56 カリクス、その間には裏がある
お茶会が無事終わり、屋敷に帰ったサラ。
数多くのお菓子を出されたことで夕食が食べられず、部屋に戻って湯浴みを済ませるとソファに深く腰を下ろした。
「サラ様お疲れ様でした。王妃陛下とふたりだけのお茶会はさぞかし気を張ったのでは?」
「そうね……けれど王妃陛下はとても気さくな方だったから楽しかったわ」
慣れた所作でティーカップをローテーブルへ置くセミナ。
良い香りが鼻孔をくすぐり、サラはそれをこくんと一口。相変わらずセミナが入れてくれるお茶は絶品だ。
「美味しい……カモミールね」
「はい。お疲れかもしれないと思いリラックス効果のある茶葉を選ばせていただきました」
「セミナはさすがね。そういえばカツィルは?」
「お疲れのサラ様にカツィルのテンションはリラックスの妨げになると思い別の仕事を任せてあります」
「セ、セミナ…………」
当然と言わんばかりの抑揚の無さに、サラは一拍置いてクスクスと笑う。
カツィルには悪いと思いながらも、確かに一理あると思ってしまったから。もちろん大好きなことには変わりないのだが。
──コンコン。
「ふふ、噂をすればカツィルかしら?」
セミナが扉をゆっくりと開けるとコツンと響く足音。それだけでサラは現れた人物が分かったので、ふんわりとした笑みを向けた。
「カリクス様、お仕事お疲れ様です」
「ああ。今日は朝食のときにしか会えなかったから会いに来た」
「あ、ありがとうございます……?」
「ふ、なぜ疑問形。……セミナ、お前はもう下がって良い。ご苦労だった」
カリクスは軽い足取りでサラの隣へと腰を下ろす。
向かい側じゃないんだ……とは思ったものの、最近のカリクスの距離感ならばそれほど驚くことではなかったので、サラはさほど気にしていなかった。
カリクスはセミナにすっと目配せをする。さっさとふたりきりにさせろという合図である。
セミナはそれをジト目で見つめ返し、口を開く。
「サラ様、その、よろしいので?」
「え? 何が……?」
「ピクニックのときは、ふたりきりになるのを躊躇っていましたので」
「ああ、そのこと……!」
セミナの言いたいことを理解したサラは、気恥ずかしそうにしながら両手で顔を覆い隠した。
「だってあれは……事前に、その、抱きしめたりキ……うう…………〜〜っ!!」
「分かりました。分かりましたからサラ様。……旦那様、お気付きかは存じませんが口元が緩んでおりますよ」
セミナに指摘され、さっと口元を隠すカリクス。
噂のような人物では無かったにしてもここまで表情を出す人ではなかったなぁ、とセミナは思いを馳せる。サラが来てからの方が人間らしくなったようで、使用人たちの間では以前よりカリクスは人気が出ていた。
そんなセミナの思いをよそに、サラは両手を太ももの上に戻して真っ赤な顔を露わにする。そろりとカリクスを見上げる瞳が上目遣いになっていることもあってか、カリクスの喉仏はごくりと上下した。
「今日はお話するだけ、ですよね……?」
「……………………ああ」
「いやいや間。……コホン、失礼いたしました」
雇用主に対して流石に無礼だったので、セミナは謝罪すると一礼してドアノブに手を掛ける。
これ以上長居したら首が飛びそうだ。しかしサラの身もある意味心配である。
セミナは「おやすみなさいませ」と挨拶すると、最後に一言呟いた。
「襲われそうになったら大声ですよサラ様。では」
──パタン。
サラはセミナの言葉にぽかんと口を開いてから、瞬きを繰り返して疑問を口にする。
「私は今日カリクス様に襲われるのですか……?」
「おそらく君の襲うとセミナの襲うは違うが──どちらも起こらないから大丈夫だ」
セミナが出ていってから、カリクスは「そういえば」と言いながらサラの前に手紙を差し出した。
サラはお礼を言ってから差出人を確認すると、すぐさま内容を確認し、読み終わるとずいとカリクスに顔を近付けた。
「マグダット子爵が……! 火傷痕に対しての植物由来の薬の開発に成功したそうです……! まだ正式なデータは取れていないそうですが、効果は期待できると……!」
