42 サラ、マダムを救出する
ドレスショップを出てからは靴屋にジュエリーショップ、王都で人気のレストラン──淑女たちの話題に上がりそうなところを転々としたサラたちは軽めの昼食をとった。
それからは手を繋いで王都の街並みを堪能し、サラの目的であった買い物にカリクスは付き合うことにした。
「──使用人たちに贈り物? 確かに、以前給料の話になったときにそんなこと言っていたな」
「はい。この数ヶ月でいくらか貯まりましたので、皆さんに恩返しです……!」
「喜ぶだろうな。それで、何を贈るのかは決まっているのか?」
「大体の人は決まったのですが……一人だけ…………」
「誰だ? 私で良ければ相談に乗るが」
カリクスにギュッと手を握られているサラは、うーんと唸る。
相談に乗って欲しいのは山々だが、言えないというか何というか。
「お気遣いありがとうございます。でも一人で考えてみますわ……! あ、とりあえずあのお店に入りたいです……!」
「ふ、分かったから落ち着け」
それからサラはセミナを始めとしてカツィルやヴァッシュ、トムやマイクといった使用人たちと、いつも仕事でお世話になっている家臣たちにどれにしようかと悩みながら様々な品を買っていく。
ファンデッド家にいた頃は給料なんて貰っていなかったので、サラは自分で稼いだお金で買い物をする楽しさを知らなかったが、こんなに楽しいなんて。相手の喜ぶ顔を想像しながらの買い物は、サラの表情をふにゃふにゃに緩ませた。
「──羨ましい」
「え?」
それはヴァッシュへの贈り物を選んでいたときだった。おもむろにカリクスがそう言うので、サラは小首をかしげる。
「サラからの贈り物が貰えるヴァッシュたちが羨ましい」
「えっと、あの……?」
「サラ、私は拗ねているんだ──済まない」
表情では分からないので困っているサラに打ち明けるカリクス。
サラはパーツとしては見えるので、カリクスの耳が真っ赤になっていることに気づくと、自身の顔がぶわりと熱を持つのが分かる。
(カリクス様が拗ねて……照れて……いらっしゃる……! か、可愛いわ……っ!)
これはレアだと、サラは大きな目でじーっとカリクスを凝視する。
表情が分からなかろうが、今のカリクスは見なければ損だと本能が告げた。
今見られるのは恥ずかしいカリクスは、サラの目を自身の手で覆うようにして視界を閉ざす。
「見ないでくれ。格好悪い」
「ふふ、見えていませんよ……?」
「いや、サラはちゃんと見えているよ。私より良い目を持っているから」
「そうですか……? ではこの手を退けていただいて……」
「それはだめだ。諦めてくれ」
それからサラは手を退かそうと顔を動かしたりカリクスの手を掴んだり思案するが、視界を奪われているため叶うはずがなかった。
店内の周りの客たちは、そっと二人から視線を逸したのだった。
買い物が終わると、サラは片手に大きな荷物、片手にカリクスの手と幸せで胸がいっぱいだった。
カリクスはというと、どうしても持たせてもらえなかった荷物によって片手が手持ち無沙汰だ。
「それだけあると重いだろう。私に持たせてくれ」
「いえっ、これはだめなのです……! 贈り物は自分のお金で買って、自分で持って帰って、手渡すところまで全てが楽しいのですわ……! どうか私の楽しさを奪わないでくださいね……?」
「…………」
そんなふうに言われたら、カリクスは手出しできなくなる。
それでも荷物を持つサラの腕がぷるぷる震えているのでどうしたものか。
いっそのことサラごと抱えてしまえばどちらの要望も叶うのでは? とカリクスは思ったが、流石に自重した。ここがアーデナー領地だったらやりかねないかもしれないが。
夕方になり、少しずつ人通りが少なくなっていく中で、カリクスはとある店の前で足を止める。
一瞬頭を悩ませてから済まないが、とサラに話を切り出した。
「買いたいものがある。少し時間がかかるかもしれないからあそこのベンチで座って待っていてもらっても良いか?」
「はい、もちろんです」
カリクスが店の中に入ると、指示通りサラは荷物を置いてベンチに腰を降ろ──さなかった。
(一人になれたわ……! これでカリクス様に贈り物が買える……!!)
今日一日買い物を付き合って貰ったことにより、カリクスの好みを把握できたサラは、急ぎ目当ての店に行こうと歩き出す。
カリクスが贈り物を貰えないと拗ねていたとき、サラは貴方にも買いますよ! とどれだけ言ってしまいたかったか。
必死に我慢し、カリクスの珍しく照れた姿を見れたのはラッキーというものだろう。後は内緒で買い物を済まし、屋敷に戻ってから渡すだけだ。
(カリクス様驚くかしら……喜んでくださるかしら……!)
