62 カリクス、過去を語る
「ま、待ってください……っ、貴方様はオルレアン王国の国王で……つまりカリクス様は……息子……?」
「………………」
サラはカリクスの片腕から離れて「本当なのですか……?」と問いかける。
直ぐ否定しないところを見ると、それは事実なのだろう。サラはカリクスのジャケットの袖を、ツンと引っ張った。
「何か……仰ってください……っ」
「…………済まない」
「謝ってほしいのではありません……! どういうことなのか説明をしていただきたいのです……!」
カリクスの両親は既に亡くなっているはずだ。本人からそう聞いているし、墓石にはしっかりと名前が刻まれていた。
両親のことを話すカリクスが嘘をついているとは思えず、現にカリクスはアーデナー公爵の爵位を継いでいる。
サラが意味が分からないといった表情を見せると、思い悩むカリクスの代わりに口を開いたのは男性──ローガンだった。
「カリクスは私と、あの墓に眠る彼の母──セレーナとの子供だ。セレーナは私の側室だった」
「側室…………?」
「……サラ、私から話す。……こうなってしまった以上、君には全て知っていてほしい」
そう言ってカリクスは語り始める。
自分の生い立ちを、どうして今アーデナー公爵の地位にいるのかを。
◆◆◆
雪がしんしんと降り積もる日の朝方、カリクスは産声を上げた。
当時セレーナはオルレアン王国の王宮勤めのメイドだった。ローガンに見初められて妾として扱われていたが、カリクス──健康な男児を産んだことにより、側室として王宮に身を置くことになる。
セレーナを側室に、と後押したのはローガンではなく側近や家臣たちだ。正室が中々妊娠に至らないことを危惧し、カリクスに王位継承権を与えようとしたためだった。
ローガンはそのことにあまり前向きではなかったが、これでセレーナは「卑しい女」「慰みもの」と言われることはなく、何不自由なく暮らすことができる。ローガンはこのとき、これがセレーナとカリクスの為になるとそう思っていた。
しかしカリクスが2歳になるという頃だった。
王宮に響いたのは正室が懐妊したということ。当時のカリクスには、もちろんそのことの重大さは理解できなかった。
平民として生きてきたセレーナに至っては、これでカリクスが王位を継がずに自由に生きられるのではないかと、平民の産んだ穢らわしい子として矢面に立たされることはなくなるのではないかと喜んだ程だった。
しかしそんなとき事件は起こる。それは正室が懐妊したという噂が国民たちの間にも広まりつつあるときだった。
──セレーナ、カリクス。お前たちは今日からこの離宮で暮らせ。一歩たりとも外に出ることは許さん。私が良しとしたもの以外、誰が尋ねてきても会うな。
突然離宮に連れてこられたと思えばそう告げられたセレーナ。理由を聞く間もなく、ローガンは去っていった。
それからはまるで外界と隔離されたような生活だった。
部屋にも常に護衛の騎士が配置され、使用人は二人、交代交代であてがわれ、部屋の外に出るにも騎士が付いてきた。
どうにかカリクスを外で遊ばせてあげたいと頼めば、10日に一度、一時間だけ離宮の庭に出ることが出来た。
それ以外は本当に離宮に缶詰で、自由を知るセレーナはどんどん気を病んでいった。
ときおり会いに来るローガンは忙しいのか長居することはなく、セレーナとカリクスの生存を確認してはすぐに去っていく。
それも正室の子が産まれてからは、会いに来ることはほとんどなくなった。セレーナはローガンのことを愛していたので、その事実に日に日に生気を失っていく。
ローガンが来ない代わりに、贈られてくるのはクリスマスローズの花束だった。カリクスは4歳になる頃、どうしてローガンからクリスマスローズが贈られてくるのかセレーナに聞いたことがある。
セレーナはぼんやりと窓から外を見つめて、こう言った。
──これを与える代わりに、ここから出るなと言っているんだわ。
──どうして? どうしてお母様と僕はたまにしかお外に出られないの? どうしてお父様はあまり来てくれないの?
──全部……お母さんが平民の出だからいけないの。ごめんね、カリクス。
カリクスにはその時のセレーナがいった言葉の意味が理解できなかったけれど、セレーナを苦しめているのがローガンだということだけは幼いながらに理解できた。いつかセレーナとここから出て自由に暮らすことが、カリクスにとって人生で初めての夢だった。
それからカリクスは騎士伝いに家庭教師を付けてほしいとローガンに頼み、許しを得た。
毎日離宮内の本を読み漁り、貴族としてマナーを身に着け、将来セレーナと外に出るためにカリクスはできる限りの知識を身に着け万全を期す。
頑張ればいつか夢は叶い、セレーナが喜んでくれると思っていたから。
しかしカリクスが6歳になる頃、元から体が弱かったセレーナは心労によって体調を崩した。
カリクスの前でさえ殆ど笑顔を見せなくなり、話し掛ければごめんねと謝るばかり。
その心労の原因がローガンであることは、想像にたやすく、カリクスの中で怒りがふつふつと湧いてくる。
──どうして僕とお母様がこんな目にあわなくちゃいけないんだ……!!
