34 サラ、片鱗を見せる
想像していた理由とは明らかに違うそれに、サラの心境は複雑だった。
「では、昔私がお茶会で王子の名前を間違えたことは覚えていますか? その後から当たりが強くなったように感じるのですが……」
サラの疑問に、女は思い出したようにああ、と声を漏らす。
サラにとってはトラウマとなる出来事だったので、思いの外軽い反応に驚きを禁じ得なかった。
「あったわね……そんなこと。貴方のミスをきっかけに、私たちは前より酷い態度をとったわ。別に王子がどうとか社交場だからとか、そんなことはどうでも良かったの。ただ、貴方を責める理由があったらそれで良かったのよ」
「…………!!」
女の返答に何だかくらくらする。今すぐベッドに沈んでしまいたいとさえ思う。
それでもサラはピンと伸ばした背筋をそのままに家族を見つめる。
「それ、なら」
震えそうになる声を必死に我慢して、サラは苦笑しながら問い掛けた。
「私が顔を見分けられなくて、貴方たちに迷惑を掛けたから──だから、私を疎ましく思っていた……ということではないのですか?」
そう思っていたからこそ、サラは全ての所業に耐えうることが出来た。自分のせいだと思っていたから。
迷惑をかけたという罪悪感があったから、家族への情を捨てきれなかった。
しかし現実は、サラに対してまたもや残酷だった。
「あれは私たちに構ってほしかったからついていた嘘でしょう?」
「私もそう思っていたよ。親の気を引きたいから嘘をつくのは子供によくあることだ」
「お姉様、ミナリーも嘘だって分かってたわ? 寂しかったのよね?」
──ガラガラガラ。
サラの中で何かが崩れ去っていく音が聞こえる。
信じてもらえていないとは分かっていたけれど、まさか。
サラの真剣な悩みは、訴えは。
気を引きたいからだと、愛情に飢えていたからだと思われていたのだ。
「──そう、ですか。もう分かりましたわ。もう、十分です」
俯いてぼそりと言うサラ。普段よりも段違いに低い声に、カリクスは心配が募る。
いっそのこと、この場から連れ去って行こうか、サラの受けた痛みと同じだけの痛みを今すぐ与えてやろうか、とさえカリクスは考える。
しかしそれはサラの望むところではないことをカリクスは重々知っているので、そっとサラの手を掴んだ。
優しく、味方だから大丈夫だと言うように。
するとサラはそっと顔を上げて、カリクスを見つめる。それは、今まで見た中で圧倒的に強さを感じる瞳だった。
サラのゆっくりとした動きで、その瞳がそろりと家族を映す。
「処罰の件ですが、私は減刑を求めるつもりはありません。会うのもこれが最後ですわ」
「なっ、ここまで育ててやったのに恩を仇で返すとはなんてやつだ……!!」
「好きにおっしゃってください。──あとそれと」
サラはダイニングテーブルに置いてある紙を手に持ち、おもむろにビリビリと破き始める。
カリクスと無理やり婚約解消をさせるためのその紙は、サラの手の中で粉々になった。
そうして、サラはその手を上に挙げるようにしながら家族たちの前でばら撒く。
ヒラヒラ、ヒラヒラとそれは桜のように舞い散り、サラの表情を見えにくくした。
そんな中でサラは、洗練された動きでスカートの裾を掴み、膝を曲げる。
「今までお世話になりました。末永く、家族3人牢屋の中でお幸せに」
優雅なカーテシーに、家族たちは奇しくも目が離せない。
舞い散る紙も相まってか、サラの姿に神々しさを感じる。文句の言葉など、出るはずもなかった。
「カリクス様、もう行きましょう? カリクス様にあそこまで言われて逃げ出せるほどこの者たちは勇敢ではありませんわ」
「あ、ああ。──行こうか、サラ」
「はい。カリクス様」
──パタン。
最後は目も合わせず、さっそうと部屋を出ていったサラに家族たちは未だ言葉を発することが出来ない。
サラのくせに、生意気だ、まだやり直せる、私たちは無実だ──色々な言葉が頭には浮かぶのに、どうしてか声にならない。
先程のサラのカーテシーが頭から離れないのだ。
そんなとき、ミナリーだけはぽつりと声を出す。
「お姉様だけはきっと、敵に回しちゃいけなかったのよ」
──まるで崇め奉りたくなるほどの圧倒的な存在感。
