表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/94

5 カリクス、珍しく焦る

総合ランキング12位(7/9)でした。皆様のおかげです。ありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします。

 

 薄く化粧を施され、髪の毛もハーフアップに結われたサラはダイニングルームへと足を運んだ。


 扉を開けてもらい足を踏み入れると、そこは綺羅びやかなシャンデリアに歴代の当主の絵画がずらりと飾られている。

 厳かな雰囲気はあるものの色使いや所々に飾られている花々から温かさを感じられたサラは、まるでカリクスのようだ、と感じた。


「サラ、君はこちらへ」

「えっ、あ……カリクス様? ですよね? ……ありがとうございます」


 てっきりヴァッシュかセミナが席に案内してくれると思っていたサラだったが、その役は我先にとカリクスが買って出てくれた。一瞬誰か分からなかったので突然のことで驚いたものの、カリクスの好意に甘えることにする。

 そのまま椅子の前までカリクスの後を付いて行くと椅子を引かれる。たったそれだけのことでも所作が美しく、サラは彼の教養の高さを改めて確認する。

 やはり公爵家の当主ともなる人間は、そこのところ抜かりないのだろう。


 サラは暫く社交界を離れていたため不安はあったものの、何年もかけて習ってきた淑女の基本を思い出し、静かに着席した。


 そうしてカリクスも上座に着席すると、二人は斜めに向かい合う形となった。


「そのドレス、良く似合っている。元から可愛らしかったが、今は美しいの一言だ。メイクも髪型も素敵だな。私には勿体ないくらいだ」

「そ、そんなにですか……!? あ、ありがとうございます……! 何から何まで用意してくださって……公爵家にばかり負担させてしまって申し訳ありません」

「そこは気にしなくて良い。当然のことだから。ほら、前菜が来たから頂こうか」

「はい」


 運ばれてきたホワイトアスパラガスのマリネ。春の旬物で季節を感じられ、香りでは食欲をそそられ、唾液が溢れるのを感じる。

 一口食べるとじゅわっとみずみずしさが広がり、ソースとの相性が最高でサラは頬にそっと手を添えた。


「ん〜〜! とっても美味しいです!」

「それは良かった。後でシェフが挨拶に来るから言ってやってくれ」

「勿論です……この感動を是非伝えたいです……ほっぺが落ちそうです……」

「フッ、料理人冥利に尽きるだろうな」


 それからも数々の料理が出てきては、サラはカリクスと談笑をしながら、何より味わいながら食していった。

 しかし、次にメイン料理が運ばれてくる、という頃に問題が起こった。


「どうした? 手が止まっているようだが」

「あ、えっと……ですね…………」

「苦手なものだったか?」


 ちら、とカリクスはサラの手元にある皿を瞠る。

 苦手なものならば無理をする必要はないと言おうと思ったが、サラの返答はそうではなかった。


「違うんです……とっても食べたいの、ですが……」

「?」


 サラの言葉がどんどんと小さくなるのと同時に、顔色が悪くなっていくことに気付いたのはカリクスだけではなかった。

 カリクスの後ろに控えるヴァッシュもまたそのことに気付き、サラの後ろに控えるセミナに目配せで指示を送る。

 セミナはサラの隣まで来ると顔を覗き込むようにしてそっと肩に触れた。


「サラ様? 大丈夫で」

「うう……っ」

「サラ……!!」

「サラ様……!?」


 ──ガシャン!


 サラが持っていたナイフとフォークは、呻き声を発した直後に床に落ちる。


 まさか毒が──? とその場にいる全員が疑念を抱いたものの、カリクスは至って元気なことと、シェフを含め使用人たち全員がサラに危害を加える動機がないことから可能性としては低い。

 何よりそろそろカリクスに妻を、と望んだのは使用人たちだ。そんな彼ら彼女らがサラを傷付けることなどあり得ないのだ。


「サラ大丈夫か!? どこか痛いのか!?」


 カリクスは即座にサラの元へ行くと、彼女を自分にもたれ掛かるように体勢を変えて症状を見る。

 額にはたっぷりの汗をかいていて呼吸も浅く、顔色も悪い。


 一刻の猶予もないかもしれない。

 カリクスはどうしたら良いのかと頭を働かせると、サラはうっすら目を開けた。


「お腹が……いた、くて……っ」

「今ヴァッシュが医者を呼びに行った……! すぐ来るから!」

「お医者、様は……必要ありません……!」

「何を言ってる! こんなにも辛そうじゃないか……っ!」

「これ、は…………ただ、胃がびっくり、しただけの、いたたっ、……腹痛、です」

「な、に?」


 そこでサラは痛みで意識を手放した。

 カリクスの心配する顔を、微かに視界に止めながら。



 ◆◆◆



「ん……? ここは……?」


 重たい瞼がゆるゆると上下する。もう少しだ、と開ききれば、見慣れない天井にサラは記憶を辿った。


(あれ……? 私何で……? カリクス様と食事してて……それで)


