50 サラ、カリクスとピクニックに出掛ける
舞踏会から帰宅後、疲れたのか死んだように眠ったサラは次の日の朝、眠たい身体にムチを打って目覚めた。
それからは身支度を整えて朝食を食べ終え、急いでキッチンへと向かう。
仕事をするコックたちの邪魔をしないように用意されたスペースで包丁を握ると、それほど凝ってはいないものの美味しそうなサンドイッチや片手でつまめそうなおかずを作り、ボックスへと詰めた。
セミナはそのボックスとティーセットを持ち、カツィルは外で使うようのラグを持つと、いつもより少し早足にサラの後をついていく。
時間はちょうど正午。サラはノックをしてカリクスの自室を開けた。
「カリクス様! ピクニックへ行きましょう……!」
◆◆◆
昨夜の帰りの馬車でのこと。
「明日の休暇は一日二人でいよう。抱きしめたいしキスもしたい」と真剣な声色でカリクスに告げられたサラは頬を赤く染めた。
そんなことを一日中されたらドキドキして身が持たないと考えたからである。だからサラはふたりきりを避けたかった。
しかしせっかくの休暇だ。サラだってカリクスと過ごしたいという思いはある。
それならば、と考えたのがピクニックだった。
セミナとカツィルも誘えばふたりきりは回避できるし、日々激務に追われるカリクスは体を休められるだろうと考えた最良の案。屋敷の近くの川の畔、木陰の下でゆっくり過ごそうと伝えたのが昨夜の馬車を降りる直前である。
そして現在、サラはカリクスとセミナ、カツィルと共に目的の場所までやって来たのだが。
「ここまで荷物持ちご苦労だった。お前たちは先に帰っていてくれ。帰りの荷物は私が持つから問題ない」
「えっ?」
「「かしこまりました」」
「えっ!? ちょ、セミナ! カツィル!」
昨日のカリクスの言い方から察するに二人を帰そうとするのは目に見えていたサラは、お願いだから帰らないでと二人には頼み込んであった。
というのに、蓋を開ければどういうことだろう。
セミナとカツィルは悪びれる様子もなくしれっと帰ろうとするので、サラは二人の手をギュッと掴んで引き止めた。
「ま、待って! セミナとカツィルが居ないと私……!」
「サラ様、申し訳ありません。恨むなら旦那様を恨んでください」
「い、一体何が……?」
「流石にお二人のあれこれを目の前でずっと見ているのは気まずく──つまりは、旦那様は人がいようがいまいがサラ様とイチャイチャする気満々だそうです」
「なっ、な……!!」
「サラ様! また後で!! ごゆっくりー!」
「待ってふたりともーー!!!」
小さくなっていく背中を追いかけようと踏み出すサラの足は、一歩踏み出したところでピタリと止まる。
軽く触れているだけなのに重たく伸し掛かるように感じる左肩に乗せられたカリクスの手。
サラはゆっくりと振り返ると、美しい緑とキラキラと太陽の反射で光る川の流れを背にこちらを向くカリクスに「サラ」と名前を呼ばれる。
優しい声の中にほんの少しの苛立ちを感じたサラは、びくりと肩を震わせた。
「私は二人でいようと言ったはずだが」
「そ、それはそうですけれど…………」
(それにしたって二人にあんなこと言っていたなんて……!)
