54 サラ、王妃陛下とのお茶会にてオーラを放つ
「さあさあサラちゃん! クッキーもケーキもなーんでも好きなもの食べてね! 紅茶は何が良いかしら〜? アッサム……ピーチティー……うーん、どっちも捨てがたいわね〜。あ、他に食べたいものや必要なものがあったら遠慮なく言ってね? 貴方は私の恩人だもの! ちょっと、そこのフットマン早く運びなさい!」
「お、王妃陛下……そこまでお気遣い頂かなくても大丈夫ですわ! そ、それにあのお方は──」
「優しくしてはだめよ! ノンノン! これで済んでいるのはサラちゃんとアーデナー卿が穏便に済ませてくれたおかげだもの」
王宮の一角には、王妃のためだけに作られた庭園がある。
アーデナー家の庭園もそれはもう立派なものだが、王族となると別格だ。広さも手入れの行き届き方も桁違いで、サラは見渡しては感嘆の声が漏れた。
会場についてからは貴族出の王妃専属侍女に出迎えられるという、破格の対応を受けたサラ。
そのまま案内された先には王妃が既にテーブルに腰を下ろしており、サラは淑女の挨拶を済ませると座るよう促される。
それからは急遽開かれたお茶会に参加したことへの感謝の言葉を述べられ、以前街で助けたことへのお礼、先日の舞踏会でのダグラムの暴挙への謝罪が口にされ、サラは丁寧な言葉で返した。
そもそも振り返ると、今回のお茶会は前述のように急遽開かれたものだった。
招待状が来たのが一週間前で、参加したのが今日──そろそろ季節は秋本番と言っても良い10月の初旬だった。
招待状には急遽故に断ってもらっても問題ないという旨が記されていたが、王族からの誘い──しかも王妃からの誘いを断れるはずもなく、サラは早馬を出して参加することを伝え、今日に至る。
王妃は国王と変わらない数の公務を請け負っているという話は有名だったので、今回の招待状のタイミングについては仕方がないだろうとさほど気にすることはなかった。突如予定が空いたのが今日しかなかったのだろう。
カリクスからも仕事は大丈夫だと言われたサラは、念には念を入れてもう一度マナーを頭に叩き込んで挑んでいた。
当初サラは自分だけが招かれる異例のお茶会に緊張で身体がガチガチだった。
もちろん表情には出さなかったが、それは身振り手振りに多少出ていたのだろう。王妃はサラに楽しんでもらいたいからと、明るく振る舞い、ときおり冗談を言い、サラの緊張をほぐしていった。
その気遣いとおもてなしの心にサラも応えたいと、今日は精一杯楽しんで有益な時間にしようと心積もりが済んだサラ。
暫くすると「サラちゃん」と呼ばれるくらいには打ち解け、王妃と二人でお茶会なんて二度とないだろう機会に、沢山話を聞きたいとサラは前のめりになった。
──そうして、話は冒頭に戻るのだが。
王妃に命令をされたフットマンは、慣れない手付きでお菓子を運んできた。周りの侍女やメイドと比べると明らかに見劣りし、正直見ていられない。
せめてもの笑顔も浮かべず、極めつけはお菓子をテーブルに置く際、わざとらしくドカッと音を立てた。
王妃は笑顔のままピキ……と青筋を立てると、ササッと後ろに控える侍女から手渡された扇子でそのフットマンの頬を軽く叩いた。
「客人の前でなんて無礼な態度なの!? 恥を知りなさい恥を!!」
「いっ、痛いです母上!! 何故私がこんな扱いを受けなくてはならないのですか!!」
「今はお前の母親ではなく王妃として言っています! 口を慎みなさいこの愚か者!!」
──ペチン! と今度は扇子でフットマンの胸あたりを軽く叩く王妃。
サラは事前に聞かされていなかった状況に困惑したものの、一応後で不敬だと言われたくはなかったので席に着いたまま軽く頭を下げた。
「ご無沙汰しております……ダグラム殿下……」
「サラ!! 母上に進言してくれ!! 私をこんな扱いから早く解放して王子として扱うようにと!!」
「サラ、ですって? そういえば舞踏会でもそう呼んでいたわね……あんな大勢の前で……婚約者のアーデナー卿の前で……この……不届き者がァァ!!」
「お止めください母上!! 痛い!! 痛いです!!」
ルンっとしたような可愛らしい王妃の姿はどこへやら。
