43 カリクス、酔っ払う
屋敷に戻ってくるといつも温かく迎えてくれる使用人たち──しかし今日は。
「サラ様、しばらく外出禁止ですね。ね、ヴァッシュ」
「そうですなぁ、ほほほ。もっと御身を大切にすることを覚えてからですな。そう思いませんかカツィル?」
「今回ばかりは……! サラ様がいけません……! ああ〜でも……いやいや、私はサラ様につけません!! 薄情者だと言われても──言わないでほしいですけれど……! いややっぱり──」
「カツィルはサラ様が危険な目にあっても良いと。へえ、そうですか」
「ちちち違います……! サラ様外出禁止です!!」
セミナの容赦ない言葉に、カツィルは完全にあちら側についたらしい。
屋敷に帰って直後、カリクスが帰りの馬車で聞いた今日の詳細をヴァッシュに耳打ちをすると、直ぐにサラは使用人たちにお叱りを受けることとなった。
カリクス曰く、使用人に叱られるのが最もサラの心に響くだろうという考えらしい。いつも優しい人間に怒られると精神的に効くだろうと。
その考えでいくとカリクスが怒っても反省を促せそうだが、それに関しては一つ問題がある。
カリクスがサラに甘過ぎるからである。ごめんなさいと謝られたり瞳を潤々とされたが最後、次は気をつけろという言葉を言う自信しか無かった。
つまり今回、カリクスは他力本願だった。
「ごめんなさい……きちんと反省するわ……皆に心配をかけたくないもの」
しかし思惑通り、サラは心底反省しているらしい。理由も理由なのでこれ以上追い打ちをかけるのは可哀想だと判断したカリクスは、サラの持っている荷物を指差して彼女の顔を覗き込む。
「これ、早く渡さなくて良いのか」
「あ……でも……」
「反省することとこれは別物だ。……渡すの、楽しみだったんだろう?」
「……はい、それはもう…………」
おずおずと、サラは眉尻を下げたまま大きな荷物から小さな箱を3つ取り出す。
まずはこの屋敷一番の功労者であるヴァッシュに、と木の箱を手渡す。
「これは……」
「いつもお世話になってるお礼に、ちょっとした物だけれど贈りたくて……」
「それはそれは……有り難く。開けても宜しいですかな?」
「もちろん」
ヴァッシュが開けている最中、サラは続いてセミナとカツィルにも小さな箱を手渡す。
青いリボンが付いているのがセミナ、ピンクのリボンがカツィルのものだ。
「ありがとうございますサラ様」
「サラ様……! ありがとうございますっ!!」
「こちらこそいつもありがとう。気に入ってもらえるかは分からないけど、よかったら開けてみて」
二人同時にシュルリとリボンを解く。セミナの箱の中にはコバルトブルーのピアス、カツィルの箱の中にはライムイエローの髪留めが入っていた。
「綺麗な石のピアス……。こんな素敵なものただいて良いんですか?」
「私の髪留めは蝶の形に細工してあります……! とっても可愛いです……!」
「いつもお世話になっているから、恩返しがしたくて……二人のイメージで選んだの。もし気に入ったら着けて見せてね」
「家宝にします。毎日このピアスに祈りを捧げます」
「私も!! 家宝です家宝!! 勿体なくて着けられませんわ!!」
「あ、あら……? そんな高価なものじゃないから気にせず着けてね……?」
キャッキャと楽しそうに話す三人を余所目に、ヴァッシュは箱を開けると中身の懐中時計を手に取る。
以前そろそろ新しいものをと呟いたことがあったので、どうやらそれを聞いていたらしい。
ヴァッシュは誇らしげな顔でそれをカリクスに見せる。
「いやはや使用人に贈り物とは、なんとも優しいサラ様らしいですなあ。嬉しいものです」
「それは良かったな」
言葉とは裏腹に、ぶす、と不貞腐れた様子のカリクスにヴァッシュはほっほっほっと軽やかに笑う。
「──して、旦那様には何が贈られるのでしょうな?」
「お前……それは嫌味か。分かって聞いてるのなら相当性格悪いと思うが」
「それは失礼致しました。旦那様の反応があまりに素直でしたのでつい」
「何がつい、だ」
ヴァッシュは失礼ながら、と前置きしてカリクスの肩にぽんと手を置いたのだった。
同情を一切隠さないヴァッシュの行動に、カリクスはサラに気付かれないようにため息をついた。
◆◆◆
使用人や家臣たちに贈り物を配り終え、食事や湯浴みも終えたサラはメイドたちを下がらせた。
(皆から怒られてしまうだろうけど……今日は良い日だったわ……。あそこまで喜んでくれるなんて思ってもみなかった)
アーデナー邸の使用人や家臣たちは優しい人ばかりだ。贈り物をすれば喜んでくれることは簡単に想像できた。
しかしセミナやカツィルは家宝にするとまで言ってくれて、中には涙ぐむ者までいた。皆のそんな顔が見れたサラは、おそらく一番の果報者だ。
(けれど……ううん、考えたって仕方がないわね……!)
