70 サラ、王位継承権代理争いの説明を聞く
オルレアンについてから二日目のこと。
今日は王位継承権代理争いについての詳細が聞かされる日である。
遅れてはいけないので早めに起床したサラは、すでに身なりを整えたセミナとカツィルに髪の毛を梳いてもらったり爪の手入れをしてもらっていた。
艶があるするんと櫛が通る髪の毛をハーフアップにする最中、カツィルは楽しそうに話し始める。
「昨日は大変なこともありましたが、同じ部屋で寝るのはとても楽しかったですねサラ様っ!!」
「ええ、とっても! カツィルのヴァッシュの笑い方のものまねが一番おもしろかったわ……! ふふっ、思い出しても笑っちゃう……っ」
頬が痙攣するのではというくらいに笑った前夜。思い出し笑いをしていると、無言なセミナの姿に気にかかる。
確かにセミナはあまり口数が多い方ではないが、普段ならばもう少しリアクションがあるはずだ。
爪を整えてくれているセミナに、サラはどうかしたの? と問い掛けた。
「……寝言が」
「寝言?」
「私の寝言がサラ様に聞かれてしまったかもしれないと思うと……」
そういえば昨日、セミナは寝言が煩いと有名だという話をカツィルが言っていた。
どうやらセミナはそのことで憂いているらしい。
(セミナったら、可愛いところがあるんだから)
普段は淡々としていて可愛いというよりは美しいとか格好良いなんて言葉が似合うセミナだが、新たな一面にサラは嬉しい気持ちになる。
「大丈夫。昨夜は一度も寝言は聞かなかったわ? それよりカツィルの寝相の悪さのほうが凄かったわね……ベッドから落ちていたし、ふふ」
「……カツィル、あなたの寝相の悪さでサラ様にご迷惑をかけたのだから詫びなさいほらほら」
「セミナ急に強気ですね!? むむむっ! これは私の寝相とセミナの寝言の仁義なき戦い──!」
和気あいあいと話していると、ノックの音とおどおどした男の声が聞こえてくる。声の主はラントだ。
サラの指示の元セミナが対応すると、身支度が終わり次第付いてきてほしいとのことだった。
代理争いの説明までには時間があることから、何か別の用事があるのだろう。サラは二つ返事で了承すると、約30分後に部屋を出た。
そのまま部屋の外で待機していたらしいラントに朝の挨拶を済ませると、セミナとカツィルを連れて付いていく。
ラントが足を止めたのはサラに用意された部屋の前だった。
カリクスも部屋の前で壁にもたれ掛かるようにして待機しており、サラは慌てて駆け寄った。
「カリクス様っ、おはようございます……!」
「ああ、おはよう」
「えっと、今から何を……?」
「昨日言っただろう。明日──つまり今日になれば分かると」
「…………?」
皆目見当がつかないサラだったが、カリクスに誘われて自室に足を踏み入れる。
掃除をしなければ住めないような部屋は、一晩空けると何故か家具が一式入れ替わり、目を瞠るほど綺麗に掃除がされていたのだった。
「これは一体どういうことですか……っ!?」
部屋中を見渡しながら驚くサラ。
そんなサラに続くようにして部屋に入ったカツィルとセミナも大きく目を見開いている。二人はこうなっていることを知らなかったらしい。
「ラント、良く一晩でここまで整えたな」
「えっ、ラントが……!? じゃあカリクス様が頼んだ仕事って」
「ああ、この部屋の清掃と家具の搬入だ。まさか一晩で全て出来るとは思っていなかった」
こんなこともあるかと家具の手配の根回しはしておいたカリクスは、感心するようにラントを見る。家具の搬入は数人のフットマンに手伝ってもらったらしいが、清掃は一人で行ったらしい。王妃の息がかかっているだけの無能な新米執事かと思いきや、どうやら指示をしたことはきちんとやるみたいだ。根っからの王妃の手先、というわけではないらしい。
よくよく見れば目の下には隈ができていて顔に覇気がない。相当無理をしたのだろう。
サラは性急にラントの前まで行くと、薄っすらと目を細めて頬を緩めた。
「ラント、ありがとう……!」
「いっいい、いえ、私は指示されたことをしたまてでふっ!」
「それでも十分凄いことだわ。本当にありがとう。またお礼させてね。もう少ししたら私とカリクス様は王の間に呼ばれているから行くけれど、今日は良く休んで? ね?」
「ありがとうごじゃ、ございます……!」
