60 メシュリー、気持ちの正体を知る
「サラどうしましょう……私あの方に……マグダット子爵……いえ、プラン様に恋をしてしまったわ……!!」
「ええええええっ…………!?」
夜、王家の別邸にて。
サラが用意された部屋で寛いでいたときのことだ。勢いよく入ってきたメシュリーはいきなりマグダットへの思いを告白すると、サラの両肩を掴んだ。
「だって仕方がないと思うのよ!? あんな弱々しい感じなのに植物のことを語るときは目をキラッキラにしていて可愛らしいかと思いきや、私のために自分の体を傷付けてまで研究をしてくれただなんて……!! 格好良すぎないかしら!? 好きにならないはずがないわ!!」
力いっぱい肩を揺らされてサラはぐわんぐわんと視界が揺れる中、思い出したのはマグダットの発言だ。
──今まで辛い思いをしてきた殿下に、効果の立証されていないものを献上するわけにはいきません。僕の腕の火傷くらい、どうってことありませんし、これが僕の──植物を扱う者のポリシーです。
確かにマグダットの発言はまるでメシュリーのためとも取れるようなものだった。というよりは、マグダットのことをよく知らなければそう捉えておかしくないし、ときめいても不思議はない。
しかしサラは、マグダットがパトンの実の研究にほいほい乗ったことを知っている。カリクスからは恋愛ごとに本当に興味がないから、年頃のサラが養女になることも問題ないと聞かされている。
このことから推察するに、マグダットの件の発言にはメシュリーへの配慮はなされているが、研究の成果のために喜んで火傷を負ったと考えて良いだろう。
これは一大事だ。早急に伝えなければならない。
サラは勇気を持ってこれを伝えようとするのだが──。
「あ、あのーーメシュリー様……」
「もう今日は眠れそうにないわ!! ってちょっと待って!? 私とプラン様が結婚したらサラは私の娘ということになるのかしら!? 友人から親子へ……? それはそれで素敵ね!! 友達みたいな親子という関係もあって良いじゃない……!! ウェディングドレスはどんなデザインにしようかしら……!?」
飛躍に飛躍を重ねるメシュリーに、サラはどうしたものかと慌てふためく。
気が付けば、咄嗟に口から出ていたのは当初の目的についてだった。
「メメ、メシュリー様は……! その、お薬は既にお使いになったのですか……!?」
「えっ、ええ。湯浴みの後に塗っておいたわ。プラン様の見立てでは火傷の痕が長期間残っている方が消えるのにも時間がかかるみたいだから、数日でとはいかないらしいけれど……」
嬉しそうに自身の腕を服の上から擦るメシュリー。
サラは一日でも早く目の前の友人に効果が現れることを願う。
そして上手く話題が切り替わったことにホッと一息ついた。
次の日の朝、身支度を済ませたサラたちはマグダット邸に足を踏み入れる。メシュリーに対して一度の塗布でどれだけ薬の効果が現れるかという確認だった。
サラは目を擦りながら、植物園にいるらしいマグダットの元へ足を進める。
昨日の夜、サラはあまり寝られなかった。というのも、メシュリーがマグダットへの思いを夜通し話していたからである。
マグダットがあまり恋愛ごとに興味がないことを話しても、火傷の件は研究のためだと話しても、メシュリーの恋の導火線により火を点しただけだったので無意味だった。
長年火傷痕のことで恋愛を諦めてきたメシュリーの初恋は、どうやら壁が高ければ高いほど燃え上がるらしい。
サラは口を出すことをやめて、メシュリーの恋を応援することに決めたのは朝方だった。もう半分意識はないほどに眠かった。
「プラン様おはようございます〜!」
「養父様おはようございます」
「お、おはよう、ございますお二人共……」
「プラン……?」と聞き間違いだろうかと怪訝な顔をするマグダットだったが、今は何よりメシュリーの火傷痕を確認するのが先決だ。
腕を捲るようにお願いしたマグダットは、メシュリーの腕をじぃっと見る。
「少しですが……火傷痕が薄くなっています。効果は出ているようです……! これならひと月ほどでかなり薄くなると思います」
「やったわ! プラン様ありがとうございます……!」
ギュッとマグダットに抱き着くメシュリー。王女として気品溢れる姿はそこにはなく、少女のようにはしゃぐ姿は可愛らしい。公式の場でもないので目くじらを立てる必要はないのだが、問題は抱き着かれたマグダットだ。
マグダットは女性経験が本当に欠片もなかった。今回の件がなければ、メシュリーのような令嬢の代名詞のような女性と関わることはかっただろう。
そんなマグダットがメシュリーに抱き着かれれば、その反応が過剰になるのも無理はなく。
「キィエエエエエッ……!!!」
「プラン様も喜んでくださっているの!? 嬉しいですわぁ……!」
「あわわわわわわわ…………」
「プラン様私と結婚してくださいませ!! これはきっと運命の出会い……一生幸せにしますわ〜!!」
「メシュリー様! もう養父様は気絶していますわっ……! 一旦ご容赦を……!」
免疫のない行為に気絶したマグダットは研究の疲労もあってか、サラたちが帰路に就くまで一度も目を覚ますことはなかった。そんな姿も可愛い可愛いと連呼していたのはもちろんメシュリーだった。
メシュリーがマグダットの元へ頻繁に通い、首を縦に振るまで求婚をし続けるのはまた別のお話である。
◆◆◆
サラたちが馬車に乗り帰路に向かう最中、一方公爵邸で執務に励んでいたカリクスは午後に差し掛かると一切仕事が手に付かなかった。
ヴァッシュはそんなカリクスの様子を見ると後ろで控えながら、はぁ、と小さくため息をつく。
「サラはまだ帰らないのか」
「旦那様……先程から5分に一回のペースでお聞きになっていますが」
「………………」
「もうそろそろ屋敷に着く頃でしょう。おや、噂をすれば」
ノックをしてから入ってきたのは見習いの執事だった。
おおよそヴァッシュかカリクスに用事があるのだろう。
見習い執事がチラチラとヴァッシュを見るので何事かと近寄ると耳打ちしてくる見習い執事に、ヴァッシュの頬がピクリと動く。
「──それは、間違いないのかい?」
「は、はい! 私一人では判断できず……どうされますか?」
「…………ふむ」
ヴァッシュは顎に手を当てて考える素振りを見せると、カリクスに一瞥をくれる。
何か複雑な心境を感じ取ったカリクスは、先程までの空気から一転してピリついた空気を纏いながら立ち上がる。
ヴァッシュは見習い執事にこの件は他言無用であることと、門番にも他言しないよう伝えなさいと指示をして下がらせると、カリクスとアイコンタクトをして執務室を後にした。
カリクスが何も言わずスタスタと自室に向かうのでヴァッシュはついて行くと、自室前の廊下で作業しているメイドに場所を変えるよう指示をする。
念には念を入れてから二人は部屋に入ると、鍵を閉めてカリクスが口を開いた。
「──で、何事だ。お前のあの目、ただ事じゃないな」
「それが…………ですな………」
「……?」
「実は先の者の伝言が正しければ……今、この屋敷にある来客があったそうなのですが……。そのお方が門番にこう言ったそうなのです」
カリクスはその時何故だか、幼少期の記憶が脳内に流れ込んできた。
それが虫の知らせだったと知るのは、ヴァッシュが口を開いて直ぐのことだった。
「息子に、会いに来た、と────」
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