45 サラ、社交界デビューは波乱です
サラを含め、今回の舞踏会で社交界デビューを果たすのは3人。順々に名前を呼ばれ、サラはカリクスのエスコートのもと入場した。
待ち構える紳士淑女から拍手で出迎えられ、サラは心臓が飛び出そうになるほど緊張したが表情に出すことなく凛とした姿を見せる。
その姿に一同はほぉ、と声を上げた。
「美しい」「今まで見かけたことがない」「どこの令嬢だ?」とひそひそ話をする者も多く、サラの姿に注目が集まる。
年頃の令息の中にはサラに対して好意を持つものも現れる中、エスコートしている男を見るとゾッと顔が青ざめた。
──『悪人公爵』そう呼ばれるカリクスに、サラに好意を抱きかけた男たちの淡い想いは崩れ去っていく。いくらなんでも相手が悪すぎるのだ。
家柄も、キシュタリアに対する貢献度も、腕っぷしの強さも、そして『悪人公爵』の名に違わぬその威圧的な瞳にも、太刀打ちできるはずがなかった。
「カリクス様……皆様の様子はどうでしょうか? 呆れた目で見られたりとか……」
「それはない。サラの美しさに見惚れている不埒な輩が1、2、3……数え切れないな」
「そっ、そんなことはないと思いますが……!?」
「ある。以前の茶会のときもそうだが──私の婚約者の美しさは罪だな」
「……っ」
しかし一方で、カリクスに対して向けられる視線は男性からの羨望や絶望を示すものばかりではなかった。
以前お茶会で貴族からの印象をやや上げたカリクスだったが、未だ怖がり、そして火傷痕を醜いと忌み嫌うものも多い中、サラに対して優しく微笑む姿に令嬢たちの目つきが変わる。
火傷痕にばかり目がいっていたが、よく見ればかなり整った顔付きをしている。
眉目秀麗と言って差し支えなく、背は高いし足はスラリと伸び、それなのにがっしりした肩幅に女たちはゴクリと生唾を飲み込む。
爵位は公爵、そして24歳という若さ──出会いを求めて舞踏会に参加している令嬢たちは、手の平を返したようにまるでハイエナのような目でカリクスを見つめる。
「私は……皆がカリクス様の良いところを沢山知ってくれたら良いと思う反面……ご令嬢たちの間で人気者になってしまうのが……その……心配ですわ……」
「……あまり可愛いことを言うな。私の理性を試さないでくれ」
「!? そそ、そんなつもりでは……」
「ああ、その可愛い顔も禁止だ。あまり他のものに見られたくない」
「注文が多いですわ……っ」
「それは失敬」
斜め上からいつものようにふ、と笑う声が聞こえ、つられるようにサラは照れながらも微笑みを浮かべて歩いていく。
王族たちが座る席の前につくとカリクスがエスコートを解いたので、サラは足を止めてゆっくりと頭を下げる。
スカートを摘み、美しいカーテシーを見せれば周りの歓声が大きく上がる。
その隣でカリクスも膝を突いて頭を下げた。
「顔を上げよ」
「はい」
サラはカリクスも顔を上げたのを確認し、前面に座る王族たちの姿を確認する。
顔は見分けられないが、事前にカリクスから説明を受けていたことと、立ち位置と服装で理解できたサラは、先程の声の主──国王陛下に向かって挨拶の言葉を述べる。
それからはつつがなく儀式が進み、社交界デビューを果たした証明である花を手渡される。その後ファーストダンスへ移ろうとする中「貴方……」とポツリと呟いたのは国王妃だった。
「あのときの──やっぱり、そうよね」
「私のこと、でしょうか……?」
明らかにこちらを向いて言っている国王妃。サラは何の話かはさっぱり分からないなりにきちんと対応したかったのだが、順番待ちの令嬢たちがいることだしと、気が付いていないカリクスにエスコートされたまま、その場をあとにした。
王族たちへの挨拶が終わると次に行われるのはファーストダンスだ。
ここでは今回社交界デビューを迎える3人が、王族と踊ることになる。一曲目はサラたち3人の令嬢と王族男性3人の合計6人だけでダンスを披露する。
「サラ、君なら大丈夫だ。特に第1王子と第2王子はダンスが得意らしいから気負わなくて良い」
「……と、いうことは第3王子は……」
カリクスは頭を抱える。サラはその行動だけで聞かなくても大方の予想はついたのだった。
「とにかく転ばされないよう気を付けろ。足も踏まれないように注意だ。……そもそもダンスの流れを覚えているかさえ定かじゃない」
「………………」
「まあ、3分の1だからどうにか──」
小さな声で話すサラたちだったが、王子たちが上段から降りてくるので姿勢を正す。
王子たちは誰と踊るか事前に聞かされているので令嬢の前で片膝をつきダンスを誘うのだが──。
「おいサラ、踊ってやろう」
「……あ、ありがとうございます殿下……」
仁王立ちしたまま誘う聞き覚えのある声とぶっきらぼうな物言いに、嘘でしょう……とサラは頬を引きつりそうになるのを必死に抑えて手を差し出す。単純に確率の問題なのだ。諦める他なかった。
サラは今から無事踊りきれるかに意識を囚われている中、ダグラムがカリクスにこれでもかというくらいニヤリと微笑んでいる。カリクスは事前にサラと夜の庭園にてファーストダンスは済ませてあったので、何食わぬ顔で見送った。
生演奏で音が奏でられると、サラはダグラムに身体を寄せた。
(こ、これは酷いですわ……っ)
踊り始めて直ぐに分かる。カリクスの言うとおり、ダグラムは超がつくほどダンスが下手くそだった。
ターンの部分では力加減せずに振り回してくるので危うく転びそうになるし、ステップでは何度も足を踏まれそうになる。否、既にもう何度か足を踏まれた。
サラの足はジンジンと痛み、顔を歪めてしまいそうになる。
(けれどここは社交の場! カリクス様の隣に立っても遜色が無いと認めてもらえるように頑張らないと……!)