そうしてサラは自室に最低限持ってきた必需品とドレスなどをセミナとカツィルに部屋に運んでと指示をすると、カリクスと王の間へと向かう。
お礼を言われたラントの瞳には、罪悪感という濁りが帯びていた。
◆◆◆
カリクスに案内されて王の間に向かうと、サラは一旦深呼吸をして己を落ち着かせる。
隣のカリクスはそんなサラに気付いてか「大丈夫だ」と優しく言いながらサラの頭を2回ほどぽんぽんと優しく叩いた。
騎士たちが扉を開けるのを横目に見ながら足を踏み入れると、重厚感のある真っ赤な絨毯が真っ直ぐに敷かれている。
その先にある上段にある2つの席──国王と王妃の二人は、入場してから頭を下げるサラとカリクスをじっと見つめる。
サラたちは最後の入場だったようで、向かって左側には既にフィリップとアンジェラの姿と、宰相などの有力者らの姿があった。
カリクスは頭を下げたままちら、と横目に彼らを見てその旨を小さな声でサラに伝えると、彼らとは反対側に歩き出す。カリクスの登場に驚いた様子がないことから、ローガンとの手紙のやり取りになったように事前に話は通っているらしい。
絨毯を挟んでフィリップたちと反対側に立って国王たちを見据えると、シーンとした空気の中、口を開いたのはローガンだった。
「第一王子カリクス、並びに婚約者サラ・マグダット子爵令嬢──これで全員が揃った。挨拶は抜きにして王位継承権代理争いについての説明をする」
誰かが喉をゴクリと鳴らす音が聞こえた気がした。一国の王を決める争い事なのだから、何ら不思議な反応ではないのだが。
「この王位継承権代理争いについてだが、これは王位継承権を持つものが複数人いるとき、かつ現王と現王妃の意見が割れたときに行う制度だ。王になる者の能力は把握しているため、将来の伴侶となる人物が争い勝敗を決める。公平を期すためこの此度の進行役、及び審判にオルレアン教会の枢機卿に来てもらった。前へ」
白い装いに身を包んだ年老いた男が、フィリップたちがいる左側から前に出てきて王たちに頭を下げてから、全員を見渡すように振り返る。
枢機卿とは教会において教皇の次に階級に位置しており、その男は雄弁に話し始める。
「ご紹介に与りましたハリードと申します。本来であれば教皇様がこの場にいるはずでしたが、約2週間前に不幸な出来事で床に伏せております。ああ、お可哀想に……息もしづらそうで唇も真っ青でしたなぁ。とまあ、そんな状況ですので、僭越ながら私が代役を務めさせていただきます。では、早速本題に入りましょう」
可哀想にと言いながら全く表情を変えない男に、カリクスは違和感を持つ。
声色だけでもサラも同じことを思ったようで、一瞬カリクスをちらりと見た。
「あーーではまず、王位継承権代理争いは12月25日に決戦とします。内容は当日にお伝えするとしか言えませんのでご了承くださいませ。とまあ、こう言いましたが、より幸運な女性が選ばれることは間違いありませんな。では最後に、婚約者両名に幸運があらんことを」
蓋を開けてみればあまりにも簡単な説明だった。そう思ったのはサラだけではなかっただろう。
しかし王が枢機卿に任せたのだから口出しするものが居るはずもなく、何とも呆気ない始まりとなった。
宰相らがチラチラとカリクスとサラを見ながら王の間を出ていく中、公務で忙しいのかローガンもカリクスに一瞥をくれるだけに留めて出ていく。その瞳には期待や感謝が見え隠れしている気がしたカリクスだったが、知らんぷりをした。
「ね、ねぇ……!」
それはサラたちも王の間を出ようとしたときだった。
残っていたフィリップとその婚約者──アンジェラがサラたちの近くまで歩いてきては、フィリップのほうが礼儀作法を知らぬ子供のような言葉遣いで話しかけてくる。
ゆっくりと上段から降りてくる王妃もこちらを見ていることから、カリクスは面倒な奴らに絡まれたと思いながらバレないようにため息をついた。
なんとなくカリクスの考えを察したサラは穏便に済ませたほうが良いだろうと、カリクスの隣でにこやかに笑顔を浮かべていたのだが──。
「ヒィ!! 近くで見るとなんて恐ろしいんだ!! 義兄さん、よくそんな顔で王になろうとなんて思ったね……」
「…………はい? 今、何ておっしゃいました?」
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