46 ダグラム、破滅へ向かう
ダグラムの暴露は、舞踏会に参加する貴族たちの殆どに響いていない。一般的に王族の言う言葉は影響力が絶大なのだが、性格にも能力にも難のあるダグラムにそれは当てはまらなかった。
とはいえ人間とは不思議なもので「ここまで自信満々に言うのであれば本当なのでは?」と揺さぶられる者も少数ではあるが存在するわけで。
「──殿下、私がオルレアンからのスパイだという証拠はあるのでしょうね」
カリクスはサラ以外に対して珍しくニコリと微笑んでそう言う。もちろん目は全く笑っていないが。
「物的証拠はない!! だが間違いない!! 貴様はスパイだ!! 今からそれを証明してやろう!!」
「承知しました。しかしこれが殿下の間違いだった場合はそれなりの罰を受けていただくことになると思いますので悪しからず」
「ばっ罰!? 貴様がスパイなのは間違いないのだから私が罰を受けることはない! ぜーーったいにだ!」
言わずもがな、サラは1ミリ足りともカリクスを疑ってなんていないのだが、この場でダグラムが言う言葉を信じてしまう人間の存在を危惧し不安に駆られる。
例え嘘であってもカリクスの悪評に結びつくような発言を言ってほしくはなかった。
カリクスの腕の中から離れ、不安が孕む瞳でダグラムの視線と絡む。
「そんな不安そうな顔をするな。貴様のことは私が救い出してやろう」
「はい……?」
何を言っているんだろうこの王子は。都合良く勘違いされたサラは堪らずため息をついた。
そんなサラの頭に、隣りにいるカリクスは優しくぽんと手を置く。
この茶番に付き合うしかないという呆れが、その手からは感じられた。
ダグラムは勢いよく立ち上がると、再びカリクスの顔を指差す。
「皆もよく聞くと良い!! まず私がカリクスを怪しいと思い始めたのは以前のお茶会のときである!!」
その時は母親とミナリーの問題で手一杯だったサラ。その後の『秘密の花園』でもカリクスは礼儀を持って対応していたはず。
一体ダグラムが何を言い出すのかと、サラは言葉を待った。
「理由は割愛するが──とにかくサラはカリクスが遅れて参加をしてから顔が赤くなったり青くなったりしたのだ!!」
赤くなったのはカリクスがテーブルの下で指を絡ませてきたからで、青くなったのはダグラムの態度によりサラが大層嫌われているのだと思ったからである。もちろんダグラムが王族だからだ。
サラはそれを口にしようかと思いカリクスを見るが、カリクスは小さく頭を振る。
「とりあえず全て聞こう」という姿勢のようだ。サラは致し方ないと口を閉ざした。
「その時のサラの挙動不審といえば──今考えると、仲が良いように見える演技をするよう指示をされていたのだ!! そこのペテン師に!! つまり!! そこの二人の婚約は見せかけのものだ!! 今まで全て社交界の誘いを断ってきた人間が急に婚約者を作って急にお茶会に現れて、この舞踏会にも参加するなんておかしいだろう!? カリクスはスパイのカモフラージュのため、そして貴様ら貴族たちの警戒心を解くために適当に婚約者を見繕って社交界に参加したのだ!! それにだ!! サラは伯爵家の人間だったというのに、つい先日子爵家の養女になっただろう!? 婚約者の降爵をみすみす許すなど……裏があるとしか思えん!! ……ハッ! そうか分かったぞ! サラが何か盾突くようなことをしたから降爵するようカリクスが仕向けたのだ!! ダハハハ!! どうだ!!」
捲し立てたダグラムは大方満足したようで、やや反り返るようにして腰に手を添えている。
根拠のない話に会場にはダグラムの高らかな笑い声だけが響き渡る中、カリクスはサラにしか聞こてない程度の声でポツリと呟く。
「この馬鹿が──」
「カリクス、様……?」
本気で怒ったときの声色だと直ぐに分かる。自分に向けられている訳ではないのに、肌がピリつくような感覚だ。
サラは心配になりカリクスの肘あたりをつん、と摘む。気が付いたカリクスは、一瞬だけサラに対して表情を緩めてダグラムに向き直す。
「端的に説明します」と切り出したカリクスに、ダグラム以外の会場中の人々が注目した。
