48 メシュリー、秘密を明かす
メシュリーに連れられて訪れた部屋は、先程の部屋とは違いかなりモダンな作りだ。『私専用』と言っていたことから、この部屋はメシュリーが寛ぎやすいようアレンジされているのだろう。
チリンと鈴がなるような可愛らしい声の持ち主──メシュリーに対して、サラは所謂『お姫様』のイメージを持っていたのでこの部屋には少し驚いた。
「………………」
「………………」
しかし驚くなんて感情は一瞬にして過ぎ去っていく。
お互い向かい合うようにソファに腰掛けるとサラはメシュリーの言葉を待つのだが、いつまでも話しかけて来ないのである。
状況も立場も、どちらを取ってしてもメシュリーの言葉を待つのが正解のはず。にしてはあまりにも沈黙の時間が長い。
実際は2分程度だったのだが、サラにとっては10分にも及ぶ体感だった。
「考えがまとまったわ」
「は、はい…………っ」
「回りくどいのやめるわね。建設的な話し合いがしたいから」
何を言い出すのだろうと、サラは固唾を呑む。
そんなサラを知ってか知らずか、メシュリーは真っ赤な口紅を引いた綺麗な形の唇を開くのだった。
「カリクスと、別れてくださらない?」
「…………!!」
──ねぇお姉様、ミナリーにカリクス様をちょうだい?
フラッシュバックしたのは妹──ミナリーのことだ。
あのときのミナリーは、サラのものなら全て貰って当たり前という考えでの発言だった。
カリクスのことなど玩具や装飾品と然程変わりないと思っていたのだろう。だからこそサラは腹が立ったし、絶対に嫌だと思った。
けれど、目の前のメシュリーはどうだろうか。
サラは今回の社交界デビューを迎えるにおいて、参列する全ての人間の一般的な情報は頭に入れていた。特に今後公爵家と関わりそうな家や、キシュタリア王家の人間は念密にだ。
それから分かるのはメシュリーはミナリーのような子供じみた思想を持っていないということ。
寧ろその逆──メシュリーは今まで身を粉にして国のために働いてきた。
国王から全幅の信頼を置かれているのも王子たちではなくメシュリーであり、先程貴族たちの対応を任されたということからも、それは裏付けされている。
そんなメシュリーがわざわざカリクスを欲する理由──それは。
「……カリクス様のことがお好きなのですか……?」
表情で窺い知ることができないのは腹の探り合いにおいて大きなマイナス要素だ。
それでもサラは質問し、そして知らなければならない。たとえ苦手だろうとだ。
いくら相手が王族だろうが、サラはおいそれとカリクスと別れるなんて出来なかった。
「…………それは」
「………………」
「まあ……そんなところよ」
(そんなところ……? そんな適当な思いでこんなことを……?)
サラはてっきりカリクスへの愛を熱く語られると思っていたので、肩透かしを食らった気分だ。
何よりあの理由ではメシュリーの本心が全く掴めない。
別れるのは嫌ですと拒否をすることは簡単だが、相手は王族である。
実力行使をされたら敵う相手ではないためにサラは慎重にメシュリーを観察していると、彼女の両手の指が太ももの上で忙しく動く。
あまりにも落ち着きがないその動きに注視していると、メシュリーの片手がもう片方の手首を掴んだ。
その瞬間、サラの視界に入った僅かなそれ。見覚えのある、少し斑になった赤色は──。
「殿下、失礼ですが……その腕、火傷痕ですか?」
「……!! 見たの……!?」
「は、い……。申し訳ありません」
毎日カリクスの顔の火傷痕を見ているサラには、少し見ただけでも直ぐに分かった。
最近できたようには見えず、カリクスと同様に昔のものなのだろうということは予想できる。
「そう、見たの。……見たのね──」
メシュリーの悲しそうな声に、不可抗力だったとはいえサラは罪悪感が募る。もう一度謝罪を、と頭を下げようとすれば、メシュリーは思い切ったようにドレスの袖を捲り上げた。
「もうどうせだから、見なさい」
「……!! これ、は…………っ」
「醜い、でしょう……?」
そこに広がるのは腕一面の火傷痕。サラは驚き、目を見開く。
メシュリーは自暴自棄になったようにもう反対の腕も露わにし、首元も引っ張って見せつける。
そこでサラは以前お茶会のときに感じたドレスの違和感も、夜会に似つかわしくない露出が少なすぎるドレスへの疑問も、全て合点がいった。
メシュリーは肌を──火傷痕を隠したかったのだ。
「素直に言って良いのよ? 罪に問ったりしないから」
「………………」
「何か言ったら──」