鬼のごとくダグラムを叱る姿に、サラはただ小さく座っていることしかできない。
(確かに以前……殿下の扱いはお任せするとカリクス様が言っていたけれど……まさかフットマンになっていたなんて……)
公式にダグラムが王子の位を剥奪されたとなれば、それは瞬く間に貴族たち──否、国中に広がるだろう。
そうなっていないということは、ダグラムの現状は一時的な措置に過ぎず、拘束はおろか隔離もされておらず、間違いなく軽いものである。
もちろん王子として生きてきたダグラムにとって、使用人の扱いをされることはこれ以上ない屈辱ではあるのだが。体面と本人の内情とはまた別の話だ。
だからサラはダグラムの現状に口を出すつもりなど一切なかった。
判断は全て委ねてあり、ダグラムの現状をカリクスに伝えても、実害がなければどうでも良いと言うだろう。あるとすれば想像して鼻で笑うくらいだ。
「そこの騎士!! この馬鹿を連れて行ってちょうだい!!」
「ハッ!」
「せっかくサラちゃんの前で反省している姿を見せられると思ったのに……ごめんなさいね」
「い、いえ…………」
「情けない……」と頭を抱える王妃に対し、ダグラムは騎士たちの拘束に反発しながら、大声を上げる。
まるで舞踏会の時と同じ場面を見ているようだ。サラは朧気にそんなことを思いながら、視界の中でダグラムの姿が小さくなっていく瞬間。
耳を疑うような言葉に、サラは全身の血液が沸騰しそうになるのを感じることとなる。
「これも全部あのペテン師のせいだ!! アイツのせいで私はこんな目に!! 私は王族だ!! この国の第3王子だ……! あんな醜い火傷痕のある男に唆されてはいけません母上!! 家族でしょう!? 私を信じてくださいよ!! それにどうしてです……? なぜこんな誰でもできる仕事をさせるのですか……!? 少し舞踏会で騒ぎを起こしただけではないですか!! 私はここにいるサラのためにやったこと! そうだ……なあ、サラ……!! 私は君が好きだ!! 昔、お茶会で一目惚れしたんだ!! 私と結婚しよう!! あんな男よりも君を幸せにしてやろう!! 私は愛する君のために────」
──ガタン!!
両手をテーブルに付き、サラは勢い良く立ち上がる。
「王妃陛下……私事ではありますが殿下に少々お聞きしたいことがございます。……許可を頂けますでしょうか」
「え、ええ。構わないわ……」
目が一切笑っていないのに、口元だけは弧を描くサラ。
王妃は他国の重鎮を相手に海千山千をくぐってきたつもりだったが、今までこれ程背筋が凍るような空気に当てられたことがあっただろうかと記憶を辿る。無意識に額に汗が滲んだ。
「ありがとうございます。寛大なお心、感謝いたします」
サラはドレスを摘み、優雅にカーテシーを行うと、スタスタとダグラムの元へと歩いていく。
「護衛の方、殿下を離してもらえる?」
騎士たちはちらりと王妃を見て、指示をこうた。コクリと頷いたのを確認した騎士たちは、ダグラムの拘束を解いてから少し離れたところで待機する。
自由を手に入れたダグラムは、バッとサラに駆け寄って両肩を掴んだ。
微笑んでいるサラに対して、ダグラムは饒舌に語ろうとしたのだが。
「やはりサラは分かってくれるんだな!! 流石は私の愛したじょせ、い……だ…………」
サラは表情を一切変えない。相変わらず微笑んだままだ。
だというのに、ダグラムは首を絞められているのかと錯覚するくらいに息が苦しく、声が出なくなっていく。背中にじっとりと汗をかき、ヒューヒューと音を鳴らしながら、必死に酸素を取り込んだ。
立っていられなくなったダグラムが尻餅をつくようにして座り込むと、サラは弧を描くのをやめて、顔の向きはそのままに見下ろした。
ダグラムは感情の読めないサラの表情に無意識に体が震えて、ビリビリと何かが肌に突き刺すようだった。
「是非お考えをお聞きしたいのですが……。殿下は王子として、この国を担っていく者として──自分がどのような存在だと考えておられますか」
読了ありがとうございました。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!




