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49 サラ、メシュリーと仲を深める

 

 今思い返せば、以前のお茶会の時からメシュリーはサラの底知れぬ強さを感じていた。


 母親とミナリーに馬鹿にされ、恥をかかされていた頃は弱々しい女性でしかなかったというのに、カリクスを悪く言われたときの変わりようと来たら目を瞠るものがあった。立ち姿だけで周りは息を忘れそうになり、透き通った声は白を黒に変えてしまうほどの力があった。


 後から現れたメシュリーだったが、実はずっと離れたところからそんなサラを見ていたのである。

 そして無意識のうちに魅了され、心のどこかで恐れに似た感覚さえ覚えた。

 本能的に彼女には敵わないと悟り、出るに出れなくなったことは記憶に新しい。


 そんなサラにカリクスと別れることを迫っても、根本的な解決になるはずなかったのだ。

 メシュリーはカリクスのことが好きなわけではなく、火傷痕(身体)の秘密を一生共有してくれそうな人物を求めていたのだから。



「──それで、植物というのは?」


 涙がおさまったメシュリーはソファに浅く腰掛けてそう尋ねる。

 サラが向かい側に座ろうとすれば「隣でいいわよ」と素っ気無くもお誘いがあったために、嬉しそうにメシュリーの隣に腰を下ろした。

 メシュリーは「ふんっ」と言いながらも顔を赤らめる。


「いくつかの書物に、傷の治りに効くという植物があると読んだことがあります。もちろんそれは切り傷に対してでしたが、いろんな組み合わせで薬を調合すれば火傷痕に効くものもあるかもしれません」

「……! それは本当なの!?」

「絶対とは言えませんが……可能性はあります。なんせこの国には──」

「プラン・マグダット子爵ね……!」 

「はいっ! そのとおりですわ!」


 マグダットが植物に精通しているのは誰もが知るところだ。

 そして植物の研究が出来るとなれば食い付いてくることを、パトンの実のことでサラは目の当たりにしている。未だ誰も見つけられていない植物の効果を探る──マグダットがこの話に乗ってくる可能性は十分にあった。


「手続き上まだですが、私の養父にもなってくれている方ですし、私の方から手紙を書いておきますね。何か進展がありましたら王宮の方にお手紙をお送りしますのでご安心ください」

「…………どうして、そこまでしてくれるの?」

「え……?」

「もしかしてこの火傷痕が目立たなくなったらカリクスのことを諦めると思ってるの? 意外と狡賢いのね」


 しまった言い過ぎた、とメシュリーは思うが時既に遅しだった。言葉はきちんと相手の元に届き、サラはぱちぱちと何度か瞬きを繰り返している。

 人の親切に対してこんな言い方をするなんて、と思うものの、メシュリーは素直になりきれないでいた。


 けれどサラは、そんなメシュリーに対して失礼だと怒るどころか「ああ!」とびっくりしたような声を上げる。


「申し訳ありません……カリクス様のことはすっかり忘れていました……」

「…………はい?」

「殿下の涙を見て私にできることは無いものかと考えていたらすっかり……。婚約者として最低ですわ……。あ! ちゃんと言ってませんでしたが私はカリクス様のことをお慕いしていますので別れたくありません……!」

「…………。ふっ、ふふ、あははははっ……!!」

「……!?」


 突然声を出して笑い出すメシュリー。

 お腹に手をやって、ときおり「痛い、痛いわっ!!」と言いながら大笑いしている。爆笑と言っても差し支えないだろう。


 サラは何に対して笑っているのか分からず、ぽかんと口を開ける。


「あーー久々にこんなに笑ったわ……」

「そ、それは宜しゅうございました……?」

「本当に変な子ね……貴方それ無意識でやっているの?」

「な、何の話でございますか……?」


 まるで人の上に立つ為に産まれてきたような魅力や能力が有りながら、簡単に懐に入りこんでしまうような愛嬌を持ち、それが無自覚だなんて。

 メシュリーは小さく息を吐いた。


「末恐ろしいわね…………」

「殿下、さっきから何の話を……」

「ただの独り言よ」

「は、はあ…………」 


 なにはともあれメシュリーが笑ってくれるならそれで良いやとサラも微笑み返す。

 その笑顔に何度も毒気を抜かれたメシュリーは、足を組み直して背もたれに身体を預けた。

 そのまま首だけをサラの方に向けてポツリと呟いた。


「まあ、貴方のことは嫌いじゃないわ」

「あっ、ありがとうございます……! 嬉しいですわ……! ──こういうとき、お顔が拝見出来ないことが残念で仕方ありません……」

「? どういうこと……?」


 見たところ生活に不自由があるように見えなかったメシュリーは小首をかしげる。


 不可抗力とはいえ火傷痕のことを打ち明けてくれたメシュリーにサラは誠実でありたいと、自身の顔が見分けられないという症状を話し始めた。


 ことのあらましを聞いたメシュリーは再び浅く座り直すと、身体ごと斜めに捻って向き直す。


「自分で言うのもなんだけれど、よく整った顔をしていると言われるわ。周りには童顔だと言われることも多いわね……。唇の左下に黒子があるから……それで見分けることって可能かしら?」

