51 カリクス、火傷痕の経緯を語る
若干ですが火や炎、火事の描写が入ります。苦手な方は前半は飛ばしてください。
カリクスがメシュリーと初めて出逢ったのは、カリクスが9歳の頃だった。
公爵である父──ベスターがキシュタリア王国国王と懇意にしていたことから、一つ年下のメシュリーの遊び相手として宮廷に招待された。
一般的に王族の遊び相手として選ばれるのは同性が多いのだが、当時のメシュリーは好奇心旺盛で男勝りな性格、外で遊ぶことも多く、充てがわれたのがカリクスだったというわけだ。
二人はすぐに仲良くなり、外に出ては走り回ったり木登りをしたり、カリクスが剣術を習い始めるとメシュリーもそれに続くようになったり。
幼い日の甘酸っぱい思い出というよりは、仲の良い戦友のような関係だった。
その年の冬、カリクスが公爵邸とは少し離れた別邸に赴いたときのことだった。
このときカリクスは体の弱い母親──セレーナが静養している様子を見に来ていた。
ちょうど繁忙期だったのでベスターは宮廷に泊りがけで仕事をしており、母親と最低限の使用人と静かに過ごしていたのだが、そんなとき。
突然訪問をしてきたのはメシュリーだった。
いきなりのことで驚くカリクスに、暇だったから遊びに来たと、さらりというメシュリー。お供も付けずにいきなり来るのはどうかと思ったものの、セレーナも良いというものだからカリクスは受け入れた。
その日は森に遊びに行き、植物を見たり木に登ったりもした。
しかしそんな日の夜、事件は起こったのであった。
──助けて! 誰か助けて!!
夕食後、今日は泊まっていくと駄々を捏ねるメシュリーに根負けしたカリクスはセレーナの元へ薬を届けると、一人部屋へ残してきた友人の叫び声に走り出した。
部屋を開けてみてみれば、明らかに賊と見られる男が二人。一人は部屋を漁り、一人はメシュリーを後ろから拘束して刃物を向けている。
どうやら賊たちは裕福な格好をして一人で外出していたメシュリーを付けてきていたらしい。
そして一人になったところを狙ったようだ。窓ガラスには割られた痕跡があり、そこから入ってきたのだろう。
この屋敷に滞在している公爵の子のカリクスではなくメシュリーに狙いを絞ったのは、女だったからだ。
金品を盗めず身代金も叶わなくとも、見目の良い育てが良さそうな女は売れば金になる。そういう算段だったのだろう。
とはいえこの頃のカリクスは既にかなり剣術に長けていたので、用心のために部屋の隅においていた剣を取った。
ただ実際に鍛錬ではなく敵に向けたのは初めてだったので腰がすくむのも当然であり、賊たちもそれを見抜いて余裕の表情だ。
大声を上げればメシュリーが殺されるかもしれないために声を上げることもできず、カリクスがどうしたら良いかと思案していたとき。
──いやーー!!
恐怖が限界に達したメシュリーが男の腕の中で暴れると拘束が解けるまでは良かったものの、男の手がテーブルに置いてあったオイルランプに当たり、床に落ちる。
運が悪いことに、今日カリクスたちが森に行ったときに採集した植物の一部が床に散らばっていた。その名も『ファイアーリーフ』。
見た目は緑色だが、よく燃えることからこその名前がついている。──そして。
火と油とファイアーリーフが床の上で交わるとそれは大きな炎となった。
メシュリーを先程まで拘束していた賊の一人はその炎に驚き、咄嗟にメシュリーの背中を押す。メシュリーの体は一瞬にして炎に包まれた。
──きゃーっ!! 熱い……!! 助けてぇ……!!