騎士や使用人の噂話では、正室とその息子は生活に全く制限はされていないらしい。外に自由に出ることができ、毎日ローガンは顔を見せているだとか。
その時カリクスはようやく今の現状を本当の意味で理解する。
セレーナとカリクスは、厄介払いされていたのだ。
正室に息子──王位継承権の持つ子が産まれてさえしまえば、セレーナとカリクスの存在はローガンにとって不要だった。どころか余計な火種を生むカリクスの存在は目の上のたんこぶだったのだろう。
だから離宮へ押しやった。外には出さず、ローガンも顔を出さなくなった。
6歳になった年の冬、カリクスは父──ローガンを心底恨んだ。
カリクスが8歳になる頃には、ローガンは一切来なくなった。
家庭教師がカリクスのことを稀代の天才だから一度見たほうが良いと言おうが、医師がセレーナに一度くらい見舞いに行ってはと提案しようがだ。
ローガンは徹底的にセレーナとカリクスの存在を口には出さないようになっていった。
そのためにセレーナとカリクスの存在を知っている側近や家臣たちは、ローガンの意を酌んで居ないものとして扱うことを決めたらしい。中には二人は亡くなったのだと噂するものまで現れ、それは騎士伝いにカリクスの耳にも届くこととなった。
実父にそのような扱いをされてカリクスは、思いの外悲しくは無かった。
ただただローガンを恨み、日に日に弱っていくセレーナをどうすれば救えるのかを考える日々。
そうしてそれは、ある日突然迎えることとなる。
その日は雪がしんしんと降り積もっていた。
セレーナは「貴方が産まれた日もこんなふうに雪が降っていたのよ」なんて昔話が出来るくらいにその日は調子が良かったようで、カリクスは何だか嬉しい気持ちになった。
10日に一度、外に出ても良い日だったこともあり、セレーナに暖かい格好をさせてカリクスとセレーナは離宮の庭へと足を運んだ。たまにはセレーナを外に出さないと、もっと弱っていくような気がしたから。
──あれ? 人が居ない……。
離宮から王宮へ続く通りにはいつも多くの騎士がいるはずだったが、降り続く雪の処理のため持ち場を離れているのか、誰も居ないことに気が付いたのはカリクスだった。いつもなら後ろにピタリとくっつくようにして監視する騎士も今日に限っては忙しいので、と王宮の方へ向かっていったのはつい先程のことだ。
カリクスはちらりとセレーナを見る。セレーナはカリクスを見てふわりと微笑むと、コクリと頷いた。
カリクスはその時、今しかないと確信した。
それからは無我夢中だった。いつ騎士たちが戻ってくるか分からない中、カリクスはセレーナの手を引いて必死に走った。雪に足を取られながら、突如として荒れ狂う吹雪で視界が悪い中、それでも足を止めなかった。
セレーナの身体のことを思えばこんな無謀なことはするべきではないのだろう。
けれどこのままここに居たら、セレーナの身体以前に心が死んでしまうとカリクスは思ったのだ。
暫く二人で走ると吹雪で視界が悪いことが功を奏したのか、無事王宮までたどり着き、そして積荷が運ばれるときに門が開くのと同時に外に出ることが出来た。
顔は寒さでズキズキと痛くて、セレーナと繋いだ手は寒さで感覚が分からなくなる。今からどこへ行けば良いのか、二人で生きていけるのか、不安が胸に込み上げてくる。
それでも初めて見た外の世界を、カリクスは一生忘れないだろう。
雲の間から姿を現した太陽の光が、地面に降り積もった雪にキラリと反射した。
◆◆◆
「それから暫くはとりあえず歩き続けた。追っ手が来るかもしれないから足を止めるわけにはいかなかったんだ。だが私はまだ8歳で、母は病弱で……長時間吹雪の中を耐えるなんて出来るはずがなかった。先に倒れたのは母だったよ。私ももう限界が近かったから、あのときは本当に死ぬと思った」
「………………それで、どうなったのですか……?」
「外交のためにオルレアンを訪れていた父──アーデナー前公爵が助けてくれたんだ。そこから私と母の人生は大きく変わった」
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