「はい……! 大丈夫だと思います! ……その、信じてくださってありがとうございます……っ」

「べっ、別に……! この場でこんな嘘を私に言ったところで貴方──サラに得はないでしょ!?」

「殿下……! ()()と呼んでくださいましたか!?」


 サラは前のめりになってメシュリーに顔を近付ける。何とも嬉しそうに目をキラキラとさせる姿に、メシュリーは恥ずかしさよりも僅かに素直が上回ったのだった。


「ちょっと、この国に殿下って何人いると思って? お友達は……名前で呼び合うものよ」

「つまり……メシュリー様とお呼びしても……? お友達になって頂けるのですか……?」

「どっちも好きになさい! ……あと、カリクスの火傷痕の件、聞いてみるといいわ。私から言われたと言えば直ぐに教えてくれるでしょう」

「わ、分かりました!」



 それから友人同士として会話に花を咲かせて暫くすると、サラはメシュリーに命を受けた騎士とともに部屋をあとにした。最後に「そのネックレス、カリクスからでしょう?」と聞かれたサラは「物騒なことはしていませんからね!?」と咄嗟に答え、メシュリーは何を言っているのか理解できなかった。



 会場に向かって来た道を戻るようにして歩いていると、渡り廊下に差し掛かろうというところでサラは目の前の人影に気付く。

 照明が当たらないため漆黒の髪は闇に紛れ、黒の正装も他の人間と区別が付きづらい中でも、左目を覆うような優しい赤いオーラ──火傷痕にサラは駆け寄った。


「カリクス様……!」


 渡り廊下に等間隔に設置されている柱の一つに背中を預けていたカリクスは、サラの声に気がつくとやや俯いていた顔を上げた。

 小走りで向かってくるサラに一旦表情を緩めてから、サラの後ろにいる騎士に向かってスッと片手で手を差し出す。

 護衛はもう良い、という意図を汲んだ騎士は、国一番の強さを誇るカリクスが居るならば護衛対象のサラは誰よりも安全に違いないと、持ち場へと戻っていったのだった。


「サラ、お帰り」

「た、ただいま戻りました……!」

「大丈夫だったかと聞こうかと思ったが──その様子だと聞く必要は無いな」

「ふふっ、メシュリー様とお呼び出来るようになりました! それにお友達、だとも……」

「……それは凄いな」


 幼馴染のメシュリーの性格をカリクスはそれなりに知っている。

 王族としての身分を理解し、王族とその他で必要な線引きを出来る人物だ。カリクスも幼馴染でなければ砕けて話すことなどなかっただろう。

 そんなメシュリーが名前で呼ぶことを許したということは、即ちサラに気を許したということ。


「サラ、良かったな」

「はい! その、人生で初めてのお友達なのです……とっても嬉しいですわ」 


 おそらく尻尾があったらぶんぶんと振っているのだろうというくらい、サラは何だか嬉しそうだ。

 伯爵邸にいた頃の生活を考えれば友人は居なかっただろうし、いくらセミナやカツィルと楽しそうに話していても雇う側と使用人の関係性は簡単に切り離せるものではない。サラもそれは十分に理解しているから、メシュリーの存在はよほど嬉しかったのだろう。


 とはいえ自分に対して向けられたことがないくらいに喜ぶサラに、カリクスは大人気なく心がもやりとする。

 サラのことになると、カリクスの心はどうしても狭くなってしまうのだった。もちろん、サラに友人ができた喜びのほうが勝ってはいるのだが。 


 カリクスは「妬けるな」囁くように言うと、喜びで破顔するサラの顎をそっと掬う。

 サラはいきなりのことで驚き、そしてこれから何をされるのかと瞬時に予期出来てしまったことで、身体をギュッと硬直させた。


「カリクス、様」

「明日はサラも私も一日休暇にしてある。ずっとこうしていたい」


 カリクスは腰を折って距離を詰めると、サラの唇を奪う。

 緊張で身体がガチガチだった3度目のキスは、サラの全身を熟した苺のように赤くした。

読了ありがとうございました。


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