サラは笑みを崩すことなく、ダグラムの瞳を見つめる。
ダンスとはまず相手の目を見ること──ミシェルに教わったことの一つだ。
サラには顔が見分けられないけれど、パーツとしては見ることが出来るのでルビーが埋め込まれたようなダグラムの瞳を食い入るように見る。
「見すぎだ!! そんなに私の顔が格好良いか?」
「え……? 違います……あ」
「違う、だと?」
喋りながら踊るくらいならダンスに集中して欲しいと心底思うのだが、ダグラムが明らかに声色を低くするのでサラは焦り始める。
(どうしましょう……! つい……! 不敬だと言われてしまうわ……!)
しかしそんなサラの心配をよそに、ダグラムは「ハッハッハ」と声を上げて笑う。
「良い、そんな些細なことは許そう。貴様はあの『悪人公爵』──ペテン師に騙されている可哀想な女だからな」
「ペテン師……?」
ダグラムが何を持ってして確信めいた物言いをしているかは分からなかったが、カリクスのことを言っていることは確かだった。
何かを誤解しているのかと、サラは詳細を確かめようとするのだが、ちょうど音楽が鳴り終わったことでその機会は失ってしまう。
(どういうこと……カリクス様のことをペテン師って……)
サラはダグラムと向き合い、いつもどおり美しいカーテシーを行うとちらりと周りを見渡す。
本来ならばファーストダンスが終わるとデビュタントの儀式は終了し、恒例の舞踏会と同じ流れになる。
ファーストダンスの相手となった王子たちも同様で、上段に戻るか貴族や各国の王族たちと見聞を広げるかだ。
しかしダグラムはどこにも行こうとせず、サラの傍から離れようとしない。嫌な予感がしたサラは、一刻も早くカリクスのもとに戻りたかった。
「あの、殿下。……私はこれで失礼し……っ!?」
──グイッ。
突如、ダグラムに肩を抱かれてサラは大きく目を見開く。
こんな大勢の貴族の前でこんなことをされてはどんな誤解を受けるか、考えなくとも分かる。サラはできる限りの抵抗をみせた。
「殿下お離しください……!」
「安心しろ。貴様のことは私が守ってやる。──あのペテン師からな」
「先程から何を訳の分からないことを……!」
必死に抵抗するが、肩に指が食い込むほどの力で抱かれて抜け出せない。
いっそのことヒールで足を踏んでしまおうかと思ったとき、ダグラムは大きく息を吸う。
「カリクス・アーデナー!! さあ前に出てこい!!」
ダグラムが叫ぶ前からずんずんと足を進めていたカリクスは返答せずにサラのもとへ足を進める。
慌てることはおろか、無言なところがまた恐ろしさを助長させており、周りの貴族たちは一体どうなるのかとひやひやした面持ちだ。
近くにいる第1王子と第2王子は二人して大きくため息をつくだけで、ダグラムを諌めようとはしない。
うちの馬鹿な弟がまたやらかしている……というくらいにしか思っていないようだ。
国王と国王妃、メシュリーもまた静観することに決めたらしい。これに関してはダグラムへの呆れはもちろん、カリクスならば上手く収めてくれるだろうと思っていたからだ。
──だがそれはサラが関わっていないとき、カリクスが冷静なときの話だ。
「その手を、離せ」
カリクスはサラたちの目の前に立つと、サラの肩を抱くダグラムの腕を掴み上げる。
「いっ、いててて……!!! 不敬だぞ!!」
「知ったことか。私の婚約者に無礼を働いたのは貴殿だ。本当ならばこの腕をへし折ってやりたいぐらいだが──」
──ドンッ!
大きな音を立ててダグラムは尻餅をつく。カリクスに掴まれた手から必死に抵抗した結果だった。
カリクスはそんなダグラムを冷酷な瞳で見下ろすと、サラの手首を優しく掴んで抱き寄せる。
ふんわりと香るカリクスの匂い。サラはホッとして胸を撫で下ろすと、それと同時に無様に尻餅をついたダグラムがカリクスに向かって指を指したのだった。
「皆騙されるな!! カリクス・アーデナーは──大国オルレアンからのスパイなんだ……!!」
ダグラムの暴露に辺りはシーンと静まりこみ、カリクスは「ここまでいくと寧ろ笑えてくるな……」とある意味冷静さを取り戻した。
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