6 サラ、穴があったら入りたい
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「きゃーーー!!! 嘘でしょ!? セミナ嘘だって言って!?」
「本当です。この目ではっきりと見ました。因みにそのときの旦那様のご様子は──」
「もういいから……!」とセミナの言葉を制したのは朝食のコンソメスープを掬う途中のサラだ。
動物性タンパク質は暫く控えるようにとのことで、サラ専用に根菜類を柔らかく煮て作られている。
簡単な身支度を終え、ウエストの緩い楽なドレスを着用したサラは用意されたコンソメスープに舌鼓を打つ──はずだったのだが、セミナに昨日の一件を軽く聞いたのが全ての始まりだった。
「サラ様、お食事中ですよ」
「わ、分かっているけれど……! でも、だって……っ」
驚いている影響か、サラが持っているスプーンがカタカタと小刻みに動く。
これでは、スープなんて飲めたものではないと考えたセミナは、サラを落ち着かせるためにもう一度懇切丁寧に昨日のことを振り返るのだった。
「昨日お食事中、サラ様は突如倒れて意識を失いました。サラ様本人は胃がびっくりして痛い、と言っておられ、その後到着したお医者様も同じことを仰っていました。そのために今日からは胃に優しい物をとりつつ、普通の食事は少しずつ慣らすようにと。ちなみに胃痛軽減のお薬を出して頂いたのですが渦中のサラ様は意識を失っておりましたので、カリクス様が口移しをしたことでサラ様は無事お飲みに──」
「最後のところ、さらっと言うけど……!」
「サラ、だけに……」
「えっ!? セミナってそういう冗談言う人だったのね……?」
(普段は淡々と喋るから冗談とか言わないと思っていたけれど……って、そうじゃないわ)
せっかく作ってもらったスープが冷めてしまうのは勿体ないので、完食してからサラは考える。
事情があったにせよ、まだ婚姻前の身でキスなんて──。
恥ずかしさと、カリクスの唇を奪ってしまった申し訳無さでサラは分かりやすく頭を抱えた。
「やはり唇を奪われてしまったのはショックでしたか?」
「私じゃなくてカリクス様に申し訳なくて……ほら、私たちお互い好きでこうなってる訳じゃないから」
「……旦那様は自分が嫌なことをわざわざする方ではないと思いますが」
「そうかしら……優しくて気遣いのできる方だから何も言わないだけで、さぞ不快だったのかもしれないわ……。後で謝りにいかないと……」
サラが頑なにこういうので、セミナは余計なお世話になるかと、これ以上何も言わなかった。
朝食を終えたサラはカリクスの元へ行こうかと思ったが、午前中は多忙とのことで予定を変更してセミナと共にキッチンへ向かうことにした。
「お仕事中ごめんなさい。失礼するわね」
「奥様……!!」
「マイク、まだ婚姻は済んでいないから奥様ではないわよ」
「あ、そうか! それでサラ様はどうしてこちらに?」
声を聞く限り40代くらいだろうか。溌剌とした声が印象的な男性のシェフ──マイク。
サラはマイクに頼んで他の料理人たちを集めてもらうと、何事だろうかとザワザワしている中で勢いよく頭を下げる。
「昨日は食事を台無しにしてしまってごめんなさい……! 見た目も素敵で、とっても美味しくて、全部食べたかったのだけど、私の胃が弱かったせいで……」
「サラ様頭を上げてください!! そう言ってもらえるなんて、我々は料理人冥利に尽きるってもんです」
マイクに続くように、全員がサラのことを少したりとも責めることはなかった。
反対に「来てくれてありがとう!」「好きな料理を教えて下さい」「また胃に優しいもの作りますね」と一様に優しい言葉を掛けられ、サラはなんだか目頭が熱くなる。
「皆さん……ありがとう……! これからもよろしくお願いします……!」
周りには居なかった優しくて温かい人たち。こういう人たちと出会うことで、サラは顔が見れたらと強く思う。
しかしそれは願っても叶うことはなくて、そのことはサラが一番良く分かっていた。
「皆さん……もう一つ伝えたいことがあって」
それならば、この事実を受け入れてもらうしかないのである。カリクスとの出会い、セミナやヴァッシュとの出会いが、サラの心を強くしたのだった。
◆◆◆
午後になり、昼食をとるとすぐに執務を再開させたのはカリクスだ。
昼食後に休憩がてらサラの様子を見に行こうと思っていたのだが、多忙のためそれは叶わなかった。
しかしそんなとき、執務室の扉がコンコンとノックされる。
