7 サラ、本領発揮する
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公爵家に住み始めてから数日が経った。
サラは積極的に使用人たちと交流を持つべく、自身の事情を説明しながら、そしてセミナにフォローをしてもらいながら関わりを深めていった。
シェフのマイクを始め、庭師のビルリル、湯浴み担当のケーナー、ハンナなど、特に会うことの多い使用人たちは声だけで分かるようにもなった。
屋敷の一員になれた気がして、サラは毎日が楽しくて仕方がない。
そんなサラの一日といえば、起床してからセミナに身支度を手伝ってもらい、朝食を食べ、自由時間は読書をしたり使用人たちをより深く知るために様子を見に行ったり。そして昼食をとり、また自由時間を過ごし、カリクスと夕食を共にし、湯浴みをして就寝するというもの。
夕食時。最後のデザートを食べ終わったサラは、フォークとナイフを置いてため息を吐き出す。
「……これじゃあ、だめだわ」
「どうした急に。口に合わなかったか?」
「いえいえ……! もう全て文句なしに美味しかったですわ!! だめなのは私のことです! 食べて寝てを繰り返しているだけなことにやっと気が付きました……」
最近、ようやく普通の食事をとっても大丈夫だと医者の太鼓判をもらってからというもの、サラは食事の尊さを知った。
寝床も伯爵家の屋根裏部屋にあるカチカチのベッドとは違いフカフカなので、睡眠の質も最高だ。
起きたときに身体が痛くないのって素晴らしい! と感動したのは記憶に新しい。
使用人たちの仕事を何度か手伝おうと掃除や炊事をしようにも「未来の奥様にさせられません」と断固させてもらえず、そもそも手伝わせてもらっても同じクオリティで働ける自信は今のサラにはなかった。
公爵家の使用人は皆、超一流だったのだ。
(働かざる者食うべからず、なのに、私ったら皆が優しいからって浮かれていたわ……こんなこと続けていたら穀潰しと言われて公爵家を追い出されてしまうかも……!)
サラはカリクスのことをしっかりと見据え、必死の様子で懇願する。
「私、カリクス様の未来の妻として何かお仕事がしたいです」
「……もう仕事はしていると思うが」
「え!?」
「君が来てから屋敷が明るくなり、使用人たち全員が仕事に対するモチベーションが上がっているとヴァッシュから報告を受けている。シェフと新しくメニューを考案したり、庭師には新しい肥料について議論を交わしたり、自ら花を生けて飾ったり……これらは十分屋敷を管理する公爵夫人としての仕事だ。寧ろこの短時間によく頑張ってくれている。ありがとう」
「あ、あ、あ、ありがとうだなんて……!」
言葉から伝わってくる感謝の思いに、カリクスが嘘を吐いていないことも、適当に言葉を並べている訳でもないこともサラには分かったし、確かに事実それはしたのかもしれない。
しかしサラにとっては、それはとても楽しい時間だったし仕事という認識で行ったものではないのだ。だからあまりカリクスの言葉が腑に落ちなかった。
そのうえ伯爵家にいた頃、サラはどれだけ家族に尽くしても褒めてもらうことなど無かったので、たったこれだけのことで? という違和感が拭えなかった。
そのことが表情に出ていたのか、カリクスは「不満か?」と聞いてくるので、サラは思ったことを口にすることにした。
「今の生活はとても穏やかで楽しくて、カリクス様にも屋敷の皆にも感謝に絶えません……けれど私は好きでやっているだけで、感謝されたり……褒められることではないんです」
「………………」
「ですから正式にお仕事を命じていただきたいのです……! 衣食住を確保していただいているので、それを労働力でお返ししたいです……!」
サラの切実な態度に、カリクスは苦笑する他なかった。
そこまで言うなら何か仕事を、と思う一方で、婚姻前の今は、屋敷に慣れたりお互いのことをもっと知ろうとすることで十二分だとカリクスは思っているからだ。
しかし、おそらくそれではサラの気は収まらないのだろう。
それならば無理をしないように、自分の目の届く範囲で──カリクスはそう考える。
「なら明日から私の仕事を手伝ってくれ」
「カリクス様の?」
「ああ。読み書きさえできれば問題ない。今は少し人手が足りていなくてな、サラが手伝ってくれるととても助かるんだが」
「もちろんです……! 精一杯させていただきます! ありがとうございます……!!」
サラのご満悦の様子に、カリクスは頬が綻ぶと同時に、やはり違和感を禁じ得ない。
サラの仕事に対する感覚、感謝されることへの不慣れさは貴族として異常だ。仕事を頼む姿なんか鬼気迫るものがあった。
ヴァッシュからまだ報告は上がっていないが、やはり実家で何か──カリクスはそこまで考えて、聞くことはなかった。
サラが誤魔化す姿が目に浮かんだからだ。あれはあれで可愛いから見たい気持ちもあるのだが。