ギシ……とソファが小さな音をたてた。サラは立ち上がるとローテーブルを避けて、メシュリーの前に両膝を突いてしゃがみ込む。
見上げて、メシュリーの顔をじいっと見つめた。
「痛みは、無いですか……?」
「……っ」
まるで聖母のような瞳に、メシュリーは分かりやすくたじろぐ。
こんな反応をされるだなんて、頭の片隅でさえ想像していなかった。
「無いわ……! 昔のものだもの」
「それなら良かったです……もう少しきちんと見ても宜しいですか……?」
「なっ、こんな醜いものどうして──」
そろりとサラはメシュリーの腕に視線を寄せる。
慈しむように、美しい瞳で火傷痕を見る姿に、メシュリーは何故か敗北感に似たような感覚に襲われる。
「この火傷痕はね、両親と専属のメイド……それとカリクスしか知らないの」
「……! カリクス様もご存知なのですか?」
「そうよ。……というか、貴方カリクスの婚約者なのに何も聞かされていないの?」
嫌味ったらしく言えば、その瞳も曇るだろうとメシュリーは思った。そうでなければ困るのだ。
この敗北感のようなものを払拭するために、メシュリーはサラの弱さや汚さを浮き彫りにしたかったというのに。
「はい。まだ聞けていません。婚約者なのに情けない話です」
さらりとそう言ってのけて、笑みを浮かべるサラにメシュリーの心は瓦解する。
どうしてこの状況で、笑っていられるのか。
──ダン!
メシュリーはテーブルを叩いて立ち上がった。
「……貴方は良いわよね! この前のお茶会でも、さっきもカリクスに守ってもらって!」
「殿下……! 落ち着いてください……!」
「他国の王子から婚約の話が来るたびに、火傷痕のせいで後から苦言を呈させるんじゃないかって怖くなる私の気持ち分からないでしょう!? だからこのキシュタリアで私の能力は必要だと思わせるために頑張ってきたの……! カリクスなら能力も家柄も問題ないし……っ、何より私の火傷痕《身体》のことも知っているから受け入れてくれると思っていたのに……! どうして貴方みたいな何の苦労もしていないような──」
言い掛けて、はたと動きを止めたのはメシュリーだった。
ゆっくりと目線を落とし、見上げているサラの表情を見る。
「……確かに、私の過去なんて殿下の悩みに比べれば大したこと無いかもしれませんね」
「……っ」
眉尻を下げて、儚く笑うサラの姿にメシュリーは胸が締め付けられる。
メシュリーはダグラムと違い、国王からファンデット家で何があったのかは事前に聞かされていた。
サラがどのような扱いを受けていたのか、公爵家へ行ってからも、どれだけ苦しみ続けて来たのか。お茶会のときは、家族から罵倒される姿を直接この目で見た。
だというのに、気が立っていたとはいえそれを何の苦労もしてないような、なんて言い方をされて。
それでもなお淑女として笑みを崩さないサラにメシュリーの唇はふるふると震えた。
「どう、して……そんなに強くいられるの……っ!」
「──強くなんてありませんわ。殿下の言われる通り、私は未だカリクス様に守られてばかりです。……実際、家族とのことは辛かったです。未だに完全に吹っ切った訳ではありません……。それでも強くありたいと思っています。カリクス様の隣に、堂々と立てるように」
「………………」
サラはスッと立ち上がり、メシュリーの両手を、自身の両手でギュッと包み込んだ。
「殿下……ずっと、辛かったですね……」
「うっ、ふ……っ、うう……」
ぽたぽたと、メシュリーの涙が床に落ちる音が耳に届く。
表情が分からなくともその音とメシュリーのうわずった声で、現状を理解するのは容易かった。
「殿下、この火傷痕の件ですが、医療行為ではどうにもならないのですよね?」
「っ、ええ……手の施しようがない、と……」
「承知しました。では、別のアプローチから考えましょう」
「え……?」
一体何を言っているのだろう。メシュリーは涙を流しながら、大きな目でぱちぱちと瞬きを繰り返す。
そもそも、どうして婚約者と別れてほしいだなんて言った相手に対し、ここまで真摯に向き合ってくれるのだろうか。
メシュリーが未だサラの懐の大きさを図りきれないでいる中、サラは目線を上にやり考える素振りを見せると、何かひらめいたのか手に力が加わる。
「……そうよ、そうだわ……!」
「……?」
「医療行為がだめなら、植物の力を試してみましょう!!」
読了ありがとうございました。
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