思ってたけどぉ、そうやっておとなしく座ってる様子からすると私が侯爵令嬢で高貴な身分ということくらいは分かっているのねぇ? 良かったわぁ」
もう言葉遣いさえ猫を被るのはやめたらしい。ペラペラと話すアンジェラの言い分は何一つ合っていなかったが、ここまで来るとサラも呆れたようで何も訂正は入れなかった。
サラが完全に怯んだのだろうと気分を良くしたアンジェラは、至急テーブルを拭くティアを横目に見ながら後ろで控えているもう一人のメイドにティーポットを持ってくるよう指示する。
「ティーポットを、でございますか……? ただいま入れ直していてまだ茶葉が蒸らせておりませんが……」
「マイアー! 良いから早くなさぁい!」
「か、かしこまりました……!」
ロングヘアーのメイド──マイアーは急いでティーポットを持ってアンジェラの傍まで行くと、アンジェラはピッと双子の姉──ティアのことを指差した。
「ティア、拭くのは後で良いわぁ。手を出しなさぁい」
「……? 手、でございますか?」
「ええ。これができたら粗相したこと許してあげるわぁ」
ビクビクとしながら両手のひらを上にして差し出すティア。
アンジェラはニンマリと口角をあげると、右手でティーポットを持つマイアーに指示を出したのだった。
「この手に紅茶を入れてあげなさぁい。出来たてをたーっぷりねぇ?」
「……!? そ、それは流石に……」
「文句を言うならマイアーが役目を交代なさぁい? これは主人である私からの有り難い躾なのよぉ? 躾を拒否すればどうなるか──分かってるわよねぇ?」
ティーポットの中の茶葉が蒸らせていないということは、まだ熱湯を入れてから時間が経っていないということ。
先程のティーカップ内の飲み頃の紅茶とは訳が違い、火傷をするのは目に見えている。
「ほらぁ、さっさとしなさいよぉ」
「うっ、う………」
「大丈夫よマイアー……、私は、お姉ちゃん、だもの……っ」
震える右手でティーポットを持つマイアーと、震える手を差し出すティア、その二人を愉快そうに見つめる主人のアンジェラ。
「ごめん……っ、お姉ちゃん……」
言うことを聞かなければ二人ともムチで打たれる。もっとひどい目に合う。そんなのは嫌だ。
──誰か、助けてほしい。
マイアーは叶わないと分かっていても願わずにはいられず、ティーポットを持つ手を少しずつ傾ける。
ティアはすぐさま訪れるだろう熱さと痛みに目をぎゅっと瞑った。のだが。
「あなた達がこんなことをする必要はないわ」
読了ありがとうございました。
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