40 サラ、舐められかじられ吸われる
可愛らしく求愛するような唇の動きは一転する。
──ピチャピチャ。
そんな水音を立ててカリクスの舌が項をはう。
はぁ、と度々漏れる吐息は、濡れた項をひんやりと冷やした。
「か、カリクス様どっ、どうし」
「サラ……可愛い私のサラ……」
舌は項から首へと降りてくると、今度は僅かに歯を立てられた。殆ど跡がつかない程度の甘噛みだが、サラはその度に身体を揺らす。
「ふっ、ふっ、ふ……っ」
そうしてもう一度優しく唇が触れたかと思うと、カリクスは我慢ならずに白い首元へ吸い付いた。
どこかで止めなければいけないのに、サラが可愛いことを言うから止められない。
そんなカリクスの手がサラの腹部から徐々に上にあがっていく。そんなときだった。
「ふふ、あははははっカリクスさま……おやめ……あははっ、ください……っ」
「……!?」
「も、もう十分ですわ……? くすぐって緊張を解いてくださるなんて、ありがとうございます……っ!」
「……………………」
────まさか。
「サラ……そんなにくすぐったかったのか?」
「は、はい……っ」
「……その、気持ち良いとかでは、なく」
「……? はい。昔から首あたりは弱いのですわ……少し触れるだけでくすぐったくて……」
「………………。そうか、力になれて良かったよ」
しれっと膝の上から降りたサラ。遠い目をするカリクス。
もちろんサラは表情が分からないので「くすぐるのお上手ですわね」なんて斜め上の感想が飛び出す。おそらくこれに関しては表情が見ることが出来ても反応に大差ないだろうが。
しかしこれで良かったのかもしれないともカリクスは思う。サラの反応によっては止まらない自信があった。
昨夜ヴァッシュに念押しされたというのに。割と我慢強い方だと思って高を括っていたらしい。
──コンコン。
「はい、どうぞ」
「失礼致します」
少し頬は赤みがあるがにこやかなサラがセミナと後ろに続くミシェルを再び部屋に迎える。
セミナに疑いを含む瞳でじーっと穴が空くほど凝視されたカリクスは、瞬時に目を逸らした。
「厭らしいことしてませんよね?」と確認するような、そんな目だったからだ。
緊張を解くつもりが盛りましたとは言えるはずもなく、カリクスがセミナから目線を外したままでいると、現状をよく理解出来ていないミシェルがサラに問いかける。
「サラ様、緊張は解けましたか?」
「はいっ! バッチリですわ」
「そうですか。して、何をなされたのですか?」
きっと楽しく会話でもしたのだろう。そう信じて疑わないミシェルの質問に、サラは満面の笑みで答える。
「くすぐっていただいたのですわ! 私じつは昔から首が本当に弱くて……」
「くすぐる……首…………」
予想外の返答に、ミシェルはちらりとカリクスを見やる。同時にセミナにも怪訝な瞳で見つめられ、カリクスは額あたりに手を置いて俯いた。
さて、レッスンを再開しましょうとミシェルが手を叩く。
どうせだからとカリクスも見ていこうと椅子に腰を降ろしてその様子を眺めていると。
「サラ様、凄い進歩ですわ……!!」
一連のステップを行うサラに、ミシェルは拍手で褒め称える。
確かにステップは間違えていないし初めてにしてはまぁまぁかもしれないが、カリクスにしてみればサラのポテンシャルを考えると大袈裟なのでは? と思うわけで。
カリクスはサラとミシェルに聞こえないように小さな声でセミナに「そんなにさっきまでは酷かったのか」と問いかける。
「そうですね……ダンスというよりは何か良からぬものを召喚しようとしているように見えるといいますか」
「召喚」
なるほど、それはそれで見てみたかったかもしれない。カリクスはそう思ったが、あまりにも感動しているミシェルを前にそれは言えなかった。
◆◆◆
その頃、宮廷の一番奥、国王の執務室では。
「お父様……いきなり呼び出して何のことかと思えばまたですか……」
「メシュリーお前はもう23だ。そろそろ身を固めんと……」
国王が娘の第一王女メシュリーに言いにくそうに手紙を差し出す。
そこには他国の王子の名前と顔写真が入っており、メシュリーは大きなため息をつく。
「私は他国に嫁ぐつもりはありませんわ。というより、こんな私を受け入れてくれると本当にお思いですか?」
「それは──」
「私には、あの方しかいないのです……あの方しか……」
自身の肩を両腕をクロスさせてギュッと抱きながら、思い詰めたような表情を見せるメシュリーに、国王は口籠る。
国のため、王女としての務めを果たせと実力行使することも出来るが、可愛い娘にそんなことはしたくなかった。