「えらく早いな。夜通し夢中で研究する姿が目に浮かぶ」
「本当に凄いことですわ!! こうはしていられません……! メシュリー様にいち早く伝え──」
「待てサラ」
興奮で走り出しそうなサラの手首をカリクスはギュッと掴む。
ツン、と前のめりになったサラが振り向くと、カリクスは腕を引いて距離を縮めた。
驚くサラの耳元に、カリクスは口を寄せる。
「メシュリーへの手紙を書くなら明日にしてくれ。急いで届けさせるから。……今日は私とお話、してくれるんだろう?」
「……っ、わ、分かりました、……けれどっ」
サラは空いている方の手でカリクスの肩を押して距離を取ろうとするが、カリクスの体はびくともしない。鍛え方が根本的に違うのだから、腕力で叶うはずもないのだが。
カリクスは弱々しい力で離れようとするサラに口角を上げる。そのままもう片方の手でぐいと細い腰を引き寄せると、自身の太ももの上に誘う。
座るカリクスに向き合うようにして跨がる形となったサラは、まるで金魚のようにパクパクと口を開いて閉じてを繰り返す。心臓の音が部屋中に響きそうなほどに高鳴った。
「お待ち下さい……! 今日はお話だけだと……!」
「ああ。この体勢で話そう。……何か問題があるか?」
「〜〜っ」
(た、たしかに、話すときの体勢については何も言ってなかったけれど……っ)
こんなの詐欺だ! とサラは目の前のカリクスをキッと睨むが「可愛い」と返ってくるだけで全く効果はなく。腰辺りも完全にホールドされ、逃げ出す術を完全に塞がれたサラは諦めて体の力を抜いた。
恥ずかしそうでもあり、やや不満げな顔のサラの表情をカリクスは楽しそうに見つめる。
「それで、今日のお茶会はどうだった?」
王妃に直々にふたりきりのお茶会に誘われるというのは、令嬢にとって名誉そのものだ。
王都での件、舞踏会での件、今日のお菓子を食べすぎて夕食が食べられないと言っていたことから、さぞかしもてなされたのだろう。
社交場に不慣れなサラでもふたりきりならば、それほど神経を研ぎ澄ます必要はなく楽しめたのではないか。そう思ってカリクスは問いかけたのだが──。
「た、楽しかったですわーー。何も問題はありませんでしたわーー。おほほほーー。平穏無事バンザイですわーー」
「…………ほう」
何かがあったことを確定するサラの『棒読み』に、カリクスは想像力を働かせる。
王妃の前でサラが何か大きな失敗をした──ないだろう。
実はお茶会には他の参加者もいて困惑した──これもないだろう。
王妃が実はサラを嫌っていて嫌がらせでもされた──これも考えにくい。
王宮の使用人たちのレベルは高く、粗相をされたとも考えづらい。王宮の中枢に招集されたわけではないから、文官に会って何か嫌味でも言われたわけでもないだろう。サラが何か気に病むようなことが起こるとすれば──カリクスはそう考えて、とある男の顔を思い浮かべてハッとする。
最近表舞台に出てこないために、王宮内で何かしらの罰則を受けているのは間違いないだろう──舞踏会で問題をおこした張本人。ダグラム・キシュタリア。
「サラ、今日第3王子と会ったか?」
「!? あ、会ってませんわーー。フットマンになってなんかいませんでしたわーー。うふふーー」
「フットマン──」
ダグラムがフットマン。なるほど合点がいった。
カリクスは多少国王と王妃の性格を知っているし、サラがあまりにも分かりやすいものだからその結論に至るのは簡単だった。
しかし問題はサラの反応である。別にダグラムがフットマンをしていようと、その姿を見ようと、たとえ少し会話をしようと、それくらいでここまで誤魔化そうとしないだろう。
カリクスはぐぐとサラの鎖骨辺りに顔を近付けて、自身が贈ったネックレスに唇を寄せる。
「第3王子と何があった。言え。言わないと──」
「ヒィ……!!」
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