52 サラ、ドレスがしっくりこない
いくら植物の知識でマグダットに敵わないと分かっていても、サラはメシュリーのために植物、薬学、化学などの分野の書物を読み漁り、一週間がたった。もう9月中旬になり、暑さは大分と落ち着いたようだった。
(うん……まあまあ、かしら)
普段の執務を行い、社交界デビューを果たしてから届くお茶会の誘いの手紙の選定や返事を書きつつ、夜な夜な、火傷痕を消す又は薄くする方法を探ったサラの目の下は隈だらけだった。
しかしそのかいあって、理論上ではかなりの高確率で火傷痕に効く植物由来の薬が出来そうだという結論に至ることができた。
サラはメシュリーの名前は伏せて、火傷の状態と自身が調べた結果を手紙に書き記した。
「んーー! 流石に疲れたぁ……」
時間はまだ午前10時。
あとはマグダットに送るだけなので今日は午後から少しゆっくりしよう。本当は今からベッドに入ってしまいたいくらい疲れていたし眠気が襲ってきていたものの、午前中は絶対に外せない用事があった。
──コンコン。
「サラ、カリクスだ。入るぞ」
「はい、どうぞ」
カリクスの登場に立ち上がって出迎えるために入り口へ行くと、カリクスの手が目の下あたりに伸びてくる。
サラは反射的にきゅっと目を閉じた。
「……頑張りすぎだ。あまり寝ていないだろう」
「申し訳ありません……。けれど! さっき良い案が浮かんだのです……! メシュリー様のお役に立てるかもしれません!」
「サラは本当に努力家だな」
「いえっ! むしろ私も勉強になりますもの」
当然です、といった態度のサラに、カリクスは穏やかに笑みを零す。
「それでカリクス様、約束の時間より早いようですが……何かございましたか?」
時計を見れば予定していた時刻よりも20分程度早い。忙しいカリクスにしては早い到着だった。
セミナとカツィルは手紙を書くからと下がらせてあるので、サラは紅茶でも入れようかと足を進めようとすると、カリクスにパッと手首を掴まれた。
そのままソファへと誘われ隣に腰を下ろすと、カリクスはサラの手首を握ったまま言いづらそうに口を開いた。
「疲れている君にこの話は酷かもしれないが……」
「何でしょう……?」
「元ファンデット伯爵、その妻、娘ミナリーの刑が確定した。無期刑……一生牢からは出てこない」
「…………! 分かり……ました」
カリクスが言っていたとおりの結末になったことに、サラは少しだけ驚いた。
家族を庇うつもりなんて毛頭ないが、流石に罪が重すぎるのではないかと思ったのである。もちろん、二度と会うことがないという事実はサラの心に安寧をもたらすわけだが。
サラは無意識に眉尻を下げる。
「納得いかないか?」
「えっ、あ……いえ、そんなことは」
「サラには話しておくが、実際今回の判決はかなり厳しいものだ。そしてそうなったのは私のせいでもある」
「と、言いますと……?」
「あの者たちを二度と君の視界に入れたくなかった。頭の片隅にも置いてほしくなかった。だから陛下に少し手を加えてもらった。メシュリーの行いが発端で私に火傷を負わせた、と責任を感じている陛下は快く聞いてくれたよ」
「軽蔑したか……?」やや震えた声でそう聞いてくるカリクスに、サラはぶんぶんと頭を振る。
己のためではなくサラのために口利きをしたカリクスを責めるほど、サラは純真無垢な少女ではなかった。家族は処罰されて然るべきと決めたときから、こうなる覚悟は出来ていたのだ。
むしろカリクスには申し訳無さが募るばかりだ。
サラは口から謝罪が零れそうになるが、カリクスは喜ばないだろうと言葉を必死に飲み込む。代わりに、サラは花のように微笑んだ。
「ありがとうございました、カリクス様。力を尽くしてくださったこと、感謝に堪えません」
「…………サラ。ありがとう」
「ふふ、なんのお礼ですか……?」
くすくすと口元に手をやって笑うサラは、その時一つやっと合点がいった。
伯爵邸にてカリクスが助けに来てくれてからのこと。
カリクスは何度も私ならという表現を使っていた。あのときはそれほどに公爵家の力は絶大なのかと思っていたが、カリクスには国王に口利きしてもらえる理由があったらしい。