ヴァッシュにはサラの件を調べるよう言ってあるし、他の家臣たちには昼休憩にすると伝えたばかりだ。
(まさか……)
淡い期待を胸に、カリクスは冷静な素振りで「どうぞ」と言うと、ギギ……と扉が開く。
視界に映ったのは会いに行こうと思っていたその人だった。
一瞬頬が緩む。こんな表情を見られては照れくさいカリクスにとっては、バレないことが今は救いだったと言える。
「失礼致します。少しだけ……お時間よろしいですか?」
「ああ、構わない。一人か?」
「セミナにはお昼の休憩をとってもらっています」
許しを得たサラは昨日座ったのと同じソファに腰を下ろすと、カリクスも向かいの席に腰を下ろす。
「それで、どうした?」
「あの……! つい先程なのですが……!」
何やらサラは興奮しているのか、ずいと前のめりになっていて、声もやや大きい。
もしかしたら嬉しいことがあったのかもしれないとカリクスが相槌を打つと、サラは満面に喜色を湛える。
「昨日の食事の件、マイクさんたちに謝罪したら快く許してもらえまして……!」
「体調のことは仕方がないからな……けど良かった」
「はい! それで……こんなに優しい人たちなら私のことも受け入れてもらえるんじゃないかと症状を打ち明けたのですが、皆さん理解してくださって」
「うん」
「顔が分からなくても大丈夫だって、間違えても大丈夫だから話しかけてほしいって……っ、会うたびに名前や職種も言うからゆっくり覚えていけば良いよって……」
「──そうか」
サラが言うそれは、別に大したことではないのだ。
少し工夫すれば済むこと、少し手を貸せば円滑に進むこと、世の中にはそんなことが沢山あるのに、それを当たり前に出来ない人間がいる。
きっとサラの周りにいた人間は、できない方の人間だったのだろう。
「サラ。私も、ヴァッシュやセミナ、屋敷の使用人たち全員、君を傷付けたり、君の症状を嘘の一言で片付けたりしない。きちんと向き合って一緒に考えるから、大丈夫だ」
「……っ」
「お茶でも飲もうか。アールグレイは好きか?」
「それなら私が……!!」
「君は座っていろ。良ければまた今度淹れてくれ」
そうしてサラは、カリクスが淹れてくれた紅茶で喉を潤し、身体全体がじんわりと温かくなるのを感じた。
ほぉ……と、一息ついて、カリクスをちらりと見る。
今日も今日とて、顔として認識はできないが、左目を覆うようにある赤み──火傷痕。
サラにはそれが温かみのある優しいオーラのように見えるのだが、昨日はただそれだけだった。
けれど今日はそのオーラが少し違うように見えるのである。
サラにジッと見られていることに気が付いたカリクスは、少しはにかんだ。
「……どうした?」
「何故かは私も分からないのですが、左目の火傷の痕が……カリクス様を守っているように見えるのです」
「……!」
「カリクス様を包み込んでる……? うーん……上手く言えませんが……。申し訳ありません、突然変なことを」
「いや…………驚いた」
カリクスはその言葉を吐いてから、少しの間沈黙が流れた。
昨日初めて会ったばかりだというのに、その沈黙が怖くないのはカリクスが優しい人だとサラは知っているから。
「君は──」
カリクスはポツリと呟いて、ちょこんとソファに座りながら言葉の続きを待っているサラを見つめる。
その視線が熱を帯びていることをサラは分からなかったし、カリクス本人も今は知らせないほうが良いと思った。
「もしかしたら……誰よりもきちんと人というものが見えているのかもしれないな」
「? そ、そうですか……?」
「こと恋愛に関してはかなり鈍そうだが」
「恋愛、ですか。……考えたこともなく…………あっ!」
サラが何かを思い出したように立ち上がる。
みるみるうちに赤くなる顔に、カリクスはおおよその予測が立ったのだった。
「その、本当はこれを伝えにきたんです……!! 非常事態だったとはいえ、婚前ですのにキスをさせてしまって申し訳ありません……!」
「ああ、構わない。結婚したらもっと凄いことをするから」
「もっと、とは……?」
「……悪いようにはしないから大丈夫。いずれ分かるよ」
「…………?」
サラの大きな目がパチパチと開いて閉じてを繰り返して、小首を傾げるのだった。
読了ありがとうございました。
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サラに早く幸せになってほしい! という方もぜひ……!