「しかしなメシュリー……彼にはもう婚約者が」
「ええ、分かっています。分かっていますとも……婚姻が済んだ際には、この想いはきっぱりと捨てましょう。けれど──」
メシュリーが何かを言いかけると、ギィ……と執務室の扉を開く。
ノックもなしに入ってくる礼儀知らずは、この宮廷には一人しかいなかった。
「ダグラム!! ノックぐらいしなさいといつも言っているだろう!」
「申し訳ありません父上。つい」
「つい、じゃない! 何度言えば分かるんだ!」
ダグラムは悪びれる様子はない。公式の場ではないのだからそこまで目くじらを立てるなとさえ思っているくらいだ。
「父上、聞きたいことがあって来たのですが」
「私は今メシュリーと……あ〜〜もういい!! 分かった。何だ」
どうせこの息子は自分を優先させて勝手に話し出すに決まっている。礼儀がなっていないのである。
メシュリーもお先にどうぞといったように呆れ顔だ。
「アーデナー卿が婚約者サラと共にこの宮廷で行なわれる舞踏会に参加するというのは本当ですか?」
どこから聞きつけたのか、普段は社交界にそれほど興味を持たないダグラムが聞いてくるものだから国王は少しばかり驚いた。
今まで自分のことにしか興味執着がなかったはずなのに、一体どういう風の吹き回しなのだろう。
「ああ本当だ。婚約者のご令嬢が社交界デビューを済ませていないみたいでな。それで珍しく参加するらしい」
「な、何だって……」
何に対する「何だって」なのか国王には分からなかったがどうせ大したことでは無いだろうと深掘りすることはなかった。
「ああ、あとそのご令嬢の実家──ファンデッド家は色々問題があって彼女はマグダット子爵の養女になる手続きを取っているみたいだ。まだ承認は降りていないが時間の問題だからサラ・マグダット子爵令嬢として扱ってほしいとアーデナー卿から事前に連絡があった」
理由が理由なので言葉を濁した国王。どうせ真実は知れ渡ることになるが、ここでダグラムに伝えれば舞踏会であったときに「貴様は家族に虐げられていたんだって? 可哀想にな」なんて失礼極まりないことを言い兼ねないからである。
ダグラムがそれを失礼だと思っていないことが一番問題なのだが。
「……分かりました。ああ、あと」
「まだあるのか……何だ」
国王は頭を抱える。何だか頭痛までしてきた。
「ひと月ほど前、オルレアンの国王が来訪した際のことですが──何故カリクス・アーデナーの名前が出ていたんですか? それも何度も何度も」
「……!? お前盗み聞きしていたのか!!」
「人聞きの悪い。気になったので扉の前で聞いていただけですが」
「それを盗み聞きと言うんだバカモノ!!」
声を荒げる国王と、はぁ……と大きなため息をつくメシュリー。
しかしダグラムの暴走は止まらない。
「アーデナー卿はオルレアンとは一切交流が無いはずでは? それなのに名前が出るなんて何かやましいことがあるようにしか思えません!」
「物事を断片的にしか見ていないお前が余計なことをぬかすな!! 良いから忘れろ!! あと盗み聞きは二度とするな!!」
「衛兵!」と国王は声を上げると、ダグラムを部屋の外にやるよう指示を出す。
流石にやりすぎかもしれないが、こうでもしないとダグラムは部屋から出ていきそうになかったので致し方ないだろう。
無理矢理部屋から追い出されたダグラムは、雑に衛兵の腕を振り切ると、ドスドスと音を立てて廊下を歩く。
「おかしい……絶対におかしい……」
あの『悪人公爵』にいきなり婚約者ができ、社交界にまで参加することも。その婚約者が伯爵家から格下の子爵家に養女となり降爵することも。関わりのないはずの大国オルレアンとの外交でカリクスの名前が出ることも。
「そうか……そうか分かったぞ……!!」
おかしいと思ったのは以前のお茶会のとき『秘密の花園』で話したときのこと。突如サラは顔が真っ赤になったり真っ青になったりと落ち着かない様子だった。
それも全てこういう理由だったのだと考えれば辻褄は合う。
「カリクス・アーデナー。貴様の秘密、私が大勢の前で暴いてやる!!」
手紙を書いた頃には確信はなかったが、ようやく今、この瞬間、間違いないとダグラムは断言できる。
「サラ……!! 今助けてやるからな……!!」
ズンズンと、床を踏みしめる足取りは軽い。ダグラムはひと月後の舞踏会が楽しみで仕方がなかった。
読了ありがとうございました。
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