流石にまずいと思ったのか、賊たちは割った窓ガラスから逃げていく。カリクスはそんなことよりも、とメシュリーを助けようと上着を脱いで炎を消しにかかるのだがファイアーリーフによって膨れ上がった炎はなかなか消えることはなく、瞬く間に炎は燃え広がる。
それでも炎の中でもだえ苦しむ友人をそのままになんてしておけるはずもなく「誰か早く来てくれ!!!」とだけ叫ぶとカリクスはメシュリーの救出を試みた。
それからの記憶といえば、炎の熱さと、顔の左側の焼けるような痛みと、呻くようなメシュリーの声。
最後に聞こえた母親──セレーナの声に、カリクスは意識を手放した。
◆◆◆
「──私とメシュリーを助けてくれたのは母だった。普通に動くのも大変なのに、子供二人を抱えて」
「………………」
「そのおかげで幸い私は顔の火傷だけで済んだ。メシュリーも一命を取り留めた。母も火傷を負ったが、本人は何一つ気にしていなかったな。名誉の負傷だと言っていた」
「名誉の……負傷……」
蘇る記憶はお茶会のとき──母親の扇子からカリクスが守ってくれたときのこと。
あのときカリクスは名誉の負傷だとさらりと言ってのけた。サラは冗談はやめてと返したが、今思うと本気だったのだろう。
どうやらカリクスは、母親によく似ているらしい。
「カリクス様……私……」
「ん、どうした? ああそういえば、この話を今まで出来なくて済まなかった。メシュリーの火傷痕の件は陛下に秘密にしてくれと言われていてな。メシュリーの将来に影響するから、と。だから言えなかった。……まあそれも、メシュリーが良いと言うんだから構わないだろ……って、サラ……?」
サラは身体をカリクスの方に向けると繋がれていた小指をするりと引き抜いて両膝をラグに付けるようにして膝立ちすると、少し低い位置にあるカリクスの頬を両手で優しく包み込む。
「サラ、どうし──」
珍しく自分から触れてくる婚約者にカリクスが疑問を口にしようとしたとき、それは降ってくる。
サラは、カリクスの火傷痕に優しく口づけた。それは何度も何度も繰り返され、困惑気味のカリクスが声を掛けてもやめることはない。
暫くして満足したのか口付けは終わっても、頬を包む手にすりすりと愛撫される。カリクスが片手をサラの手の上に重ねると、ゆっくりとその手は動きを止めた。
「どうした、サラ」
「──愛おしくて」
「……え」
「メシュリー様を守ろうとしてできた火傷痕も、お母様に守ってもらった証の火傷痕も──今、貴方が私の目の前に居てくれることの全てが、愛お、しくて……」
「サラ──」
キラリと、サラの瞳に涙が浮かぶ。
カリクスは泣くな、と優しく言いながら、人差し指で優しく拭ってからサラの背中に手を回した。
惜しみながらも包み込まれている手から離れ、サラの胸辺りに顔を埋める。トクントクンと規則正しく心地良い心音に目を瞑った。
「私を愛してくれてありがとう」
「カリクス様……」
「サラが愛おしい……愛おしくて堪らない。こんな感情、この先君にしか抱かない」
「…………っ」
もうこれ以上想いを伝える術はないだろう。サラは口を閉ざして、カリクスを包み込むようにギュッと抱き締めた。
頬に当たる漆黒の髪が擽ったい。ふふ、とサラが笑みを零せばカリクスもつられるように弧を描く。
二人は暫くの間、何も話すことなくそのままでお互いを感じていた。
ずいぶん長く眠った感覚があるのに、頭がぼんやりと重たい。朝にしては空気がスッキリしておらず、普段は聞こえない川が流れるような音が聞こえる。
(あれ……? 私の枕ってこんなに硬かったかしら……?)
ふかふかの布団に、ふんわりと柔らかい枕のはずなのに、いつもと何かが違う。
サラは落ちそうになる瞼を必死に開ける。スゥッと開けた眼前に見えた婚約者に、サラは飛び起きた。
「ひゃぁあ……っ! こっ、これは一体……!?」
「サラ、おはよう。良く眠っていたな」
幹に凭れ掛かって胡座を組むカリクスの太腿を拝借していたらしく、サラは慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません……っ! いつの間に寝てしまったようで……」
「昨日は帰りが遅かったから仕方がない。……私の髪の毛は涎だらけだが」
「えっ!? 嘘……!?」
「はは、嘘だよ。冗談」
ピクニックに来たのに寝てしまうわ、カリクスに膝枕されてしまうわで非常事態だというのに、もしも涎まで垂らしていたらと思うとサラはゾッとした。
カリクスの声は終始明るいので大丈夫だろうけれど。
「えっと、お御足お借りしました……ありがとうございます」
「構わない。ずっと君の寝顔が見れて良い一日だった」
「忘れてください……! 今すぐ……っ!」
「それは無理な相談だ。……まあとにかく、そろそろ帰ろう。これ以上遅くなるとヴァッシュにねちねちねちねちねちねちねちねち言われそうだ」
(ねちねちが異様に多いわ…………あっ、そういえば)
火傷痕についてはスッキリしたサラだったがまだ聞きたいことが残っていたことを思い出す。
帰りの支度を終えゆっくり歩き始めた頃、サラは「その……」と言いづらそうに話を切り出した。
「ご両親のことを聞いても……?」
公爵邸に初めて足を踏み入れた日、3年前に父親が亡くなったということ以外は家族について聞かされていなかったサラ。当初は契約結婚のようなものだったので深く聞くつもりはなかったのだが、今となっては知りたい気持ちが募る。
もしや私の生い立ちに引け目を感じて家族の話をしないのでは? とも思ったサラだったが、どうやらそうではないらしく。
「済まない、もう話している気でいた。父親は気さくな人で3年前病気で亡くなった。母親は昔から病弱な人でもう亡くなってから10年になるか……早いものだ。両親はこっちが恥ずかしくなるくらい仲が良かった」
「それは素敵ですわね。……一度だけでも会いたかったです」
「そうだな。サラならば二人共大喜びだろう」
「ふふ、カリクス様ったら」
公爵邸に着くまで、サラはカリクスの両親の話に耳を傾けた。
話の最中、一瞬声に影が落ちた気がしたけれど、サラは気のせいかと気にすることはなかった。
読了ありがとうございました。
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