サラは半泣きになりながら、頭一つ分は高いカリクスをじっと見つめる。
あまり向けられたことがないその顔に、カリクスは数回瞬きを繰り返し、そっと親指でサラの唇を撫でた。
「怒っても可愛いな、君は」
「〜〜っ」
「やはりふたりきりになって良かった。可愛いサラをずっと独り占め出来る。ほら、せっかく来たんだからおいで。座ろう」
「……わ、分かりました……」
何もサラだってカリクスとふたりきりが嫌なわけじゃない。ただ意識してしまい、昨日のキスを思い出してドキドキするだけで。
いくら恋愛ごとに鈍感なサラでも、ここまで愛をぶつけられて行動でも示されたら分かるのである。
木陰に敷いた外用のラグに、サラはカリクスと肩がぎりぎり触れない距離に腰を下ろす。
川の畔だからか風が涼しく、サラは薄っすらと目を細めてその風を肌で感じる。
「気持ち良いな」
「はい。とっても…………」
一悶着あったが、こんな穏やかな時間ならば大歓迎だ。
サラはそう思いながら正午を過ぎていたことを思い出し、カリクスの傍から少し離れたところにあるランチボックスの存在を思い出す。その隣りにあるティーセットの中身も確認し、サラはカリクスに問いかけた。
「その、軽く食べられるものを作ってきたのですが……どうしますか?」
「サラが作ってくれたのか?」
「あ、はい……! その、せっかくなので……」
伯爵邸にいた頃は食事は自分で用意していたサラ。
余り物でぱぱっと作っていた程度なのでマイクが作るようないかにもご馳走は作れないが、サンドイッチには自信がある。しかも公爵邸のキッチンにある食材はどれも新鮮なものばかりだ。美味しくならない訳が無い。
サラはどれでもどうぞ、というように開いたランチボックスをカリクスの前に差し出した。
「迷うな。選んでくれるか」
「んー……では、このお野菜たっぷりのものが──」
「じゃあ食べさせてくれ」
「はい。……って、え……!?」
聞き間違いだろうか。そろりとカリクスを確認すると、手を伸ばしてくる気配はない。
挙句の果てに「いつまで待てば良い」と尋ねてくるので、サラはかぁっと頬を染めた。
最近分かったことだが、カリクスは割とスキンシップが激しく、そして甘えん坊だった。
「サンドイッチなら手は汚れませんわ……!」
「そういう問題じゃない。こういう機会じゃないと出来ないだろう」
「……っ、ででで、でも……」
「……なら選ぶといい。私に食べさせるか、私に食べさせられるか。二つに一つだ」
普通に食べるという選択肢はどうやら無いらしい。サラはうーんと唸って悩み抜いた上で、前者を選んだ。
サンドイッチを掴んだ手をずいと差し出し、カリクスの顔に近付ける。居た堪れず顔を背けていると、カリクスの手がサンドイッチを掴むサラの手首を優しく掴んで引き寄せる。
自身の手中にあるサンドイッチをがぶりとかじりつかれたのを音と気配で察知したサラは、なんとも言えない恥ずかしさに襲われた。
「うん、美味しい」
「そ、それは良うございました……!」
「サラありがとう。こんなに沢山朝から作ってくれて。大変だったろ」
褒め言葉に感謝の言葉に労る言葉と、サラはそれだけで口元がニヤけてしまいそうになる。カリクスはこういうところが狡い。
それからはカリクスに食べさせながら、断固として食べさせられるのは拒否したサラ。
恥ずかしさやら幸せやらで頭が沸騰しそうになるのを必死に抑えながら、食後には紅茶を飲んでホッと一息ついた。
少しゆっくりしてから、軽く片付けを済ました二人は大きな木の幹に凭れ掛かった。
休日の午後。お腹が満たされ、風を肌で感じ、川のせせらぎを聞きながら二人で過ごす時間。日々忙しなく執務に追われるサラたちは、ここまで穏やかに過ごす一日は初めてかもしれないと噛み締める。
「カリクス様」
「どうした」
ツン、と小指同士が触れ、カリクスは指切りをするように小指を絡めた。
「その、少し……お聞きしたいことがあるのですが良いですか……?」
「ああ。──昨日メシュリーから何か聞いたのか?」
探るような尋ね方に察しの良いカリクスが気付かないはずもなく。昨日サラがメシュリーと友達になったと聞いたときから、カリクスはいつ聞かれるのだろうかと待っていたのだった。
「火傷痕の、ことで……その、カリクス様から聞くようにと」
「分かった。……まあそんな大した話じゃないが」
そうしてカリクスは語り始める。
火傷痕──つまり火傷を負った原因を。
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