44 サラ、ファーストダンスを捧げる
カリクスの言葉がサラの脳内で反芻する。
初めてと一言で言っても範囲が広すぎて難解ではあったものの、すぐさまこれだというものが見つかる。
サラは「分かりました」と力強く告げると、驚いたカリクスの手をぱっと掴んだ。
カリクスはサラの前向きな姿勢に、初めての意味を理解されていないことを悟るのは容易かった。
「カリクス様に、ファーストダンスのお相手になってほしいのです……!」
「ファーストダンス」
ファーストダンス──社交界デビューを果たす際、舞踏会の始まりに踊るダンスのことだ。
一応キシュタリア王国では、ファーストダンスの相手は自由に選べず、王族と踊るということになっている。もちろんデビューの人数が多ければその限りではない。
現に今回の舞踏会ではデビューを果たすのは3人と少ないので、サラは王族と踊ることになるという旨の通達があったのだが。
サラも通達があったことを知っているので、つまり──。
カリクスはサラの手をきちんと取り直すと、片膝を突いて頭を下げる。
サラの指先に優しく触れ、手の甲に薄い唇が触れた。
「私と踊って頂けますか?」
「はい……っ、もちろんですわ……!」
本来カリクスが貰おうと思っていた初めては意味が違う。正直邪な意味で伝えていた。
カリクスは最近サラに対して煩悩が暴走しているのである。
だからこそサラの提案──ファーストダンスは逆に良かったのかもしれないと思う。
カリクスはサラの腰をホールドし、ゆっくりと動き出す。
音楽がないのでリズムを取るのは難しかったが、不思議なことに二人の息はピッタリだった。
「カリクス様……お上手ですわね」
「サラも、始めて2週間とは到底思えない。良く頑張った」
「えへへ……お褒めに与り光栄です」
くしゃりと笑うサラに、カリクスは胸がじんわりと温かくなる。自分が贈ったネックレスを着けているサラがより一層愛おしく思えた。
月明かりの下、庭園で見つめ合いながら二人は舞う。
装いはラフで、会場は外で、音楽さえ流れていないけれど、まるで二人を囲む花々が祝福しているようだった。
◆◆◆
ついに訪れた社交界デビューの日は朝から大忙しだ。
改めて舞踏会の流れを把握し、サラはそれを徹底的に頭に入れ込む。それからはセミナやカツィルを含めたメイドたちにエステにトリートメント、香油を使って全身に香りを纏わせる。
数日前に手元に届いたデビュタント用のドレスに身を包み、メイクと髪の毛のアレンジを済ませればほとんど完成だ。
鏡越しに見るセミナたちは、仕上がったサラを見ては一斉に感嘆の声を漏らす。
「サラ様、正直今までで一番凄いです」
「凄い!! ですわ!!」
「す、凄い……?」
髪やメイクは全ておまかせなうえ、サラは自身の顔も分からないので凄いと言われてもピンと来ない。
適当に「ありがとう……?」と伝えれば、はあ、とため息をついたセミナが早口でまくし立てた。
「今日のサラ様はいつにもまして美しくその姿はまるで蝶であり花であり旦那様に言わせるとおそらく妖精であり誰もが振り返る美しいご令嬢で危機感を持ちませんとどんな輩に声を掛けられるかと不安になりますええもちろん旦那様が付いているので大丈夫だとは思いますがサラ様自身も自身の美しさを存分に理解してくださいませんと──」
「わ、分かったわ……!! 分かったわセミナ!!」
一切息が乱れないセミナの肺はどうなっているのだろう。
そんな疑問も持ちつつ、サラは苦笑を見せる中、カツィルがしみじみと呟く。
「着飾ったからというだけではなく、以前より本当に美しくなりましたね……サラ様。旦那様に愛されているから、でしょうか」
「そ、それは…………」
ごにょごにょとサラは口籠る。否定をせずに沈黙ということは、つまり肯定と同じことだ。
いくらサラでも、カリクスに愛されている自覚は有るらしかった。