「まず大前提で私は婚約者のサラを愛しています。当初は使用人たちに早く妻をと言われていた為でしたが、今は彼女でなければ結婚する気は毛頭ありません。今回の舞踏会に参加したのはそのためです。──殿下ともあろう方が、社交界デビューを済ませていない令嬢とは婚約はできても婚姻は結べないことを知らないわけはありますまい。以前のお茶会については──そもそも貴殿が変な手紙を私の婚約者に送らなければ起こらなかったこと。お忘れですか」
「ぐぬぬっ」
完全に虚を突かれたダグラムは情けない声しか出ない。
カリクスの声に抑揚はなく普段の数倍早口だ。セミナのそれとは違い、威圧感があるためダグラムも怯え始めていた。
「サラの降爵の件。彼女の実家のファンデット家が取り潰しになったことは、皆様もご存知だと思いますが」
辺りを見渡しながら話すカリクス。ぽつぽつと数名が首を縦に振り、周知であることを確認する。
「取り潰しの原因はさておき、一般的に没落した貴族は平民になる。理由が理由ならば罪人だ。ここで一つ言いたいのはこの取り潰しに関して一切サラは悪事を働いていないということと、無関係だということ。しかし家の人間というだけでサラにも被害が及ぶのは目に見えていた。──そこでプラン・マグダット子爵から養子縁組の話が出たわけです。サラの高い能力を買って是非うちの養女にと申し出てきたのはマグダット子爵側から。それほどの価値がサラにはあった」
真実の中にいくつか嘘を忍ばせ、饒舌に語るカリクス。
一同はサラがいかに優秀なのかという点を意識し、そもそもファンデット家が取り潰しになった理由を考えることを忘れている。カリクスの巧みな話術に嵌ったようだった。
全貌を知っているサラは隣のカリクスの能力を改めて凄いと感じる。一朝一夕で出来るものではないのだ。
この会場を支配しているのはダグラムではなく、完全にカリクスだった。
しかしダグラムはまだ諦めない。「私にはとっておきがある!」と声を大にして言うと、こう続けた。
「以前私は聞いたのだ!! 陛下とオルレアン国王が外交の際、カリクスの名前が何度も出たことを!! 貴様はオルレアンと関係が無かったはずだ!! それなのに名前が出るのはおかしい!! つまりは貴様がスパイだからだ!!」
公爵であり、優秀なカリクスのことだ。名前が出ることだってあるだろうと一同はそう思ったのだが。
当の本人のカリクスの反応は思っていたものとは違い、本気で驚いていた。
「……私の、名前が────」
「そうだ!! もう言い逃れは出来ぬぞ!! さっさと白状してサラを解放しろ!! そ、その後は私が……私がサラを」
「そこまでだダグラム」
「!?」
ダグラムの言葉を制したのは、静観を決め込んでいた国王だった。
いつの間にやら上段から降りてきていたらしく、斜め後ろには王妃と第1王女のメシュリー、第2王女も控えている。
サラは話の腰を折らないよう、小さく会釈で済ませる。
国王は未だ驚いたままのカリクスと、会釈するサラを一度ちらりと見てから、ダグラムと向き合った。
「根拠も証拠もないことをペラペラと……まさかここまでとは……。アーデナー卿への謝罪は勿論だが……サラ・マグダット子爵ご令嬢の栄えある社交界デビューも邪魔しおって……頭を冷やせ!! この馬鹿者が!」
「貴方、皆の前ですから落ち着いて」
王妃にそう言われ、国王は息を整える。ここが人前でなければもっと怒鳴り散らしているところである。
「アーデナー卿は我が国で一番武力でも領地の発展でも功を成している。だからこそオルレアン国王も興味を持たれて話に上がっただけだ。お前の戯言は全て勘違いだ。分かったかダグラム」
「そんなはずはない……! 私の考えが間違っているはずは……!」
「はぁ、まだそういうか」
国王は一瞬頭を抱え、直ぐに配置してある会場の騎士を呼び出す。
「第3王子を拘束しろ。これ以上戯言を吐かないようとりあえずどこかの部屋へ突っ込んでおけ」
「はっ、かしこまりました!」
「そんなーー!! 私はこの国とサラのために──いてててっ、おいやめろ!! 痛いぞ!! おのれ! おのれペテン師めーー!!」
読了ありがとうございました。
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