 まだぼんやりするから寝てしまいたいがどうも喉の渇きが気になって、サラはゆっくりと上半身を起こす。


「あ……ここ私の部屋だ……」


 ソファも壁紙も絨毯も全て、記憶している用意された自分の部屋だ。

 視界の端に映ったカーテンの隙間からは朝の陽光が差していることから、約半日経っていることを理解したサラは、喉の乾きも当然なのだろうと考えながらベッドを降りる。


「あれ、何だろう……?」


 しかしそこで違和感が二つ。一つは入口の扉が10センチほど開いていること。閉め忘れは考えづらい。


 そしてもう一つはソファから誰かの足がひょこりと飛び出していること。


 サラの立っている角度からはソファの背面部分しか見えず、誰なのか確認しようとおずおずと近づくと、足音に気付いたのかその人物がもぞもぞと動き始める。

 そのままゆっくりと起き上がると、顔がこちらを見たことだけサラは認識出来た。


「おはよう、サラ」

「えっと、おはようございます。カリクス様……ですか?」

「ああ、カリクスだ。驚いただろう、済まない」

「い、いえ」


 寝起きだからか僅かに上擦った声は色気を孕んでいて、昨日の声とは少し異なっていたので、サラはカリクスだと判断するのにやや戸惑ってしまう。

 そんなサラの心情を汲んでか、まずは名乗らないとな……とぶつぶつ独り言を喋っているカリクスに、サラは話しかける。


「えっと、申し訳ありません。状況を説明していただきたいのですが……」

「それもそうだな。ならとりあえずセミナを呼んでこよう。私は自分の部屋に戻っているから、身支度と朝食を済ませるといい。話はそれからだ」

「分かりました」


 それからカリクスは立ち上がると、ぼんやりと立ち尽くすサラに近づいていく。

 ピタリと彼女の前で止まると、低い位置にあるサラの顔を覗き込んで優しく微笑みながら、そっと頬に触れた。

 唐突にゴツゴツとした大きな手で頬を触れられたサラは、全身がピクンと動いて驚いたことを表現することになり、カリクスはその様にフッと口元を緩める。


「顔色が良くなっている。良かった」

「はっ、はい……!」

「あはは、驚き過ぎだ。君は朝から可愛いな」

「へ? 今なんと……?」


 自身の心臓がバクバクと高鳴る音で後半の言葉が聞こえなかったサラが聞き返すと、カリクスは頬にやっていた手を頭にずらして、ポンポンと叩いてから部屋を出ていく。


 暫くして慌てて部屋に入ってくるセミナに、昨日から今日にかけての一連の出来事を聞いたサラが、顔を真っ赤にして悶絶することになるのは約数十分後のこと。



 ◆◆◆



 カリクスは自室に戻った直後、ベルを鳴らしてヴァッシュを呼び出した。

 すぐさま現れたヴァッシュに「湯浴みはいかがされますか?」と聞かれ、そういえば、と思いを馳せる。


 昨日は夕食時にサラが倒れてからというもの、正直湯浴みどころではなかった。服さえ着替えていない。


 寝汗で身体もベタつくし不衛生は当主として如何なものかとカリクスは提案を受け入れるが、その前に、と準備に取り掛かろうとするヴァッシュを引き止めた。


「準備は他のものにさせてお前にはやってほしいことがある」

「なんなりと」

「サラが伯爵家でどのような扱いを受けていたか調べてくれ。もちろん彼女にはバレないように。メイド長のセミナにもサラのおかしな点や気づいたことを報告させろ」

「かしこまりました。……僭越ながら、理由を聞いてもよろしいですかな?」


 ほほほ、とヴァッシュが微笑む。それは普段見せる執事として当主を見る笑顔ではない。

 まだ「坊っちゃん」と呼ばれていた時代に時折見られた楽しそうな笑顔に、カリクスはやり辛さを感じ、椅子に深く腰掛けたまま足を組み替えた。


「言わずとも分かるだろう。一般的な伯爵令嬢とは育ってきた環境が違うと感じたからだ。顔が認識出来ないことを打ち明けるときも辛そうだったし……もしかしたら家族から…………」

「それならば今から旦那様や我らがサラ様を大切にすればいいだけの話では? 過去を調べるほどのことですかな。結婚相手など()()()良かったとサラ様にも言っておりませんでしたか? ほほほ」


 ヴァッシュの棘のある言葉にハッとし、そして昨日の自分に嫌気が差した。


 少なくともカリクスにとって、サラの顔や表情が認識出来ないことよりは欠点ではないのだ。


 見境なく剣を向けるやら、冷酷で残虐性があるやら──火傷痕を見てそう噂を流し、時には可哀想に、と同情するような貴族とサラは違った。

 この火傷が有り難いといい、優しいオーラを感じるとまで言ってくれた。

 ()()()()()()()から、という理由で片付けてしまえばそれまでだが、カリクスにはサラ自身が清く、優しい心の持ち主だからだと本能的に感じ取れたのだ。


 ぐしゃっ──右手で前髪を掻き上げたカリクスは、鋭い目つきでヴァッシュを瞠る。


「私が適当に相手を選び結婚相手は誰でも、と言っていたことは忘れろ。──今すぐだ」

「──御意」

「それとサラのこと、すぐに調べろ。そして全て報告しろ。急げ」

「かしこまりました旦那様」

読了ありがとうございました。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!


サラに早く幸せになってほしい! という方もぜひ……!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
♦顔が見分けられない伯爵令嬢ですが、悪人公爵様に溺愛されていますCOMIC③♦
コミック最終巻(電子専売)が07/01日に発売になります/↓画像をクリックすると公式様に飛びます!作画は樋木ゆいち先生です!原作は私、櫻田りんです!感動のフィナーレ、ぜひご覧ください……!! 顔コミックス
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