ひれ伏すことでさえ幸せだと感じる程の神々しさ。
サラ本来の素質の片鱗に初めて気が付いたのは、虐げ続けてきた家族だった。
◆◆◆
屋敷を出る最中カツィルと合流すると、サラは今度こそ再会を喜びあった。
しかし外はもう暗闇なので危ないわねと話していると「急いで宿に部屋を用意してもらわないと! 南街の宿でお待ちしています!」とカツィルは一人で突っ走ってしまう。
危ないから戻るよう言ったのだが、カツィルの耳には届かなかったらしく、サラはカリクスと同時に見合った。
「と、とりあえず私たちも行きましょう……! カツィルが行った宿には私を乗せてきてくれた馭者も居るはずです」
「分かった。近くに馬を預けているから、先にそこに向かっても良いか?」
「はい! もちろんですわ」
それから二人はゆったりとした足取りで宿へと向かった。
その間サラは家族のことには一切触れず、カツィルとの再会の喜びに、今までのカツィルとの思い出話に花を咲かせる。
「ふふっ、それでそのときのカツィルったらおかしいんですよ? 私が──」
時折腹部を擦りながらも、しっかりとした足取りで歩くサラ。その表情は憑き物が落ちたかのように明るい、否、明るすぎた。
「そ、それで……! そのツボがなんと──」
「サラ」
無理をして明るく振る舞っていることに気がつかないほどカリクスは鈍感では無かったし、無論理由だって推測できた。
もしサラが今、悲しみに満ちていたらカリクスはどう思うだろう。
家族への罰が大きすぎたと、やりすぎたと思うのではないか。家族への情がまだ残っていたのではないか。
優しいカリクスはそう思うのではないかと、サラはそんなふうに考えたのだった。
だからこそサラは普段以上に明るく振る舞い、カリクスが一切の罪悪感を感じずに済むようにしたかった。
「なあ、サラ」
カリクスが足を止めると、それに合わせてサラも足を止める。月明かりに照らされて伸びた二人の長い方の影が、少し距離を縮めた。
「私のために明るく振る舞わなくても良い」
「何の話です……っ、私は……」
「優しいのは君の美徳だが……今は悪徳とも言える」
「きゃっ……! カ、カリクス様……っ」
カリクスはサラの手首を掴むと、自分の腕の中へと引き込んだ。
片手は腰に回し、もう片手はサラの後頭部をよしよしと優しく撫で上げる。何度も何度も、丸い形の触り心地の良いそこを撫でていると、サラが僅かに震えた。
「い、まは、離して……ください」
「嫌だ。離したら君はまた笑うんだろ?」
「笑顔は、……っ、お嫌いですか……?」
「いいや? だが今は────君が私の腕の中で子供みたいに泣きじゃくれば良いと思っている」
「……っ、うっ」
サラはカリクスの胸に額を押し付けるようにして、フリフリと首を左右に振る。
変なところで頑固者だ、とカリクスはサラのそんなところも愛おしく思う。
けれどそんなサラを呪縛から、今度こそ本当に解放してやりたいと、カリクスは心から思うのだ。
「サラ……辛かったな。苦しかったな。あんな家族でも、罰を与えるのはきつかっただろう。……良く気丈に振る舞った」
「も、やめ……、っ、う、ぅ」
「君は頑張った。今までよく頑張った。一人で耐えるのは誰にでも出来ることではない。…………だがもう大丈夫だから、もう誰もサラを傷つけたりしないから。強がらなくても良いんだ……泣いたって良いんだ──サラ」
ぽつ、ぽつ、サラの涙がカリクスの胸辺りを濡らす。
「うわぁぁぁぁぁ……っ!!」
カリクスの胸に顔を埋め、サラは堰を切ったように涙を流した。
こんなふうになりふり構わず泣いたのはいつ振りだろう。小さい頃から泣いたとしてもバレないように声を押し殺してきたサラは、覚えていない。
「……よしよし、良い子だ。もう大丈夫だから。我慢するな」
「ひぐっ、うっ、うわぁぁぁ……っ!!」
それからカリクスは、サラが泣き止むまでずっと抱きしめ続けて、優しい手付きで頭を撫でる。
そんな二人を、月明かりだけが照らしていた。
二人の影は、しばらくの間一つだったという。
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