「カリクス様、この機会ですので一つお聞きしたいことがあるのですが」
「ん? どうした」
カリクスは、はて、とサラの言葉を待った。
「私はカリクス様といつ結婚するのでしょうか? なかなかその話をされないようなので、もしやこの話は白紙に」
「ない、それは断固としてない」
「それは良かったです」とホッとした様子のサラに対し、カリクスは頬が引き攣る思いだ。まさかそこを不安がられるとは夢にも思っていなかった。
確かに今回輿入れと称して公爵家に住まわせておきながら婚姻を結んでいないというのはおかしな話ではあるが、それにはきちんと理由がある。
そもそも今回カリクスの花嫁として嫁ぐのは妹のミナリーのはずだった。
今となってはサラが来てくれて本当に良かったのだが。一旦それは置いておくとして。
カリクスは当初、相手は誰でも良かったので、輿入れが済み次第直ぐに婚姻を結ぶ予定だった。そのことはファンデッド伯爵家には既に連絡済みだったし、妻となる女性も了承済みのはずだったからだ。
しかし実際に嫁いできたのは姉のサラだった。
彼女に顔の認識のことを打ち明けられ、人柄に触れ、共に暮らしていくうちにカリクスは、こう考えるようになったのだ。
相手は誰でも良かったと誤解したままのサラと、夫婦になっても良いのかと。
誤解を解くにしても日が浅い上、サラはこと恋愛に関して鈍感なのでおそらく話にならないだろう。サラにこの感情を理解してもらうには、言葉だけでなく、態度で示す必要がある。
難攻不落の城を落とすには、下準備が大切なのだ。
「サラ、言うのが遅くなって済まないが、私は君と夫婦になりたいと思っているし、なるつもりだ。ただ手続きに少し時間が掛かっていてね。実際に夫婦になるのは一年ほど後だと思う。それまでは婚約者としてよろしく頼む」
「そうだったのですね……私ったら早とちりを……申し訳ありません。承知いたしました」
「いや良いんだ。言わなかった私の落ち度だから」
本来婚姻の手続きは一週間と掛からないが、どうやらサラは信じてくれたらしい。
カリクスは安堵してホッと一息ついた。
◆◆◆
次の日になり、朝食を食べ終えたサラは早速執務室にやってきては書類仕事を承った。
昨日言われた通り仕事は簡単で、カリクスの指示により家臣たちが作った資料の添削だ。
添削と言っても内容は分からないだろうから明らかな言葉の間違いが無ければ良いとのこと。それなら出来そうです! とサラは気合が入った。
そうして現在、サラはカリクスや家臣たちと仕事をするべく家臣のマークスから書類を受け取るのだが、実はこの書類、間違いがないと事前に確認したものだった。
人となりは別として、一部の家臣たちは仕事を任せられるほどサラのことを信用していなかったからだ。
才女だという噂もなく、有名な学院の出でもない。家臣たちにおいては自分たちの領域を侵すサラは、目の上のたんこぶだった。
「あの、マークスさん」
「……何か間違いでもありましたか?」
隣りに座ったマークスにサラが話しかけると、事前に確認した書類なのによく言うよ、と家臣の誰かがボソリと呟く。
このことは半数程度の家臣は知っていて、知らないのはカリクスとアーデナー家に昔から仕える者だった。
マークスは今日、というよりこれから、間違いのない書類を渡し続けてサラを執務室から用無しだと追い出すつもりだ。
恨みなんて全く無いが、勉強もせず、男社会の大変さも知らないサラが、あっさりとこの場にいるのが気に食わなかった。
しかし次の瞬間、サラの言葉にマークスだけでなく、執務室にいる全員が手を止めて目を見開くことになる。
「アーデナー領地の西端の森で収穫されるパトンの実ですが、数が50000と書いてありますが、おそらく5000ではないですか? 去年大雨が続いたせいで今年は不作のはずです。
……そうすると取り扱う値段を改定しなければなりませんね。一つ大体10000ピリーといったところでしょうか。かなり高値ですから、貴族中心に売ることを念頭に置くべきです。そうなると去年まで平民向けにパトンの実を扱っていた店が困りますから、ここより少し北にあるジュラールの森で採れるキロロの実が代わりに適していると思います。
この実は雨に強いので今年も豊作ですし、問題ないでしょう。とはいえ天候に左右されてばかりいては安定して商売ができない領民がいるでしょうから、公爵家に予算が残っている場合、パトンの実を毎年一定数収穫出来るように栽培する研究を進めるのも良いかと思います。
ご要望とあれば研究費やら人件費やらその他の施設費など計算して直ぐにまとめて提出しますが──。
って、あれ…………? 喋りすぎ、ですか……?」
読了ありがとうございました。
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サラに早く幸せになってほしい! という方もぜひ……!
サラ!! 本領発揮だ!! という方もぜひよろしくお願い致します。