仕上げにアクセサリーを付けようと話を切り出したのはセミナだ。もうそろそろカリクスも身支度を終えエントランスで合流する運びとなっているため、少し急がなければとサラにどれが良いかと提案していく。
そんな中でサラはおずおずと自身の仕事に使うテーブルを指差すと、引き出しの中に入っている箱を取って欲しいと頼む。
カツィルはそれを取るとサラに手渡し、中を取り出した。
「確かドレスはデビュタント用のものって指定があったけれど、装飾は自由よね?」
「はい。その通りです」
「じゃあ、ネックレスはこれを付けてほしいの」
「これは────」
華奢なゴールドのチェーンに、花のモチーフが付いたネックレスだ。
花弁の部分がミルクティー色で、中心にはアッシュグレーの宝石が埋まっている。
一瞬でこのネックレスの送り主も、このネックレスにした意図も理解したセミナとカツィルは無言で同時に目を合わせた。
口を開いたのはセミナだった。
「一応確認ですが……このネックレスは旦那様に贈られたものですよね?」
「え!? セミナってやっぱりエスパーなのね! 凄いわ……!」
「いえ。これに関してはカツィルはもちろん、屋敷のものなら全員分かるかと」
「どういうこと……?」
領地経営の知識はもちろん、サラは社交界の知識についても聡い。今やダンスも出来るようになり、完璧な淑女と言えるだろう。
そんなサラでも男性からの贈り物を女性が身に着け、それがあるルールに伴ったものだと社交界においてどういう意味を表すのかは知らないらしい。
カリクスはおそらく知らないと分かっていて贈ったのだろうから、ことさらたちが悪いとセミナたちは思う。
「その……単純に男性から女性にアクセサリーを贈るのは独占欲のあらわれなのですが」
「えっ!? そういうものなの……!?」
「驚くのは早いです。このネックレスにはサラ様の髪の色のミルクティー、旦那様の瞳の色のアッシュグレーが使われていますよね」
「言われてみればそうね……それで……?」
セミナはサラから目を逸らし、明後日の方向に視線を向ける。
「この女性は既に身も心も自分のものだから手を出してみろ消すぞ、という意味が込められています」
「消す……!? そんなに物騒なの……!?」
実際は『この女性には恋人や婚約者がいるので貴方の想いは叶いません』という意味だが、カリクスの意図としてはセミナが言った意味の方が近い。
ことサラに関してはカリクスの考えは手にとるように分かるセミナだった。
「そんなに物騒な意味なら着けない方が良いかしら……?」
ポツリとサラが不安そうに呟くと、セミナはブンブンと思い切り首を振る。
自身の表現のせいでこのアクセサリーをサラが着けないとなり、それがカリクスに知られたら、セミナには雷が落とされるだろう。それはもう間違いなかった。
表情にはほとんど出ていないが焦るセミナが珍しいのか、カツィルは口を出さずに見守る。
「旦那様はそのネックレスを着けて社交界デビューをするサラ様の姿を大変楽しみにしておりましたええそうですとっっっても楽しみにしておりましたので外してしまいますと悲しまれるかと」
「そうなの……? ……それなら着けようかしら……カリクス様がそんなに喜んでくださるなら」
そうして準備を終えたサラはエントラスにてカリクスと合流し──。
「今日のサラは一段と綺麗だ。……ネックレスも着けてくれたのか、嬉しい。良く似合っている」
「あ、ありがとうございます……っ!」
「舞踏会の間は外さないように。虫除けの役割もあるから」
「虫除け」
『消す』といい『虫除け』といい、今日のカリクスは普段よりも『悪人公爵』の面が表に出ているらしい。
サラはカリクスが『物騒』なことをしないように、気を引き締めなければと胸に刻んだのだった。
読了ありがとうございました。
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