68 サラ、早速仕掛けられる
オルレアンに向かう道中、馬車の中で寄り添うように隣りに座ったサラとカリクスは、しばらくの間無言だった。各々思うところがあるのと、お互いがお互いを気遣っていたからだ。
特にカリクスは10年以上もの間アーデナー邸で暮らしたのだ。思い出は数知れず、特にヴァッシュとの別れは悲しいはずだ。
サラは繋がれた手に、キュッと力を込めた。
「サラ……?」
「ヴァッシュさんの代わりにはなれませんが……私がお傍にいますわ」
「……ヴァッシュの代わりでは困るな。サラは私の妻になる女性だから」
「そ、そういうことを言っているのでは……っ!」
「はは、分かっている。ありがとうサラ」
ニッと口角を上げて声を出して笑うカリクスに、サラはつられたようにふふ、と笑みをこぼす。
別れは寂しいけれど、新しい環境に向かうのならばどうせなら楽しい方が良い。
サラがカリクスの元へ一人で嫁いだときは、出来るだけ頑張ろうと自分を鼓舞したものだ。
新天地に向かうことは同じでも、今は隣にカリクスが居てくれるだけ、随分と気持ちは軽い。不安がないわけではなかったけれど、サラはカリクスがいれば何だって頑張れる気がした。
「そういえば、セミナとカツィルはどうしてるかな。二人は後ろの馬車にいるんだろう?」
「はい。十中八九カツィルがセミナに延々と怒られてますわね……」
目に浮かぶようです、とサラがポツリと呟くと、カリクスはふ、と小さく笑う。
サラからしてみれば、あまり感情を出さないセミナがカツィルには感情豊かに話している気がするので嬉しい限りなのだが。
自然と指を絡めるように手を握り直したカリクスは、そういえばと思い出したように話し出す。
「サラがオルレアンに行くと二人に話した日があっただろう? あのときの二人の反応は正反対だったと思い出してな」
「……あ、あれは……そうですね……」
「カツィルは何も言われてないのに付いていくのが当たり前だと思っているし、セミナは連れて行ってくれないなら一生カリクスを呪うと言って脅してくるし。サラじゃなくて私を呪うというのがセミナらしいな」
「それは……否定しませんが……」
サラは当初セミナとカツィルは公爵邸に残していくつもりだった。二人共結婚適齢期であることから、新天地に行くと婚期が遅くなるのでは? という懸念があったからだ。
しかし二人の反応にサラは戸惑いよりも喜びが大きかったのは間違いなかった。普段はおそらくカリクスとそれほど一緒には居られないだろうから、セミナたちが傍にいてくれれば随分と心強い。
「あ、カリクス様、話が変わるのですが」
思い出したように言うサラ。カリクスは優しく微笑みながら、サラの言葉を待った。
「まだ婚約中ですのに、王宮にお部屋を頂いて宜しいんですか……?」
カリクスはオルレアンへ向かうと決めてから、ローガンと何度か事務的なやり取りを手紙で行っていた。
日程や必要なものについて、アーデナー家の次の当主についてのこと。その中にサラの住まいについての記載があった。
「義弟──フィリップの婚約者も既に王宮で暮らしているから問題ない。サラも同じ立場だし、戴冠式や結婚式が終われば自ずとそうなるんだ。それが少し早まっただけのことだ」
「わ、私が、王位継承権代理争いに敗北するかもしれないとは思わないのですか……?」
「……思わない、とだけ言っても信じられないのなら今ここで君の良いところや凄いところを語り尽くすが」
大真面目に言うカリクスに、本当に遣りかねないと思ったサラはブンブンと勢いよく頭を振った。
それは残念だ、と耳元で囁くように言うカリクスに、サラは声にならない声を上げるのだった。
途中、昼食と夕食で2回休憩を取ったため、オルレアンに着いたのは午後九時を過ぎていた。
オルレアン王国の王宮は大きく3つの作りに分かれている。
正門から向かって右が大臣や文官、執事やメイドなどが泊まるところ。真ん中が国王、王妃、王子などの住居を兼ねたところ。もちろんフィリップの婚約者──アンジェラもここである。