一つだけ心残りがあるとすれば、カリクスへの贈り物が買えなかったことだ。驚く顔が見たかったが、事情が事情のため悔いるのも違う気がする。
サラは気分を変えようと自室から園庭へと足を運んだ。
普段夜に来ることはないので、まるで知らない場所へ迷い込んだ感覚だった。
月明かりに照らされて、花が風で揺れてキラリと光ったように見える。どうせなら月夜の下で花を鑑賞しようかとベンチに向かって歩けば、先客がいることに気付く。
漆黒の髪は、月夜に照らされて美しい。
「カリクス様、こんばんは」
「!? ……サラ、どうして君がここに」
後ろから声をかけると驚いて振り返るカリクス。
サラが目の前まで歩いて立ち止まると、カリクスの右手にある瓶に目がいく。どうやらお酒らしい。
「珍しいですね……カリクス様が夕食後にお酒を嗜むなんて」
「──今日は飲みたい気分だったんだ」
サラは危険な目にあうし、贈り物はもらえないし、ヴァッシュには同情されるし。酒を呷りたくなるのも無理はないだろう。
もちろんカリクスが理由を語ることはないのだが。──と、いうのは素面のときの話で。
珍しく酔っ払ったカリクスはいつもより饒舌で、そして枷が外れやすくなっていた。
「全員ズルい。私はサラから何も貰っていないのに……。私も……欲しい。サラからの贈り物が欲しい。欲しい。欲しい」
「カッ、カリクス様……? 酔ってらっしゃいますよね!?」
「それが何だ、これが本音だ。──あんな危険な目にあわせるくらいなら平気で君を外には出さないようにしようかと考えるくらい君のことが好きなんだ。仕方がないだろう。……情けないが使用人たちに嫉妬するくらいサラが──愛おしくて仕方がないんだ」
「〜〜っ!!」
酔っ払っていても顔にはあまり出ない質らしい。
いきなりのことにサラは戸惑い、月夜の下でも簡単にバレてしまうほどに顔が赤くなる。
カリクスは普段よりややとろんとした瞳で、サラをじっと見つめる。
「私はサラに贈り物を買ったのに。──ほら、これだ。いつでも渡せるように持ち歩いていた。君の喜ぶ顔が早く見たくてふたりきりになれるのを狙っていたが、代わる代わる使用人や家臣たちが君のところに来てお礼を言うから邪魔も出来ないし……。サラの優しいところは長所だが……やはり考えものだ」
ずい、と伸ばされた手の先には小さな箱がある。おそらくこれがカリクスの言う贈り物なのだろう。
「ん」と言いながら腕をピンと伸ばし受け取れという合図に、サラはそれにおずおずと手を伸ばす。
「開けてみてくれ」
「はっ、はい……!」
ピンクゴールドのリボンを解いて、艶のある小さな箱を開ける。
「わぁ……! 可愛い……! お花のモチーフのネックレスですね……!!」
「気に入ったか?」
「はい……! とっても! ありがとうございますっ!」
「ふ、それなら良かった」
カリクスは機嫌が直ったのか、自身の隣のスペースをポンポンと叩くとそこにサラを誘う。
そのままカリクスは、するりと白くて小さな手からネックレスを優しく掴んだ。
「着けたところが見たい。髪を上げてくれ」
「は、はい……!」
サラは片手で髪を上げると、カリクスに背中側を向ける。
露わになった項にカリクスは一瞬くらりとしたが、そこは理性を保ってサラの首にネックレスを付けた。
「出来た。こっちを向いてくれ」
「はい。……どうですか……?」
「──ああ。凄く可愛い」
「……っ」
なんとなくネックレスではなく顔を見て言っている気がして、サラは俯く。
「ネックレスが、ですよね……?」
「……サラならたとえ何を着けても美しいが……そうだな。どちらも、と言っておこう」
「カリクス様……酔い過ぎですわ」
「もう酔いは醒めた。本心だ」
だとしたら、ことさらたちが悪いのだけれど。
思うだけで口に出さないサラは、ふわふわとした心地よい感覚に思考が鈍る。
お酒なんて一滴も飲んでいないというのに、カリクスにあてられたのかもしれない。
「カリクス様………」
お酒のせいで熱を帯びているカリクスの頬に、サラはピタリと触れる。
指の腹で優しく撫でると、サラの視線と指の体温、月明かりという状況も重なってか、カリクスは底のほうからじりじりと興奮が迫るのを感じた。
サラが口を開こうとしているので、カリクスはゴクリとつばを飲み込む。
「実は私も……カリクス様に贈り物を買おうとしたのですわ。その……トラブルがあったので買えなくて……言い訳になってしまって申しわけ」
「待て、私にも贈ろうとしてくれたのか?」
「えっ、あっ、はい……っ! その、驚かせたくて秘密にしていたのです……」
「………………」
一息おいてからはぁ、とため息をつくカリクス。
言い訳をして呆れさせてしまったのかとサラが不安にかられると、カリクスは頬にあるサラの手にそっと自身の手を重ねる。
「──嬉しい」
「えっ?」
「サラがそう思ってくれていただけで十分だ。ありがとう。……むしろ謝りたいくらいだ。酔っていたとはいえ……目もあてられない」
そういうカリクスにサラは頭を振る。
本音をさらけ出してくれたことは本当に嬉しかったし、品を用意できなかったのも事実だ。サラは今、自分ができる何かを、カリクスに返したいと思った。
「その、贈り物は直ぐには出来ませんが……私に今してほしいこととか、ありませんか……? 何でもしますから……っ」
「…………何でも? 本当に良いのか」
「はい、もちろんですわ……!」
どんと来いといったような口ぶりのサラに、カリクスは呆れ顔だ。
好きな女性に何でもするなんて言われて、邪な気持ちが浮かばない男なんていない。
「それなら──サラの初めてが欲しい」
読了ありがとうございました。
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