サラはなるほど、と内心納得した。
──コンコン。
遮るように絶妙なタイミングで聞こえるノック。
時計を確認すればちょうど時間だったので、サラはまあ良いか、と話を流して少しだけ開いた扉を見る。
「失礼致しますサラ様、仕立て屋が参りました」
「ありがとうセミナ。通してちょうだい」
「かしこまりました」
絶対に外せない用事──サラは今日、約4ヶ月後に控えた結婚式で着用するウエディングドレスの試着を行うのだ。
いつもとは倍の数の仕立て屋たちが入ってくると、弟子と思われる女性たちがせかせかと持ってきた仮縫いのドレスの準備を始めた。
ウエディングドレスの話が出たのはつい最近だ。普段のドレスのときはカリクスは一切口を出さないので、今回のウエディングドレスの件もサラの好きにすれば良いと優しさで言ってくれていたのだが、それを聞いていたセミナが一言言い放つ。
「生涯で一度しか着ない結婚式でのドレスですのに、サラ様お一人に任せるのは今後の夫婦関係においていかがなものかと」
いつもの淡々とした喋り方だというのに、端々が何だか刺々しい。因みに「そうだそうだ!」とセミナを援護しているのはカツィルだ。
女性にとってのウエディングドレスの重大さを痛感したカリクスが「良ければ一緒に選んで良いか」と頼んできたのはそのすぐ後だった。
サラもできれば一緒に選びたいと思っていたが多忙のカリクスに言い出しづらかったため、まさにセミナ様々だった。
セミナに論破されたとき少し凹んでいるカリクスが少し可愛かったことは、サラだけの秘密である。
「ではまずは定番のプリンセスラインドレスから参りましょう。ふんだんにリボンをあしらい、腕のパフスリーブもあることで可愛らしさはとびきりですわ!」
カーテンの奥に入り、手伝ってもらいながらドレスに着替える。
ドキドキしながらドレスに袖を通し、サラは気恥ずかしそうにカリクスの前に出る。公爵邸に来てからはドレスは着慣れているというのに、これが新婦にしか着れないものだと思うと緊張してしまうのは致し方なかった。
「ど、どうでしょうか……?」
「愛らしい。妖精みたいだ」
「……っ、つ、次着ます……!!」
間髪入れず褒めてくるものだからサラはすぐにカーテンの奥へと脱兎の如く逃げると、今のドレスを脱いで新たなドレスへと袖を通す。次はマーメイドラインの大人っぽいドレスだ。
「これはどうでしょうか……?」
「細身の君に良く似合っている。腰の辺りが色っぽい」
「!? もう……! 次です次……!!」
それからサラは代わる代わる様々な形、装飾があしらわれたドレスに袖を通した。
その度にカリクスは「可愛い」「美しい」「天使みたいだ」とそれはもうドロドロに褒めてくるのでサラは顔が真っ赤だ。カリクスは褒めてくれるだろうと予想はしていたがこうも繰り返されると心臓が持ちそうにないのである。
「こ、このドレスが最後ですわっ」
「これも良いな。脱がした──」
「だ、ん、な、さ、ま?」
「何でもない」
「…………?」
セミナに遮られたためカリクスが最後まで言葉を紡ぐことはなかった。サラはぽかんと口を開ける。
「で、サラは着てみて気に入ったものはあったか?」
「そうですね……。どれも素敵なドレスで迷ってしまいます」
深く頷いて「確かに」と呟くカリクス。脚を組み直すと、手をひらひらとさせて仕立て屋を自身の近くへと来させた。
「何か気に入ったものはございましたか?」
「どれも良い品だったがこれという決め手に欠ける。済まないが次回までにもう少しデザインを検討しておいてくれ」
「かしこまりました」
「えっ!? そんなことしなくて大丈夫ですわ……! 迷っているだけで……」
「だめですわサラ様。ウェディングドレスとは花嫁だけのもの。謂わばサラ様にとってのアーデナー卿のようなもの。迷うものではないのです……そう! 私のドレスはこれよ!! と運命を感じるものなのです……!!」
「わ、分かったわ……それじゃよろしくお願いするわね……」
読了ありがとうございました。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!