そして向かって左が客人等が泊まる宿泊施設のような形になっている。
因みにカリクスとセレーナが暮らしていた離宮は、向かって右の宮殿のもっと奥にある。現在は全く使われていないらしい。
「──今、何と?」
「そ、その……王妃陛下から殿下とその婚約者様はこちらに通すようにと……」
当然カリクスとサラは真ん中の宮殿に案内されるべきなのだが、門番が指を差した先は向かって左の宮殿だった。
『悪人公爵』の異名を知っていることと、火傷痕も相まって、カリクスの反応に門番は大きく体をビクつかせた。
王妃からの指示ならば従う他ないのでカリクス自身は目の前の門番を責める気はないのだが、如何せん不機嫌を表に出したカリクスの顔は怖かったのだ。
「ま、まあまあカリクス様……! 夜も遅いですし、早く入りましょう? ね?」
「……サラがそう言うならば構わないが」
「こここ、こちらです……!」
サラも宮殿の配置についてはカリクスから聞き及んでいたので疑問には思ったものの、このときはまだ大した問題ではないと思っていた。
セミナとカツィルは右の宮殿なのだが、主人たちの部屋の確認をしなければならなかったので、後ろからついてきている。
宮殿の入り口を開けてくれた門番にお礼を言ってから足を踏み入れると、流石の作りに感嘆の声を上げたのはサラだった。
キシュタリアよりも大国のオルレアン王国の王宮。客人をもてなす作りのここは、豪華絢爛で華やかだ。
そしてエントランスに一人立っている燕尾服の男。おそらく執事だろう。カリクスたちに向かって頭を下げる。
いくら遅い時間だとしても、歓迎するのに執事が一人しか現れなかった事実に、カリクスは怪訝そうな顔を見せた。
「よ、ようこそいらっしゃいました……! カリクス・オルレアン殿下っ、なな並びにサ、シャラ・マグダット様……」
シャラ? と思うだけにとどめた一同。緊張して噛むだなんて可愛いところがあるなぁ、とサラは思っていた。
「わわわ、私がこの宮殿の統括執事に任命されました執事のラントと申しますっ!! よっ、宜しくお願いいたしましゅっ!」
(しゅ? ふふ、噛みやすいのね……)
顔はわからないが、声色で若い男性だと予想したサラ。
正解は後でカリクスに聞けばよいかと「宜しくね」と優しく声をかける。
「ラント、早速だが部屋へ案内してくれ。今日はもう休みたい」
「かっ、かしこまりました……!!」
何度も頭を下げてからカクカクとした動きで奥へ入っていくラント。右手と右足、左手と左足が両方出ていて挙動不審である。
いくらカリクスが第一王子だとしてもいくらなんでも緊張し過ぎでは? とサラが思っていると、カリクスがラントに疑問を呈した。
「まさかとは思うが、今回私たちが来るにあたって執事へと昇格したか?」
「そっそそ、そのとおりでふ……!!」
「でふ。……では、見習い期間は何年だった」
「一年、ですます……!!」
(ですます……?)
いや、とりあえず語尾は良いとして。
見習い期間──つまりフットマンを一年しかせずに執事へと昇格するなんて大層優秀なのだろう。
サラはそんなふうに思っていたのだが、カリクスは違うようで。
「お前に昇格を言い渡したのは誰だ」
「? し、執事長と、おおっ、王妃陛下です……っ」
「……やはりな。あの女のしそうなことだ」
「あの、カリクス様……?」
「うん? ああ、大丈夫。想定内だから」
「……?」
脳内で話を完結させているカリクスにサラはどういうことなのか聞こうかと思っていると、二階の角部屋の前でラントは足を止める。
先に案内されたのはサラに用意された部屋らしく、ラントは慌てるようにして胸元から鍵を取り出した。
震える手で何度も鍵を落としながらようやく開いた扉。立て付けが悪いのかギギギ……と鈍い音をたてる。
部屋の全貌を見て大きな反応を見せたのは、カツィルだった。
「ななっ!! 何ですかこの部屋はぁぁあ……!?」
読了ありがとうございました。
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