荷物の重さなんて忘れたように、サラは飛び跳ねるようにして目的の店へ向かう。
だがしかし、およそ店まで残り数メートルというところでサラの足はピタリと止まる。
──おやめなさいっ! 離しなさい……!
やや遠くから聞こえる女性の声。おそらくカリクスがいる店の反対側の路地からだ。
何者かに襲われていると想像するに容易いその声に、サラは荷物をどす、と地面に離す。
「……っ、助けなきゃ……!」
それはまさに無謀な行動だった。カリクスのように腕っぷしが強いわけでも、地位や権力があるわけでもない。
ただサラは家族の狂気からカリクスに助けてもらったときの安堵感を思い返すと、見ず知らずの女性のことを放っておけなかった。
サラは必死に走って、路地の入口に辿り着くと現場を目にする。
目深に帽子を被った綺麗な装い、立ち姿で分かる気品、相手に対して下手に出ない話し方に、サラは一瞬にしてある程度身分が高い女性だと察する。
そんな女性を壁際に追いやるようにして囲んでいる二人は服装からして男性だ。
明らかに平民──いや、ならず者と言って良いだろう。
サラは肺を膨らませるように大きく息を吸う。力がないサラには、これしか思い付かなかった。
「憲兵!!! 早くこちらに来なさい!! 御婦人が危ないですわ!!!!」
「なっ、憲兵だと……!? こんなに早くにか!?」
早く早くと言うように、サラは先程まで自分がいた方向に手招きする。
もちろん──憲兵を呼んだなんて嘘だ。
それでもこれでならず者たちが引いていくことは十分考えられるし、サラが身体一つで飛び込むよりは女性を助けられる見込みがあった、のだが。
「いややっぱりおかしーぜ!! でまかせじゃねぇか!?」
「いくらなんでも早すぎだしよ!! あの女も捕まえちまうか!! スゲー上玉だしよ!!」
ならず者の一人がザッザッと近付いてくる。
今ならばまだ、逃げ出せばどうにかなる。自分だけならばカリクスの元へ無事帰れる。
(けれどそうしたら……あの女性は……!)
サラは家族に罰を下すと決めてから強くなると決めた。カリクスが守ってくれたように、自分も守れるくらい強くなりたいと思った。
サラの心臓はゆっくりと鼓動する。覚悟を決めると、何故だか微睡んでいるときみたいに体の力がフッと抜けたのだった。
「止まりなさい」
「……!」
制止の言葉に従う必要はないのに、男はピタリと立ち止まる。
この女には逆らってはいけないと、遺伝子が感じ取ったのだった。
「そちらの御婦人を離しなさい、今すぐに。これは頼みではありません。命令ですわ──何をしているの。早くなさい」
「はっはい! ……って、あれ?」
何かで脅されているわけでもないのに、どうしてだろう。
表情も声も、それほど威圧的ではないのに、男たちはサラの言葉に逆らうことができない──否、逆らうという選択肢を持ってはいけないと感じたのだ。
ドタバタと、ならず者たちが去っていく足音が遠ざかっていく。
サラは良かった……と安堵し、その場に座り込むと聞き慣れた声で名前を呼ばれ振り向いた。
「カリクス……様…………」
「大丈夫か……!!」
カリクスは慌てて座り込むサラの衣服の乱れや怪我が無いかなどを確かめると、とりあえず問題が無さそうなことにホッと胸を撫で下ろす。
カリクスがサラの肩を掴む手に、僅かに力が入った。
「それで、どうしてこんなことに」
「えっと……実はそちらの女性が男たちに──って、あれ?」
「女性……?」
サラはカリクスから先程までいた女性の方に視線を移すが、すでにその姿はない。
ならず者が逃げていってからすぐさまこの場を後にしたのだろう。
サラは別に女性が動けるくらいに元気ならばそれで構わないので、深く考えることはなかった。
ぼんやりと路地を見つめるサラに、カリクスはずいと顔を近付ける。サラはピクリと体を揺らした。
「い、一応人助けを……ですね……」
「別にそれは疑っていないし、大体の事情は読めた。立派なことをしたと褒めてやりたいが──だめだ。帰ったらお仕置きだ」
「お仕置き……っ!?」
「──いや、帰ってからでは手緩いな。今からにするか」
「えっ、きゃあっ……!!」
どうやらここに来る途中にサラの荷物を発見し、持ってきたカリクス。
それを白くて小さい手に握らせると、間髪を入れずサラを横抱きにした。いわゆるお姫様抱っこに、サラの顔は真っ赤に染まった。
パタパタと弱々しい力で足を動かして拒絶の意を示すが、カリクスは何食わぬ顔で歩いていく。
「お、降ろしてくださいカリクス様……!」
「荷物は君が持っているのだから問題ないだろう。これに懲りたら無茶はしないことだ」
「っ…………はい……気をつけます……」
読了ありがとうございました。
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